「目標は、日本一のアナリスト」硬式野球部初のアナリストとして、知力でチームを支える
近年、野球界で急速に発展しているデータ分析。プロ野球に限らず、アマチュア野球でもデータの活用に力を入れる傾向が強まり、立命館大学硬式野球部でも2020年にデータ分析班が誕生した。「『とにかく選手たちの力になって、チームに恩返しをしたい』という思いで取り組んできました」と語るのは、アナリストを務める田原鷹優さん。選手を引退後に独学でデータ分析を学び、データ分析班を自ら立ち上げて、知力で選手たちを支えた。約100年の伝統を誇る硬式野球部に新風を吹き込んだ彼の挑戦と、アナリストにかける思いに迫った。
「チームに恩返しがしたい」創部初のアナリストに
田原さんが野球を始めたきっかけは、2006年夏の「全国高等学校野球選手権大会」。後にプロ野球選手となる早稲田実業学校の斎藤佑樹投手の活躍に心を奪われ、地元の野球チームに入団した。進学先の中高一貫校では、創部間もない軟式野球部で練習に励んだが、甲子園への夢を諦めきれず、硬式野球部の創設を監督に直訴。学業への負担を心配した保護者からは反対の声が上がったが、仲間たちの強い希望や監督の強い後押しもあり、2年生のときに硬式野球部を創部。初代主将として、仲間とともに懸命に白球を追った。
卒業後は、高い競技水準とスポーツバイオメカニクスを学ぶ環境を求めて、立命館大学に入学。「もっと野球が上手くなりたい」という思いを胸に、硬式野球部の門を叩いた。だが、初日の打撃練習で同組の選手の打撃音に衝撃を受け、他の選手との実力差を痛感。さらに、監督との面談では「試合に出ることは難しい。硬式野球以外の選択肢も考えてみては」という助言を受けた。想像を超える壁の高さに気持ちが沈んだが、それでも野球への情熱は揺るがなかった。「自分の可能性を信じて挑戦したい」。彼の向上心と野球への一途な思いが監督を動かし、念願の硬式野球部での大学生活が始まった。
しかし、2回生のときに選手生命を左右する大きな怪我を負い、練習を中断して治療に専念することに。懸命なリハビリに励んだが、回復の兆しは見られず、2回生の夏に引退を決断した。失意のどん底に落ちた田原さんだったが、そんななかで心に芽生えたのは、「自分を受け入れてくれた監督やチームに恩返しがしたい」という思いだった。野球部の卒業生や高校時代の恩師、家族との対話のなかで、チームに貢献するために、得意な数学を生かせるアナリストの道を歩むことを決意。監督・コーチと相談し、創部初のアナリストとしてチームを支えるデータ分析班を新設した。
独学で培ったデータ分析で信頼を勝ち取る
だが、硬式野球部はこれまでデータを積極的に活用しておらず、専門的な分析技術を知る者は誰一人としていなかった。「何から手を付けたら良いのか。それすらもわからない所からのスタートでした」と田原さんは当時を振り返る。「チームに貢献したい」、その強い思いが彼を突き動かし続けた。独学でデータ分析を学び、オフシーズンにはプロ野球チームのスタッフや、打球データを計測する「トラックマン」の第一人者との交流を通して、データへの理解を深めていった。
地道な努力は実を結び、統計学からデータを客観的に分析して選手の能力やチーム戦略を考える「セイバーメトリクス」を習得。OPS(打者指標)やWHIP(投手指標)といった指標を用いて、自チームおよび他チームの隠れた特徴をあぶり出す幅広い分析を担えるまでの技術を培った。
しかし、部内の反応は懐疑的なものだった。「元々データを見る習慣が浸透していなかったので、ほぼ全員が『何を言っているんだろう』という反応でした」。データの意義や信憑性を伝える必要性を痛感したことから、画像や動画を用いた伝わりやすいデータの見せ方を徹底した。また、「立命館大学challenge奨学金(高度化支援)※」を活用して、選手と指導者の視点を統合したテーラーメイドパフォーマンス管理システムの研究に着手。体力測定を部内に導入し、日常的にデータを用いたコミュニケーションの機会を生むことで、データの重要性を部内に浸透させていった。
※各種奨学金の詳細は「学生の学びと成長を支援する奨学金・助成金活動報告」をご覧ください。
積み重ねた分析力が最も力を発揮したのは、4回生の春季リーグでの京都大学戦。前節の同志社大学戦で好投した相手投手に対し、得意球をあえて捨てる策を提案。作戦は功を奏し、制球力を武器とする相手投手から6四球を奪い、四球を絡めた好機を逃さずに勝利を収めた。「選手たちの頑張りの結果です」と控えめに喜びを語る田原さんだが、その分析力は確かなものとして認められた。コーチ陣の要請により、リーグの終盤には試合前のミーティングでデータ班専用の時間が設けられるように。創設から2年弱。磨き上げた分析技術は、チームにとって不可欠な武器となった。
憧れの人との約束を胸に
卒業後は大学院で研究に励みながら、外部アナリストとしてチームのサポートを続ける田原さん。「大学野球で日本一のデータ分析班となって、チームの目標である全国制覇に貢献したいです」。そう意気込みを語る彼には、憧れの人と交わした約束がある。「昨年、斎藤佑樹さんと対談をさせていただいたのですが、対談後に「プロのアナリストになったときに、また会って色々と話そう」という言葉を頂戴しました。新たな目標を与えてもらった斎藤さんへ、必ず良い報告をするために頑張ります」。野球を始めるきっかけとなった人との約束を胸に、努力を続けてきた田原さん。日本一のアナリストを目指し、野球とひたむきに向き合い続ける彼に、心からエールを送りたい。
PROFILE
田原鷹優さん
私立開智未来高等学校卒業。6歳から始めた空手では、「アジア国際空手道選手権大会」で3位に入賞。大学院ではスポーツバイオメカニクスの分野で研究を行い、研究成果をもとにした中学・高校生向けの野球に関する教育事業の社会実装を目指している。座右の銘は「何事も挑戦」。昨年12月には、2006年夏の甲子園で活躍した斎藤佑樹さんとの対談で、野球を始めるきっかけを与えてもらったことへの感謝の思いを伝えた。
斎藤佑樹さんとの対談の動画は以下のリンクをご覧ください。
バーチャル高校野球 斎藤佑樹「未来へのメッセージ」 開智未来(埼玉)