"陸上競技は自分が最も輝ける場所" 大学での競技生活を糧に新たなステージへ
中学時代から世代のトップを走ってきた壹岐あいこさん。200mで全国中学体育大会、インターハイのタイトルを手にして入学した立命館大学での競技生活では、2021年の東京五輪4×100mリレーの代表補欠登録選手としての出場、200mの学生歴代5位タイの記録短縮、日本選手権100mでの2位といった実績を残し続けた。一方、輝かしい成績の裏では度重なる怪我に悩まされ、大学ラストシーズンは悔しい1年間となった。「やれることは全てやり切りました」と晴れやかに語り、次のステージでの飛躍へ誓う彼女に、これまでの競技生活の振り返りと“世界”へ向かう覚悟を聞いた。
このままでは通用しない。コロナ禍を機に芽生えた危機感
陸上選手としての出発点は、小学5年生で入会した地元・滋賀県大津市の「びわこRUNNERSクラブ」。日々の練習で着実に力をつけ、中学校に上がると、1年生にして4×100mリレーのメンバーに選出。2年生で全国制覇の原動力となり、3年生では200mを当時の中学歴代7位の好タイムで優勝。圧巻の活躍で大会の女子MVPに輝いた。高校進学後は思うような成績を残せない日々も過ごしたが、同世代の選手たちとしのぎを削るなかで成長を遂げ、3年生のインターハイで中学生以来の個人種目日本一に輝いた。
立命館大学に入学後は環境の違いに戸惑いつつも、積極的に周囲の助言を求め、練習メニューや試合前の調整方法を貪欲に学んだ。自身に足りないものを吸収し続けた彼女は、3歳上の姉・いちこさん(2019年度スポーツ健康科学部卒業)とともに日本選手権の400mリレーに出場し、姉妹リレーで悲願の優勝をつかみ取った。
飛躍の足掛かりを作り、迎えた2年目のシーズンだったが、コロナ禍の影響で部活動は休止状態に。できる限りの自主練習は継続したが、活動再開後に出場した記録会の結果は予想を遥かに下回った。「このままでは全然だめ。陸上との向き合い方を根本から変えないと、これ以上は進めないと思いました」。強い危機感を持って自らを奮い立たせた彼女は、練習の取り組み方を一から見直し、弱点の改善に取り組んだ。
ひたむきな練習の成果は次第に実を結ぶ。日本インカレ100mで2位、200mで3位に入ると、3回生の日本選手権では100mで2位、200mでは4位に入賞。「少しずつ考えながら練習に取り組めるようになったことで、理想に近いレースができるようになりました」と確かな手ごたえをつかんだ。次々と結果を残す学生トップスプリンターの活躍は高く評価され、東京五輪の4×100mリレーの補欠登録選手に抜擢。漠然とした憧れだった世界との距離が大きく縮まった瞬間だった。
五輪期間中は、選手団の拠点となるナショナルトレーニングセンターと選手村、国立競技場を往来しながら、リレーチームと行動をともにした。控え選手であることに変わりはなかったが、日本代表に選出されてから東京五輪を終えるまで責任を全うした濃密な時間は、まだ甘さのあったスプリンターの競技に向き合う姿勢を大きく変えた。「もし参加していなかったら、『世界選手権のメンバーに選ばれたい』、『パリ五輪の代表になりたい』という気持ちは生まれませんでした。今ははっきりと、『日本代表として世界の舞台に立ちたい』と言えます」と自身の変化を語る。大舞台を経験した壹岐さんは、その年の日本インカレで多種目に渡り奮闘。100m、200m、4×100mリレーで2位となり、4×400mリレーではチームの初優勝の原動力となった。
怪我に悩まされた日々を乗り越えて
迎えた学生最後のシーズン。5月の静岡国際200mで自己ベスト・学生歴代5位タイ記録をマークし、冬季練習で力強さを増した走りを武器に、さらなる活躍が期待された。だが、その後は春先から続く怪我の影響で本来の実力を発揮することはできなかった。「周囲の期待に応えて日本代表に選ばれなければいけない、早く身体を仕上げないといけないという焦りで自分自身を追い込んでしまいました」と当時を振り返る。楽しく陸上と向き合うことができなくなってしまったが、その苦悩はチームメイトとの絆を一層深めるものとなった。「チームメイトと練習しているときだけは陸上が楽しくて、皆がいるからこそ頑張ろうと思えました。ここまで頑張れたのは、皆のおかげですし、そんな気持ちにさせてくれる仲間がいることは本当に幸せです」と感謝の思いを語った。
2022年10月、4年間の学生陸上競技生活をやり遂げた壹岐さん。思い描いたシーズンとはならなかったが、次のステージで活躍するためのヒントを見出した。「この1年で、長期的な目標を立てて競技と向き合う大切さを学ぶことができました。怪我を抱えていても走り続けるという選択をしたことに後悔はありません。多くの悔しい思いをしたぶん、この経験を今後の競技人生に生かしたい」とラストシーズンを振り返った。
陸上の世界で輝くことで恩返しを
卒業後は、実業団に入団し、さらに厳しい世界で戦っていく。「女子日本代表の4×100mリレーのメンバーに選ばれ、日本新記録を出すことが一番の目標です。多くの先輩方が活躍されてきた部の名に恥じないよう、社業との両立を果たしながら自分を磨いていきたいです」と高みを見据える。「陸上競技は、“自分が最も輝ける場所”だと感じています。陸上で最大限の力を発揮することで、お世話になった方々へ感謝を伝え、多くの方々に応援していただけるような選手になります」。数多くの輝きを放ち、周囲を虜にしてきた壹岐さん。女子スプリント界を引っ張る存在となり、世界へ羽ばたく日を心待ちにしたい。
PROFILE
壹岐あいこさん
京都橘高等学校(京都府)卒業。小学5年生から陸上を始め、中学、高校と日本一を経験。陸上競技部の活動以外にも、京都府の未来のトップアスリート育成事業での講演会や、宮崎市でのスポーツタレント発掘育成事業でのランニング教室の実施など、後進の育成にも携わっている。2023年4月からは、初の女子選手として大阪ガスにシンボルアスリートとして所属する。