「自分が勝ちたいから走るんじゃない。私の走りで『感動をありがとう』と泣いて喜んでくれる人がいる。“誰かの力になれること”が嬉しくて、そのために陸上を頑張っているんです」そう語るのは、学生トップアスリートとして活躍する女子陸上競技部の塩見綾乃さん。9月の「天皇賜盃第90回日本学生陸上競技対校選手権大会(以下、全日本インカレ)」では、女子800m競争で3度目の優勝を成し遂げ、団体戦である女子4×400mリレーでは悲願の初優勝を飾った。大舞台で不動の強さを見せ続ける彼女は、競技人生における堅固な信念と、自身を支える仲間との絆を語ってくれた。

誰かのために走ること

中距離種目・800m競争で高校生からインターハイ出場や高校新記録を樹立し、大学入学後となる「2018年アジア競技大会」では日本代表として5位入賞、全日本インカレでは初出場で優勝に輝くなど、これまで数多の成績を残してきた。「高校生の頃から変わらない練習量を維持し、誰よりも本数をこなしてきました」と、勝負どころで発揮する強い持久力が、彼女の最大の武器だ。

一方で、競技人生で大切にしてきた言葉は「チーム一体」。「チームメイトや監督、日々支えてくれる人を笑顔にするために走ること」を常に心に留めてきたという。「2019年の日本選手権では、立命館大学は女子4×400mリレーと4×100mリレーで2冠を達成しました。仲間と力を合わせた結果、監督に8個の金メダルをかけられたことがすごく嬉しかったです。これだけのことを成し遂げられたチームを誇りに思います」と、印象的なエピソードを喜々と語った。出場メンバーに選出されなかった仲間や、リレーでともに走る4回生の先輩、トラックを走るときには常に周囲の存在を意識する。“誰かのために走る”という揺るぎない信念が、彼女の本当の強さでもある。

怪我で苦しむ日々を乗り超えて

2021年3月、これからさらなる成長が期待された矢先、事態が急変した。練習中に足裏に違和感を覚え、それはやがて強い痛みへと変わった。日々の疲労や体幹バランスのずれが積み重なったことから踵の腱を傷めてしまい、痛みで走れないほど致命的な状態に陥ったという。
「1カ月を過ぎても良くなる兆しが全く見えず、複数の治療院に通い続けました。徐々に焦りと不安が溢れていき、本当に苦しかったです」。やがて底知れない絶望感が襲い掛かり、「たとえ怪我が治っても、満足に走れずに終わってしまうかもしれない。こんなに辛い思いはもう2度としたくない。卒業と同時に引退した方が良いのだろうか」と、考えるほどに追い詰められた。

大きな一歩を踏み出すきっかけとなったのは、5月末に観客席で迎えた「関西学生陸上競技チャンピオンシップ」での出来事だった。「その大会では仲間が大活躍していました。みんなのレースをみていると、なぜか体の底から力が湧いてきたんです。『走れるようになりたい!』この気持ちが再熱し、痛みと向き合いながらも、確実に走れるようになっていったんです」。心機一転、その日から明確な復帰目標を掲げ、そこに向けて進み出した。男子と女子、年代問わず陸上競技部のメンバーが共に練習に取り組んでくれ、仲間の支えを一層と実感した。6月末、日本陸上競技選手権大会で決勝に進出し、6位入賞で復帰戦を飾った。

そして全日本インカレ女子800m競争では、圧巻の走りで頂点に返り咲いた。しかし「どれだけ個人で優勝を飾っても、今まで全日本インカレのリレーでは勝ち抜いたことがなく、この大会で心の底から笑えたことは一度もありませんでした」と話す。「チーム一体」を胸に戦ってきた彼女にとって、女子4×400mリレーでの優勝こそが悲願だった。そしてリレーの決勝戦、トップでゴールを切った瞬間、4年間のすべてが込み上げた。「自然とガッツポーズが出て、観客席ではみんなが喜んでいて。本当に最高の気分でした」。大舞台で掴んだ快挙を笑顔で振り返った。

さらなる高みへ走り続ける

現在は引き続き記録会や試合に出場しながら、卒業後も競技を続けられるよう就職活動に励んでいる。「まずは、世界陸上やアジア大会、パリ五輪が行われるこの3年間で、海外の選手と勝負して結果を残すことが一番の目標です。そして、『所属する企業に恩返しすること』を念頭に置いて頑張っていきたい」。これからも競技を続けていくことへの熱い意欲をみせる。「“誰かのために頑張る”。この気持ちがあれば、自分の力以上のものが出せると信じています。この信念を途切れさせず、これからの競技人生を歩んでいきたい」。多くの人の心を動かしてきた彼女は、新たな感動を生み出すため次の一歩へ。これからの活躍に目が離せない。

PROFILE

塩見綾乃さん

2人の兄の影響で、小学4年生から陸上部に所属し陸上競技を始める。中学校では駅伝や中長距離競技を経験。高校から本格的に中距離競技を始める。趣味はカフェ巡りや映画・ドラマ鑑賞。韓国ドラマが好き。最近は、自宅で豆を挽いてから淹れるコーヒーに凝っており、おいしいコーヒーの淹れ方の動画をみて勉強中。


<2020年の主な競技成績>
6月 第104回日本陸上競技選手権大会 女子800m 2位
8月 セイコーゴールデングランプリ陸上2020東京 女子800m 2位
9月 天皇賜盃第89回日本学生陸上競技対校選手権大会 女子800m 2位、女子4×400mリレー 4位
10月  第97回関西学生陸上競技対校選手権大会 女子800m 1位


<2021年の主な競技成績>
6月 第105回日本陸上競技選手権大会 女子800m 6位
9月 天皇賜盃第90回日本学生陸上競技対校選手権大会 女子800m 1位、女子4×400mリレー 1位

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