競技ダンスとは、社交ダンスが競技となった芸術的スポーツ。男女がペアになり、技術や表現力を競う。その種類は「モダン(スタンダード)」と「ラテンアメリカン」の二つに分かれるが、中でもモダンは、ペアの2人が両腕を組み続けたまま、フロアを優雅に回るという特徴をもつ。モダンの種目はワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、クイックステップの四つから構成される。そのモダンで、全国大会優勝を果たしたペアが、競技ダンス部の秋江竜乃介さんと金中萌音さんだ。スピーディーかつ貫禄ある踊りでフロアを魅了する2人には、「全国優勝」に対する並々ならぬ覚悟と努力があった。

双方の期待値が合致し、ペアに

競技ダンス部では1回生の間は1人ずつダンスの基礎を練習し、2回生に進学する際に、部内での実力や本人の希望を考慮し、上級生によって固定のペアが組まれる。
ペア結成時、数少ない社交ダンス経験者である秋江さんは、部内や関西のシャドー戦(相手と組まずにひとりで踊る試合)で1位をとる実力者で“期待の星”。一方、ほかの部員たちより遅い12月に入部したばかりの金中さんは、シャドー戦の経験もなく、誰ともペアを組めない可能性があった。
その金中さんと「ぜひペアを組みたい」と熱望したのが秋江さん。「金中さんは長身で、同じく背が高い自分とマッチすると思いました。また何より、バレエをずっとやっていて宝塚受験の経験も持つ彼女に、競技ダンスの適性の高さを感じて、一緒に踊りたいと希望を出しました」と語る。同じく金中さんも、組むなら秋江さんがいいと考えていた。「部を辞めることを考えたときもありましたが、秋江さんともしもペアを組めたら、がんばって続けようと思っていました。やるなら全国優勝を目指せるレベルの人と組んで、結果を出したくて」。

勝利が築き上げた信頼

希望が実り、無事にペアになることが決まった2人だが、滑り出しは順調とはいかなかった。秋江さんの、練習に対する高い熱量に、金中さんが付いていけなかったのだ。「部での練習以外にも、別にスタジオをレンタルして終電まで。トータルで週5~6回のペースで練習していました。本当は毎日でも練習したくて」と秋江さん。それに対し金中さんは「秋江さんほどの高いモチベーションが保てず、だんだん2人の方向性がずれていきました。練習以外では会話もなく、打ち解けられない状況が続いたんです」と振り返る。
だが2回生の9月に、そんな2人の関係性を大きく変える転機が訪れた。関西地区で行われた新人戦で秋江・金中ペアが優勝したのだ。「優勝したことで、この人に付いていけば勝てるんだと実感して、信頼できるようになりました」と金中さん。秋江さんも「新人戦優勝をきっかけに、相手の性格や向き合い方を考えて接するようになりました。今となれば相手のペースを考えずに、飛ばしすぎたと反省しています」と語る。この勝利で2人の間の空気がぐっと和らぎ、歴代最強ペアの礎が築かれる。

「勝って当たり前」の重圧

2人はそこから快進撃を続け、さまざまな試合で好成績を残す。3回生時には抜きん出た練習量が実を結び、4回生にも勝つほどの実力を身に付けたことで、ますます練習にのめり込んだ。特に秋江さんは、一時期、他の部員との交流を断ち、すべての時間を練習に注ぐほどだった。「とにかく『勝ちたい』の一心でした。経験者である私が、未経験から始めた人に負けるわけにはいかないという強いプライドがありました」と話す。
強者ならではの “焦り”があったのだろう。4回生になって上の学年がいなくなり、2023年5月、奥本杯モダンの部3種目優勝、同月、北楡杯モダンの部4種目優勝、6月、全関西学生競技ダンス選手権大会(全関戦)モダンの部総合1位と、タイトルを総なめにした2人に、うれしさとは裏腹に「1位になれなかったら終わり」という重圧がのしかかった。「実はあのころ、試合になるとどちらかが腹痛や発熱などを起こして、体調を崩していたんです。常に気持ちが張り詰めていました」と2人は振り返る。

そんな2人を、ついに恐れていた事態が襲う。7月に開催された第62回全日本学生選抜競技ダンス選手権大会モダン戦でまさかの3位と、順位を落としてしまったのだ。入賞はしたものの、常勝ペアの2人にとっては敗北そのもので、「早めに引退しようか」という話が出るほどの絶望に陥った。秋江さんは1カ月ほど原因不明の体調不良に見舞われ、金中さんも、憂鬱な気持ちを吹き飛ばすためにヨーロッパへ旅行に出掛け、2人の競技ダンスはストップしてしまった。ペア結成以来、休まず駆け抜けてきた2人が、立ち止まった瞬間だった。

「魅せる踊り」で頂点に

だが、この休息期間が2人をより良い方向に導く。秋江さんはこう語る。「負けて立ち止まったことで、いい感じで肩の力が抜けたんです。しばらく休んだ後、また取り組んでみようと思い直すことができました」。金中さんも「あの大会での負けは『たまたま運が悪かったんだ』と捉えられるようになりました」と話す。
その後、冬に行われる大会に向け、再度モチベーションを上げていった2人。準備万端で臨んだ2人が、特に力を入れたのは“魅せる踊り”だ。魅せる踊りとは「いかに審査員の記憶に残るか」。まずは振付だ。審査員は左から右を見るため、その目線の流れに合わせた振り付けを秋江さんが計算してつくり、審査員と目が合うかどうか、程よい距離感が取れるかどうか、ダイナミックで記憶に残る構成かどうかなどを踊りながら何度もチェックした。また、第一印象を左右するドレスにもこだわり、金中さんは自分に合うドレスを新調。高身長だからこそ似合う“黒”をベースに、裾がきれいに広がるか、秋江さんの雰囲気に合うかどうか、王者の風格が出るかなどをじっくり考えながらオーダーした。

勝利への執念は見事に実を結び、11月の第57回秋季西日本学生競技ダンス選手権大会モダン戦・個人総合の部で優勝。西日本の頂点に立ち、リズムを取り戻した。そして迎えた冬の全国大会「第 69 回全日本学生競技ダンス選手権大会・スタンダードワルツの部」。息ぴったりの優美なパフォーマンスを披露した2人は、見事、優勝の栄冠に輝いた。関西勢の本大会でのワルツ部門優勝は30年ぶり、立命館大学競技ダンス部としては史上初の快挙だった。

2人にとって競技ダンスとは「なかなかできない濃い体験」だという。「他人を深く理解し、自分のことをじっくり内省しないとできないことだと感じます。人間関係が希薄な現代、ダンスを通して人とじっくり付き合えるところが面白いです」と話すのは秋江さん。金中さんは「1人ではできない、秋江さんとだからこそ生まれる踊りや雰囲気があって、それが楽しい」と語る。どちらも2人で築き上げてきた絆や信頼関係があるからこそ、言える言葉だ。
卒業後は社会人として新たなステージに立つ2人。ひたむきな競技生活で学んだ、人との付き合い方と、計画性を持って目標に取り組む力を生かし、仕事に邁進したいと前を向く。そんな彼らに、あらためて賛辞とエールを贈りたい。

PROFILE

秋江竜乃介さん

東稜高等学校卒業。座右の銘は「現状維持は後退」。トリュフ味の食品にはまっており、お菓子やオイルなどさまざまなものを試している。

金中萌音さん

立命館守山高等学校卒業。何事にも感謝することを心掛けている。海外旅行が好きで、今までドイツ、フランス、シンガポール、ハワイなどを訪れた。

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