バリア体験型カフェで生まれる気づきで新しい社会を
「ユニバーサルな社会の実現」を理念に掲げ、バリア体験型カフェの運営に取り組む立命館大学学生団体feel。日常生活に潜む不便への「気づき」を促し、カフェを訪れる前と後で、体験者の視点が変わることを目指して活動している。代表の藤枝樹亜さん(経営学部4回生)に、団体設立までの経緯や、活動を通じて得た「気づき」を聞いた。
自分の理想を形にできない日々
藤枝さんは小学生から中学1年生まで、親の仕事の関係で、ベトナム・ホーチミンで暮らしていた。そんなある日、彼女は病に倒れ、突如車いす生活を余儀なくされることになった。帰国後、自宅から通学でき、バリアフリーも手厚い学校として立命館宇治中学校に編入した。高校時代は生徒会長として活躍。新企画の立ち上げや、団体のマネジメントが得意な自身の強みを生かすため、立命館大学経営学部に入学した。
「バリアフリーに関わることがしたい」という強い思いから、京都にあるバリアフリーの飲食店について調査・発信を行う個人プロジェクトを1回生の時に立ち上げた。車いすに乗る彼女が、普段生活する中で最も不便を感じたのが飲食店を訪れる時だったからだ。「自分と同じように、困っている人がいるかもしれない」。その思いが調査の原動力になり、積極的な情報発信にもつながった。藤枝さんの発信に対して、同じ境遇の人から「助かりました」とコメントが届くこともあったという。役に立てたことがうれしかったと藤枝さんは振り返る。その一方で、この取り組みによって自分の理想に近づけているのかと思い悩んだ。
「私が発信するバリアフリー情報を知ったことで、飲食店を訪れる心理的ハードルが下がった人はいるかもしれません。ただ、私が望んでいたことは、特定の人に対してではなく、
『バリアの解消に自分ができることは何だろう』と、より多くの人の意識を変えることでした。これまでの方法では、その実現は難しいと感じていました」。
新しい手段を模索し、葛藤しながら2回生を過ごした。そんな藤枝さんに転機が訪れたのは、林永周准教授のゼミに入った3回生の春だった。
日常にあるバリア
一人だけでは挫折してしまったプロジェクト。「次は誰かと一緒にバリアフリーのプロジェクトに取り組みたい」と真っすぐな気持ちをゼミの仲間に打ち明けた。興味を示してくれる人はいないだろうと思い、賛同する人がいなければ潔く諦めて別のプロジェクトでサポート役に徹しようと決めた上での告白だった。だが、ゼミの仲間たちは彼女を一人にはしなかった。
ビジョンを共有し、青写真を描くのが得意な藤枝さんを代表に、詳細な計画を立て、その具体化がうまい人、学園祭実行委員会で活躍し、調整やサポートが得意な人、京都でマルシェを運営する、コーヒーが好きな人など多彩な強みを持つ仲間が集まった。こうして学生団体「feel」は誕生した。
バリア体験型カフェにつながるアイデアの種は、feelのミーティング中に偶然発見したという。
「車いすから近くのソファに移動して休憩していたところ、メンバーの一人が私の車いすに座り、試し乗りをしたんです。その時、『芝生みたいなマットの上は進みにくいな』とつぶやいたのを聞いて、ハッとしました。私にとって、人がバリアから気づきを得るのを初めて見た出来事でした。私の当たり前(日常)が、車いすに乗らない人にとっては非日常になるのだと気づいた瞬間でした」と藤枝さんは振り返る。
キャリーバッグを運ぶ時を想像してみてほしい。ホテルや旅館の絨毯の上だと、いつもより車輪の進みが重たく感じられるはずだ。大きな段差とは異なり、強いストレスを感じることはないかもしれないが、これもバリアの一つ。私たちの日常には、気づかないだけで多くのバリアが存在する。コーヒーを飲みながら、日常に潜むバリアを気軽に体験できる、そんなコンセプトのカフェとして「バリア体験型カフェ」の企画を発案した。
バリア体験型カフェから生まれた気づき
2023年5月にfeelを立ち上げ、7月から12月にかけて、積極的に関西のマルシェや学園祭にバリア体験型カフェを出展した。コーヒーの注文から提供までに、カフェのコンセプトや団体の取り組みを説明。バリアフリーに関心がある人には、実際にバリアを体験してもらいながらコーヒーを注文してもらうことも可能にした。イヤーマフを耳につけてもらい、声が聞き取りづらい状況での注文や、車いすに乗って目線の高さが変わる、そんな体験を通じて何かしらの「気づき」を得てもらおうと工夫した。
「障害者に優しくしましょう、と啓蒙することが目的ではありません。腕の筋力がある男性に車いすで坂道を上ってもらったところ、想像よりも軽く上ることができたと話してくださる方もいました。私たちが提供するのはあくまでfeel(感じる)であり、気づきは人それぞれであって構わないのです」と藤枝さんは話す。
気づきを促すバリア体験型カフェだが、藤枝さん自身も活動を通して多くの「気づき」があったという。
「車いすではないけれど、幼い弟のベビーカーを押したとき、電車の乗り降りが大変でした」と振り返る人や「祖母が車いすに乗っています」と語る人。車いすに乗る当事者でなくとも、多くの人がバリアフリーやユニバーサルデザインに興味を持っていることを肌で感じた。
「一人でプロジェクトに葛藤していた頃を思い返すと、車いすに乗る当事者であるがゆえに、自分の問題として捉え過ぎていたのだと今なら分かります。興味を持ってもらいにくいことを前提に考えてしまっていましたが、実際は当事者ではなく他人事であったとしても、人は関心を持っているんだということに気がつきました」と語った。
より多くの「気づき」を目指して
これまでイベントに出展してバリア体験型カフェを運営してきたfeel。11月以降は、期間限定で実店舗を構え、バリア体験型カフェを運営する予定だという。今は開店に向け、家具のレイアウトや食器の選定、提供するコーヒーの味の向上など、準備に追われる毎日だ。
「このような企画が実現できるとは、1年半前の自分からは想像もできないことです。あの時、思い切って自分の思いを打ち明けたことで、ともに前に向かって進む仲間ができました。そして、出展に協力してくださるたくさんの方々の支えがあって、ここまでたどり着くことができました。自分だけしか興味がないだろうと思っていることでも、話をしてみると案外他の人もそのことに興味を持っている場合があります。人とのコミュニケーションや体験から、新しい気づきやアイデアは生まれてくると思います。新しい社会を拓く気づきが、バリア体験型カフェを通じて生まれてくれたらうれしいです」。
今できることに全力で取り組む彼女の挑戦をこれからも応援したい。
PROFILE
藤枝樹亜さん
立命館宇治高等学校出身。趣味はお笑い番組を見ること。 座右の銘はNelson Rolihlahla Mandela(ネルソン・マンデラ)の 「It always seems impossible until it’s done.by Nelson Rolihlahla Mandela(何事も成功するまでは不可能に思えるものである)」。