「仲間と環境に感謝」 東京2025デフリンピック空手で金メダル獲得
無音の中で聴覚障害のある人たちが熱戦を繰り広げる国際大会「デフリンピック」。このデフリンピック100周年の記念すべき大会が、2025年11月に日本で初開催された。その「東京2025デフリンピック」に出場し、空手競技男子個人形で金メダル、男子個人組手-60kg級で銅メダルと、二つのメダルを勝ち取ったのが森健司さんだ。常に空手のことを考え、周りの人への感謝の気持ちを持って取り組んでいるという森さんに、今まで歩んできた空手道や、デフリンピック出場の道のりについて語ってもらった。

よく観察して学びとる
森さんには高度の感音難聴があり、補聴器を外した状態では装着時と比べて聞こえる音はかなり小さくなり、さらにその音の輪郭が捉えにくいところがある。森さんのように聴覚障害のある人の空手(デフ空手)は、通常の空手とルールは基本的に同じだが、コミュニケーションは声ではなく手話で行われ、試合の合図は光で知らせる。形の名前も声ではなく手話で表現し、審判の指示も光で伝えるのが特徴だ。
小学3年生で「ドラゴンボール」に憧れ「強くなりたい」という思いから空手道場に通っていた森さんが、デフ空手やデフリンピックの存在を知ったのは中学2年生のころ。「デフリンピック経験者の中学時代の先生から大会の存在を知り、空手でも挑戦できることが分かって強いモチベーションにつながりました」と森さんは話す。中学卒業まで道場で練習し、高校からは空手部に所属。部活動中心で競技を続けた森さんは、高校3年生のときに初めて男子個人形で前大会の「カシアス・ド・スル2021デフリンピック」へ出場を果たす。
ただし、ここまで来るのは決して平坦な道のりではなく、聴覚障害のある森さんだからこその苦労や工夫があってたどり着いたとも言える。「始めたころは、先生の指示が100%聞き取れるわけではなかったので、他の道場生の動きを見たり、先生が言ったことをほかの道場生に確認したりしながら練習をしていました」と振り返る森さん。「最初は苦労しましたが、慣れてくると次の動きを予測できるようになったので、さらに上達するため、周囲の上手な人を観察し、技の形だけでなく力の入れ方、呼吸、重心などの要素を洞察するようにしていました。先生の指示を直接理解するのではなく上手な人の解釈を通して学ぶことで、効率的かつ深い理解を得られたんだと思います」。周囲の上手な人を観察しながら学ぶという視覚情報を重視する方法が、デフ空手と親和性が高かったようだ。

自身を徹底的に見つめなおす機会
前大会時の結果は、銅メダル。森さんはそこで満足することなく、さらに強くなろうと、立命館大学に入学後は空手道部(新生)に入部。順風満帆と思われたが、思わぬアクシデントが森さんを襲った。高校時代に試合で痛めた腰が、大学2回生で疲労骨折。半年間練習を休止することになったのだ。その時のことを森さんはこう話す。「半年間も休んで不安でしたが、復帰に向けて腹筋や体幹を鍛え、腹圧を高めて背中に頼らない姿勢を意識し、腹式呼吸を取り入れることにしたんです。このことが腰への負担を減らすだけでなく、リラックスした空手につながるようになり、姿勢を見直すきっかけになりました」。
治癒後さらに、大きな成長につながる機会を得る。「空手道部のコーチから、演武や組手でミスを引きずるメンタルの弱さを指摘していただいたんです。腰が治り、競技に再挑戦する時期に、コーチと共に教師向けメンタルセミナーで1年間学んで、目標設定や自己理解を深めることができました。メンタルは競技力発揮に不可欠なので、メンタル面での支援は自分の成長にとってすごく大きかったです」と語る。

基本は全てに通じる
こうして技術面だけでなく内面的にも磨きをかけた森さん。今回のデフリンピックでは 組手でも出場することになり、その結果、男子個人形で金メダル、男子個人組手-60kg級で銅メダルと、さらに躍進する。前大会との違いは何だったのだろうか。「大学の空手道部では、道場で学んでいた糸東(しとう)流から剛柔流へと流派が変わり、歴史ある環境で基本を非常に重視した指導を受けることになりました。異なる流派を学ぶことで、基本を一から見直し、二つの視点で空手を再構築でき、初心に立ち返ることで視野が広がったのが大きいです。また、質の上がった基本が演武に散りばめられることで、全体の評価も向上したと感じます」と、空手の基本を丁寧に練習できるようになったことが大学時代で最大の成果であることを話してくれた。

支えてくれる人々に結果で恩返しを
今回のデフリンピック東京大会に向けての取り組みが終わり、森さんの次の目標は未定だが、就職先の環境次第で競技を続けたいと考えているという。「今大会を通じてデフリンピックやデフアスリートの認知度が広がったと感じていて、後の世代のためにも、今後は待遇改善や活動環境の整備が課題だと思います。次のデフリンピックまでに決意を固め、競技だけでなくそういった社会的発信にも取り組んでいければ」。
最後に自身の空手道を追究するために心がけていることを教えてもらった。「空手は1人では成り立たず、先生や仲間、試合相手、応援してくれる人、そして練習できる環境への感謝が大切だと思います。自己満足で終わらず、支えてくれる方々に応えるため、感謝の気持ちを持って真剣に取り組みたいです」。実直な姿勢を貫いてここまで来た森さんに、心からの賛辞を送りたい。

PROFILE
森健司さん
大阪府茨木市出身、大阪府立北千里高等学校出身。
2回生から立命館大学アスリート・クリエイター育成奨学金の対象者となり、24年10月には茨木市トップアスリート支援事業特別支援指定選手にも選ばれた。
自身の空手を表現するために、体格や力に頼らない“美しさ”を追究することを意識している。動画や鏡で動きを確認し、姿勢や重心、体幹など外見だけでなく内面の要素にもこだわっているという。

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