「いても立ってもいられなかったんです」。そう語るのは、オーストリアとポーランドでウクライナからの避難民支援活動を行った谷井亜斗夢さん。2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。戦火を逃れ、着の身着のまま国境を越えて、周辺国・地域には何百万人もの避難民が押し寄せた。現地での支援活動を終えて帰国した谷井さんに、活動のきっかけやその思いを聞いた。

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きっかけは、両親から薦められた2曲

John & Yoko and The Plastic Ono Band with The Harlem Community Choir『Happy XmasWar Is Over)』とMichael JacksonMan in the mirror』。この2曲を初めて聴いたのは、小学校低学年の時。The BeatlesMichael Jackson好きの両親からの薦めだった。歌詞の意味は分からず、当時はミュージックビデオの映像もどこか遠い世界の話のようで、自分ごとにはならなかった。ただ、世界の惨状を収めたその映像は、小学生の谷井さんの心に深く刻まれた。

中学生の時、特別授業で世界の貧困について学ぶ機会があった。「世界には貧困や感染症で命を落とす子供が大勢いる。自分たちが行動することで、そうした子供たちの命を救い、苦しみを和らげることができる。そのことに気づいたんです」と振り返る谷井さん。今でも彼の脳裏に焼き付いているのは、体が痩せ細り、命の光が消えかかった子供たちを収めた一枚の写真だった。「戦争や貧困で苦しんでいる人の力になりたい」。小学生の時に見たミュージックビデオの遠い世界が、自分ごとになった瞬間だった。

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いても立ってもいられなかった

ウクライナへの軍事侵攻によって、多くの子供を含む民間人が犠牲になった。争いが長引くにつれ、周辺国・地域には多くの避難民が押し寄せた。子供だけでも安全な地に逃がしてやりたいとの思いから、親と別れ、行くあてもなく国境を目指す少年・少女たちも。連日、テレビから流れてくる東欧の映像は、小さい頃に彼が見たミュージックビデオと重なって見えた。「同じ状況が今起きている。苦しむ人たちの力にならなくては」と思った。

そんな時、「ウクライナ近隣国への学生ボランティア派遣」のニュースを目にした。「いても立ってもいられず、すぐに応募しました」と語る彼。しかし、その話を聞いた両親は、谷井さんの決断に猛反対した。「戦争地帯の近くに行くなんて絶対あかん!もしものことがあったらどうするんだ!」。彼の身を案じる両親は、出国を認めようとはしなかった。それでも谷井さんは、決して諦めなかった。「苦しむ人たちを助けたい。誰かにそれを任せて傍観者になることはできなかったんです。今、自分が動かなければ」。その固い決意を訴え続けた結果、彼の意思を尊重し、両親は支援活動を認めてくれた。

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拒まれた支援

2週間の支援活動のうち、数日間はオーストリア、残りはポーランドで行った。一時避難所では、食料品などの支援物資の管理や配布、清掃、子供たちの遊び相手、日本への避難民申請希望者の審査手続きに至るまで多岐にわたる支援活動に取り組んだ。

活動中、ショッキングな出来事があった。「肌の色」を理由に、何人かの避難民から支援を拒まれたのだ。「こういう人もいるんだ…」。投げかけられた言葉に肩を落とした谷井さんだったが、同時期に活動していたWorld Central Kitchen(以下、WCK)スタッフのBrett Dayさんが、「気にするな!」と明るく励ましてくれた。そうした反応をするのは一部の人だけ。多くの人は、「善意をありがとう」と言ってくれた。そんな感謝の言葉が、彼の支えとなった。また、どんなに拒否されても明るい笑顔で支援活動を続ける仲間の存在も彼を勇気づけた。

この出来事を通して、「こちらは善意のつもりでも、相手からすると『ありがた迷惑』なこともあり、100%受け入れられるとは限らない」と思うようになった。それ以来、相手に何かする前には必ず確認することを心がけ、目を見て笑顔で話し、相手の置かれている状況を考えながら丁寧に接した。すると、最初は支援を拒んでいた人々が、彼に心を開くことが増えていった。「私を見る目が、『不信』から『信頼』へと徐々に変わっていくのを肌で感じました」。異国の地での支援活動に、彼は確かな手ごたえを掴んだ。

被災地や戦渦の人々に暖かい食事を届けるボランティア団体

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自分から周りを巻き込んで幸せにしたい

「参加する前は、故郷を追われ、家族を亡くし、気持ちが塞いでいる人が多いのでは、と想像していました。実際、そういった人たちもいましたが、自分が苦しい状況におかれていても、一緒にボランティア活動に参加し、周囲を支えようとする人たちが大勢いました」と語る谷井さん。特に印象に残ったのは、現地で出会った12歳の少年の言葉だった。軍事侵攻で父親を亡くし、兄は徴兵でどこへ行ったのかもわからないという。その話を聞き、谷井さんは胸が張り裂けそうだった。だが、少年は続けてこう言った。「でも君は気にしないで。僕にはこんなことがあったけど、いつでも笑っているから。僕が笑うとみんなも笑ってくれるし、それでみんな“HAPPY”でしょ?」。

谷井さんは、その少年から「どんなに苦しい状況であっても、自分から周りを巻き込んで笑顔にできること」を教えられた。「今までは、悩んで前へ踏み出せないことがありました。でも、広い視野で見れば、そんなことはとても小さなことだと分かったんです。怖がらずにまずは一歩を踏み出す。自分の目の前にいる人を少しでも“HAPPY”にすることが、自分にとっての幸せだと再認識できました。あの少年のように、辛い時こそ、周りを幸せにできるようになりたい」。オーストリアとポーランドでの支援活動が、谷井さんを大きく成長させた。周囲を幸せにする彼の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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PROFILE

谷井亜斗夢さん

京都府立山城高等学校卒業。趣味は習字。一番、「無」になれる時間だという。

現在、フィリピン留学を計画中。今後の支援活動に役立つ英語の力を更に伸ばすことを目指している。また、フィリピンでは、ストリートチルドレンの支援活動をしたいと考えている。

写真のネックレスは、WCKのスタッフに相談した時、「もしまたそういうことがあったら、絶対この人が君を守ってくれるから」と渡してくれた思い出の品。

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