インターネット上に構築された3次元の仮想空間「メタバース」。空間や時間の制約から解放された「もう一つの世界」として、エンターテインメントやビジネスの分野で昨今大きな注目を集めている。今後さらなる発展が期待されるこの最新テクノロジーを活用し、これまでの“当たり前”にとらわれない取り組みを展開しているのが水瀬ゆずさんだ。中でも「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」は各種のメディアでも取り上げられ、大きな反響を呼んだ。大学の枠を越えて縦横無尽に活躍する水瀬さん。その活動の原動力、そしてメタバースの社会実装にかける思いについて聞いた。

VRゴーグルの先に広がる世界に魅せられて

彼がメタバースに出会ったのは2022年の初頭。テクノロジー・マネジメント研究科に在籍し、研究テーマについて思案していた時のことだ。さまざまな最先端技術をウオッチする中で、世界的なブームの兆しを見せていたメタバースに興味を引かれたことが全ての始まりだった。もともとガジェット好きで、VRゴーグル自体は所有していたという。「ちょっとやってみようかな、と最初は本当に軽い気持ちで始めました」と振り返る。

VRゴーグルをかぶり、仮想空間に入り込むようになった水瀬さん。そこで触れた世界にすぐに心を奪われた。「他のユーザーと一緒に走り回ったり、きれいな景色を見たり。まるでリアルと同じように“体験を共有できる”ことに驚きと感動を覚えました」。メタバースに夢中になった彼は、長い時では1日のうち12時間を仮想空間で過ごすようになる。たくさんの人々が匿名のアバターで参加するメタバース。学生に限らず、経営者や会社員、障害がある人など、多様なバックグラウンドを持つ人々と友人になり、交流を重ねた。「現実世界では接点のないような人とも、偏見なく仲良くなれる。とても新鮮で面白い経験でした」。

メタバースには人の生き方を変える力がある

メタバースの魅力や可能性をひしひしと感じた彼の内に、「自分でも何かやってみよう」という思いが芽生える。最初に取り組んだのはコミュニティ「ゆずクラブ」の運営だった。集まった友人と一緒に、メタバース内でさまざまな企画やイベントを実施する“実証実験”の場だ。「ただ遊ぶだけでは飽きるので、ラジオ配信をしたり、メタバース修学旅行を開催したり、いろんな活動を行ってきました。自分たちでやればコストもほとんどかからないのがメタバースの利点なので、“とりあえずやってみよう”の精神で、面白そうだと思ったことに次々とチャレンジしてきました」。

そうしてコミュニティが順調に成長していく中で、「イベントだけではなく、自分たちだからこそできるプロジェクトにも取り組みたい」と考えるようになった水瀬さん。そこから生まれたのが「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」だ。プロジェクト発案のきっかけは、ある一人の少女との出会いだった。「メタバースの中でたまたま仲良くなった女の子がいて、話を聞いていると不登校だと言うんです。『学校には行きたくないけど誰かと話したい』、そんな思いでメタバースにたどり着いたと話してくれました」。その後、メタバースの中で水瀬さんやその仲間と交流するようになった彼女に大きな変化が生まれる。「出会ってから数カ月して『ゆずくん、私学校に行く』と言って、実際に学校復帰を果たしたんです。メタバースが一つの居場所になり、心の支えになったおかげでまた高校に通う気になったと教えてくれました」。この経験を通じてメタバースの可能性を改めて実感した彼は、プロジェクトの実行に向けて一気に動き出す。まずは自身の出身地である広島市の社会福祉協議会にアプローチし、粘り強い説得の末、後援と助成を受けられることに。プロジェクトの質を担保するための専門家として、立命館大学総合心理学部のサトウタツヤ教授も巻き込んだ。その他にもメタバースで知り合った友人の中にいた臨床心理士や公認心理師、スクールカウンセラー、学校教員、弁護士などをプロジェクトメンバーに迎え、不登校学生を支援するための万全の体制を整えた。「やるんだったら本気でやろうと思いました」と彼は力強く言い切る。

プログラム本番は2022年9月の下旬に開催され、広島市内に住む高校生3名が参加した。専門家による監修の下、メタバース内で活躍する著名ユーザーを講師に招き、バラエティ豊かなプログラムを計8日にわたって実施。プロジェクトのきっかけをつくった元不登校の女の子も講師として参加した。VRゴーグルの無料貸し出しを行った点もポイントだ。「またここに来たいと思う」「めちゃ楽しかった」「終わってほしくない」。最終日には、どの参加者からもプログラムに参加して良かったという感想が寄せられた。「参加した3名のうち、2名はすでに学校に復帰したと聞いています」。プロジェクトの成果を振り返りつつ、水瀬さんはこう続ける。「私たちは、学校復帰だけが正解だとは思いません。最終的にどう生きるかは本人が決めること。我々の使命は、人生について考えられる居場所づくりだと考えています」。学校でも家庭でもない、自分を認めてもらえる新たな居場所をつくるこのプロジェクトは、“体験を共有できる”メタバースの強みを最大限に生かしたものとなった。

自分自身も楽しみながら、社会にインパクトを与えられるような 事業にチャレンジしていきたい

“やりたいこと”を達成するために、周囲の人々をどんどん巻き込んでいく。彼が持つこの力は、立命館大学の学部時代の経験によるところが大きい。「1回生の時にSDGs体験型イベント『Sustainable Week』の実行委員会に参加しました。そこで出会った先輩が、大学や自治体などいろんな人を巻き込んで活動を広げていく方だったんです。『世間から見ればまだまだ若造なのに、こんなことができるんだ』と強く印象に残りました」とその頃を思い返す。他者の協力を得るためにはどのような筋道を踏めばよいのか、どのようにコミュニケーションを取ればよいのか。先輩の下でノウハウを存分に吸収したことが、現在の行動力に繋がっている。また、イノベーションを創出する人材を育成する実践型プログラム「EDGE+R」への参加も大きな糧となった。「デザイン思考やアントレプレナーシップの学びを通じて、新しいものを生み出す上で必要となる根本的な考え方を知ることができました」。

「社会にインパクトをもたらしたい」と話す水瀬さん。「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」も、メタバース×不登校支援というこれまでにない組み合わせ、世界初の取り組みで大きなインパクトを与えた。より活動を強化するために「一般社団法人プレプラ」という法人も設立。2023年度は連携する地域を拡大し、新たに大企業からの協賛も得ながら、さらにパワーアップしたプログラムを展開していく。そうした動きに伴い「株式会社ゆずプラス」という会社も立ち上げ、教育分野におけるメタバースの社会実装を目指す。「メタバースと社会課題を繋ぎ合わせて、何か人のためになることができればと思います。“メタバースの街”をつくるのが将来の目標です」とほほ笑む水瀬さん。「好きだからこそ、人生をかけて取り組んでもいいと思える」とも語ってくれた。メタバースにかける情熱が仮想の世界、そして現実の世界をどのように変えていくのか。チャレンジを続けるその姿から、今後も目が離せない。

PROFILE

水瀬ゆずさん(本名:岡村謙一さん)

広島城北高等学校卒業。立命館大学生命科学部に進学し、現在は立命館大学テクノロジー・マネジメント研究科に在学中。
これまでにメタバース空間内で過ごした時間は累計3,000時間以上。ソーシャルメタバースの”いま”と”可能性”を発信するメディア「メタカル最前線」の立ち上げ・運営にも携わる。メタバースを用いた革新的な取り組みが評価され、内閣府地方創生SDGs官民連携プラットフォーム メタバース副分科会長や、世界経済フォーラム(ダボス会議) U33 グローバルシェイパーズにも選ばれる。テレビ出演も多数。
水瀬ゆずの活動内容の詳細については以下のポートフォリオサイトをご覧ください。
https://www.minaseyuzu.com/

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