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法心理学公正な裁判を支える!
意外と知らない司法と心理学のカンケイ

2022.10.05

国民誰もが関わることながら、どこか他人事のような「司法」の世界。しかし、当事者となってしまったら……? 「虚偽自白の実験」では、「自分だったらどう答えるか」とぜひ考えてみてください。

今回の案内人
若林宏輔先生
  • ほぼ100%の人が認めてしまう虚偽自白の実験、あなたならどう反応する?
  • 名探偵は犯人を捕まえたらおしまい。でも、現実の司法は……
  • 興味がわいたらぜひ裁判所を見学してみて!

冤罪を引き起こす「虚偽自白」 あなたなら認める? 認めない?

「お前がやったんだろう!」
刑事ドラマなどで、このような取り調べのシーンを見かけたことはないでしょうか。
質問されている人が本当に犯人であった場合はともかく、無実の人が根負けして罪を認めてしまったら?
しかもそれがフィクションではなく、現実の話だったとしたら? いわゆる「冤罪になってしまいますよね。それを防ぐのが、若林先生の専門である法心理学です。

 「『法』と『心理学』と聞くと、ミステリーのように犯人を推理したり、プロファイリングのように犯人の心理を理解したりするイメージが強いですが、実際はそれだけではありません。裁判や捜査段階での証拠収集におきる誤りや、その司法手続きが心理学的に公正といえるかを検証するのも法心理学研究です」(若林先生)

法心理学の中でも代表的な研究テーマの一つは「冤罪」。特に日本の場合、先ほどの例のように、冤罪の背景には高圧的な取り調べにより罪を認めてしまう「虚偽自白」が存在することが多いといいます。でも、どうして無実なのに罪を認めてしまうのでしょうか。

 「虚偽自白が生じる心理は、コンピュータクラッシュパラダイムという実験方法を使って検証することができます。実験では参加者に2人1組になってもらい、押してはならない“NGキー”をあらかじめ伝えた上でパソコンを使って単語の入力作業をしてもらいます。一人は単語のリストを読み上げ、一人はキーボードに向かいます。しかし、作業中、なぜかパソコンがクラッシュする。そこで『NGキーを押しましたか?』と聞くと……一定数が『押したかもしれません』と答えてしまうのです。実はリストを読む参加者の一人はサクラで、コンピュータには自動的にクラッシュするプログラムが仕掛けられているのです」(若林先生)

身に覚えのないことでも認める心理が働く、ということですね。実験では条件の強弱を変えて、認めてしまう心理のラインを計っていくといいます。

 「面白いのは、単語のリストを読み上げるスピードが早く、かつサクラが『今あなたがNGキーを押したのを見た』と言った場合。こうなると、ほぼ100%近い参加者が押してないキーを押したと認めてしまうんです」(若林先生)

この場合はキーを押した、押さないという話で終わりますが、もしこれが本当に取り調べだったら? 考えるだけでゾッとしませんか?
ほかにも、優しい警察官と怒りっぽい警察官を組み合わせて前者に心を開かせる「グッドコップ・バッドコップ・テクニック」などの取調べ手法の問題や、取調べの様子を記録する際、被疑者をどのように撮影するかで印象が異なる「取調べの可視化」の問題など、取り調べにおける公正性を探る研究を行っています。つまり、実験で得られた知見が、司法のあちこちで生かされているのです。また日本の「えん罪救済センター(イノセント・プロジェクト)」と呼ばれる活動にも法心理学の知見は活かされています

 「漫画やドラマに登場する名探偵は、犯人を捕まえて終わりにしがち。でも、司法はむしろそこから始まるんです」(若林先生)

実際に罪が裁かれるフェーズにおいて、その裁くプロセス自体をオープンにして可視化していくことは、公正に人を裁くうえでは非常に重要なこと。司法制度をより成熟させ、オープンな捜査手続きで冤罪の被害を減らすことにも役立っているのです。

傍聴ツアーに少年院見学 リアルな空気を感じて高まるモチベーション

身近なようであまり知られていない司法の世界ですが、裁判の傍聴は誰でもできます。また、2009年から始まった裁判員制度も継続中。確率的には、誰でも人生で一度は裁判員として刑事裁判に参加することになります。

 「リアルな空気を体感してほしくて、ゼミでは大阪地裁の傍聴ツアーを毎年の恒例イベントにしています。裁判員裁判を中心に、当日公開している裁判を好きに傍聴する、というスタイル。裁判が実際にどう進行していくのかも学べますし、直に見ることで刑事事件や加害者へのイメージが変わる学生も多いです。加害者という言葉でひとくくりにできないことがわかると、意識が変わるのでしょうね」(若林先生)

先生のゼミではほかにも、大阪府茨木市にある浪速少年院への見学ツアー、校内での大型裁判実験などを行い、できる限り生の空気感を大切にした学びの環境を提供しています。

 「法と心理という意味では、被害者の支援や加害者の矯正といった、当事者へアプローチする司法臨床も学びの範疇に入ります。法心理学をきっかけに、司法関係はもちろん、心理療法やカウンセリングに関心を持つ学生もいますね」(若林先生)

出所した加害者を支援する「地域定着支援センター事業」でボランティア活動をしたり、公務員となって司法・臨床に関わったりする教え子もいるんだとか。

 「現在の日本では、犯罪の半分が再犯、つまり刑罰を受けたものの、再び何らかの罪を犯してしまうパターン。そこで懲役期間を長くするのではなく、経済的に安定させ、社会にちゃんと定着させることで再犯を防止するという考え方が近年注目されていて、学生の中にも興味を持つ人がいます。実を言えば私の専門ではないのですが、司法と心理の関わりについて幅広く学べる総合心理学部だからできる学びといえますね」(若林先生)

もともと司法に興味がある人も、冤罪に憤りを感じる人も、純粋に誰かを助けたいという人も、のびのびと学んでいる若林先生の研究室。さらなる研究で、今後の裁判がより公正に、よりクリアなものになることを期待しています。

ようこそ、総合心理学・人間科学の世界へ!

心理学を志す人の中には、「困った人を助けたい」という気持ちがあるのではないでしょうか。イメージしやすいのは被害者のケアなど、現場を重視する臨床系の分野ですが、一方で加害者となってしまった人たちのバックグラウンドを理解して支援する人も必要です。また、そういう人たちの処遇を決める司法制度そのものの在り方も考える必要があります。法心理学は「助けたい」という気持ちを持った上で、冷静さを保って思考できる人には特に向いていると思います。