2017年4月15日 (第3199回)

“正義の味方”を引き受けるか?―分配と共感性をめぐって

東京大学文学部 教授 亀田達也

 世界は「脱真実」(post-truth)の時代に入ったと言います。大方の予想をくつがえしトランプ氏が選出された2016年の米大統領選では、政敵や移民・外国についての攻撃的な発言が、リベラルやエリートへの反発のなかで人々の感情や信念に訴え、客観的な事実を無視した脱真実としてインターネットで増幅しました。筆者にとって、モラルをめぐる社会の部族的な分断が、(よく知っていると思い込んでいた)「あのアメリカ」で、これほど大きなスケールで噴出したことは強い衝撃でした。そのような脱真実の時代に声高に「正義」を論じることには幾重にも緊張と含羞を伴います。本講演では、それでも人文社会科学が「正義の味方」を論じねばならないことの意味を、筆者の専門とする実験社会科学(experimental social science)の観点から考えてみたいと思います。講演では、20世紀の「正義論」を席巻したジョン・ロールズの規範的な(「〜べき」の)議論を参照点としながら、私達の素朴な正義感覚や共感が社会的な意思決定場面でどのように働くのか、行動・認知・神経科学実験から得られた事実(「〜である」)に立脚して論じたいと考えています。