「大切にしてきたことは、バイクに乗るのを心から楽しむことです。バイクが好きでたまらなくてレーサーになったので、その心をいつまでも大切にしていきたい」。そう語るのは、国内最高峰のオートバイ・ロードレースシリーズである「MFJ全日本ロードレース選手権」のST600クラスで、2021年の年間王者に輝いた埜口遥希さん。この春から挑戦の舞台をアジア選手権に移した彼が目指すのは、世界最高峰の選手権である「MotoGP」。一度は断たれた世界への道を、再び切り拓いた彼の挑戦に迫った。

もう一度、世界の舞台へ

6歳のころからキッズバイクに乗り始め、小学生になるとミニバイクレースで技術を磨いた。中学2年生のときには、若手育成に熱心な「56RACING」への所属が決まり、1年後には、アジア・オセアニア地域の有望な若手ライダーが集まる「イデミツ・アジア・タレント・カップ」のセレクションに、19カ国 600 人以上のなかから合格。2年連続2位の成績を残した。さらにスポットで参戦した「MFJ 全日本ロードレース選手権シリーズ第5戦 in 筑波」では優勝を果たし、全日本選手権デビューを華々しく飾った。そうした活躍の結果、世界最高峰の舞台である「MotoGP」に繋がる「レッドブル・ルーキーズ・カップ」と「CEV Moto3・ジュニア・ワールドチャンピオンシップ」への参戦が決定。「レッドブル・ルーキーズ・カップ」では年間ランキング3位の活躍を見せ、着実に実績を積み重ねた。

世界への扉が順調に開かれたかに見えた。だが、次年度の継続参戦は叶わなかった。「経済的に大きな負担もかかるので、『レースはもう諦めよう』とも思いました」。そんな埜口さんを周囲が懸命に支えた。「走れるところがあるなら、もう一度挑戦すべきだ」という「56RACING」の代表や周囲の支援もあり、名門ロードレースチーム「HARC-PRO.」から話が舞い込んだ。「支えてくれた方々に恩返しをするため、もう一度世界を目指そう」。必ず世界へ返り咲くという強い決意を胸に、埜口さんの再挑戦が始まった。

しかし、2020年はコロナ禍で十分な練習時間が取れず、未経験の600ccへの適応が思うように進まなかった。さらに開幕前、追い打ちをかけるように、多重クラッシュによって足を骨折。それでも、強い気持ちだけは切らさなかった。監督やメカニックから積極的に助言をもらい、技術の引き出しを増やし、学業からも貪欲に学んだ。「レースでは、勝つために必要な走りや戦略を組み立てていきますが、講義でのレポート作成によって、情報を整理して組み立てる能力が向上したと感じました。また、文章力が向上したことで、チーム内でのコミュニケーションも以前より上達したと感じています」。2020年は年間ランキング14位で終えたものの、地道な努力の結果、シーズン終盤には上位争いに食い込む力をつけていった。

熾烈な競争を乗り越えて

2021年シーズンが始まり、迎えた「MFJ 全日本ロードレース選手権シリーズ2021」。初戦の「スーパーバイクレース in もてぎ」で2位に入り、「今シーズンは勝てる」という確かな手応えを掴んだ。第2戦の「スーパーバイクレース in SUGO」では、他の選手の転倒に巻き込まれる不運に見舞われたが、第3・4戦の「筑波大会」では「レース1」で4位、「レース2」で初優勝を飾り、ランキングトップに立った。

だが、第5戦の「スーパーバイクレース in 鈴鹿」では、浮上した課題が解決できず、厳しい状況のなか挑むことに。それでも、「今年こそは絶対に年間王者を取る」という強い覚悟で臨み、表彰台を死守。第6戦の「スーパーバイクレース in 岡山」では一騎打ちを制し、再びランキングトップに浮上した。

初のタイトル獲得へ向け、迎えた最終戦の「スーパーバイクレース in 九州」。逆転を狙うライバルたちとの緊迫したレースのなか、冷静な走りを見せ、3位でゴール。ランキングトップを維持し、念願の年間チャンピオンに輝いた。「ほっとしました。チームやスポンサー、応援してくれた方々への感謝は尽きません」と笑顔で語った。

多くの人から応援されるレーサーに

2022年3月27日、タイで行われた「2022 FIM Asia Road Racing Championship」。初参戦となるASB1000クラスで熾烈なトップ争いを演じ、3位に入賞。デビュー戦を表彰台で飾った。「結果を残すことは当たり前ですが、周囲の方々に納得して応援してもらえるように、相応しい振る舞いを学んでいくことが大事だと感じています。そして、何よりもレースを楽しむことを忘れずに、観てくれる方々が楽しめるレースをしていきたいです」。世界への道を再び切り拓いた彼のさらなる挑戦に、これからも注目したい。

PROFILE

埜口遥希さん

奈良県立高取国際高等学校卒業。休日はトレーニングや所有するバイクに乗って過ごしている。気になる部品を買いそろえ、所有するバイクを整備することが一番の楽しみ。持ち味は、コーナーでのブレーキングから細かく車体を曲げて加速させる技術。


<主な戦績>
2020年 全日本選手権ST600ランキング14位
2021年 全日本選手権ST600年間王者
2022年 FIM Asia Road Racing Championshipレース1 3位

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