心理プラスな人(卒業生メッセージ)

2024年度



質的心理学でお客様の深層心理を読み解く

進藤 あおい さん
心理学専攻 2020年卒業

マツダ株式会社 R&D戦略企画本部 開発戦略企画部

総合心理学部で質的心理学を専攻し、現在は自動車メーカーのマツダに勤めている進藤あおいさん。実際の業務でも質的心理学の手法を扱っているのだとか。モノ作りの現場でどのように心理学が活かされているのか、進藤さんに伺ってみましょう。

お客様の深層心理を質的心理学で分析

立命館大学では、サトウタツヤ先生のゼミで質的心理学を学んだ進藤さん。現在はマツダの開発戦略企画部で、実際に質的心理学を活用する仕事に取り組んでいます。

「自動車を購入いただいたお客様に計3回のインタビューを行い、録音をもとに“本音”を読み解く仕事をしています。たとえば、発言の中に矛盾があった時には『どうしてこの矛盾が生まれたのか』を考え、言葉の裏側にある心理を分析します。
お客様の“生の声”を分析することを通じて、車の新しい価値やユーザーの期待を見出し、今後の企画や開発戦略につなげていくことが目的です」


ユーザーの深層心理を分析するために用いているのは、TEM*という手法です。人生の分岐点を図式化し、決断に至るプロセスを詳細に分析する方法で、進藤さんの卒業論文のテーマでもあります。

*TEMとは?
心理学における質的研究の分析手法の一つ。個々の人生における分岐点を時間軸に沿って整理し、選択した先の結果が同じように見えても、人それぞれに異なるプロセスがあることを図式的に明示する。

マツダの場合には、購入者もはっきりとは意識していない、車を購入するに至った動機やきっかけにアプローチ。分析をもとに、新しい製品やサービスを開発します。

購入者の意識調査においては、アンケートなどの“量的分析”が一般的です。しかし、インタビューやフィールドワークを通じた“質的分析”を行うことには、大きな意義があると進藤さんは言います。

「大規模アンケートなどを統計的に処理すると、いわゆる平均的な意見というものが出てきます。でも、実際に一人ひとりを見ていくと、平均的な人というのはいないんです。数字的には平均的に見えても、個人の感じたことや大事にしていることはそれぞれ違っており、車を購入するにも様々な紆余曲折があります。量的分析だけでは取りこぼしてしまう、お客様の感情的な振れ幅を拾い上げていくことが、より良い商品開発やサービス提供につながると考えています」

企業との共同研究で就職にも前向きに

大学での学びを活かし、モノ作りの現場で活躍している進藤さん。しかし、大学に入った当初は「心理学が医療系以外の一般企業で活かせるとは思っていなかった」のだとか。

「高校生の頃、心理学に興味を持ったのは、『他人の心理が簡単に分かるようになるのかな』といった素朴な疑問からでした。当時は心理テストや性格診断のようなものを想像していたんです。
しかし、実際に学んでみると理系と文系の間といった印象で、それほど簡単なものではありませんでした。一方には脳科学があり、一方には言語学がある。むしろ、気持ちや感情を論理的に、じっくり時間をかけて考える学問なんだと気づいたんです」

心理学のイメージが大きく変わり、進藤さんの中で学問的な説得力がグッと増したそう。同じ時期に「社会の中の心理学」という講義で、一般企業でも心理学を活用していることを知り、就職を意識するようになります。

「ただ、その頃はまだ『心理系学部は就活に不利な学部だ』という認識が変わらずにありました。友達と二回生の終わり頃に『心理系学部で就職ってちょっと難しいよね』と話し合ったことを覚えています。
就職に前向きになれたのは、三回生になってサトウ先生のゼミに入り、マツダとの共同研究に参加した経験が大きかったです。そこで具体的なイメージが湧き、アルバイトやインターンを経て、心理学の質的分析を社会で活かしたいと思うようになりました」

ゼミで培った粘り強さとロジカル思考

卒業論文のテーマとして選んだTEMのほかにも、ゼミで積んだ共同研究やアルバイトの経験が日々の仕事に活かされていると話す進藤さん。学生時代にサトウ先生から常々言われていたという「取材対象者が話しやすい環境づくり」は、お客様とのコミュニケーションでも役立っています。

「マツダのインタビューでも、初めから本音をぶつけてきてくれるお客様ばかりではありません。信頼関係を構築するために、時間をかけて一人ひとりと向き合っていく姿勢が活きていると感じます。
それに、いざ本音をぶつけてもらったときに落ち込みすぎないのも重要です。大学時代の学びを通じて、気持ちや感情という主観的なものを、ロジカルに受け止める習慣が身につきましたね」


そうしてぶつけてもらった本音も、あらためて分析してみると細かい矛盾や言い直し、ためらいが見つかるのだとか。進藤さんが質的分析の手応えを感じる瞬間は、お客様自身も気がついていない購入のきっかけに迫ったときです。

「TEMを用いて時系列でお客様の感情を整理していくと、意外にも“感情が高まったポイント”と“購入に近づいたポイント”が異なっていることがあります。お客様が合理的な選択だけ、もしくは感情的な高まりだけで車を購入しているわけではないことが可視化できると、質的分析が役立っているなと感じます」

AI時代に、AIにはできない仕事を

今後はマツダの社内で、質的心理学の啓発にも取り組んでいきたいと進藤さんは語ります。専門外の人にはアンケートや統計データの処理といった“量的分析”がメジャーで、“質的分析”の有効性はなかなか理解されにくいのが現状です。しかし、高度なAI(人工知能)の登場によって、質的心理学の重要性はどんどん増していくと考えられます

「心理学というと、やはり『見ただけで心理が分かる』というものをイメージしがちですが、実際にはもっとロジカルです。『機械的な作業では手に入らないデータを扱っている』と考えると、分かりやすいのではないでしょうか。
だからこそ、AIが発達しても人間の心理を細かく読み解く“質的分析”は、同じ人間にしかできないだろうと感じています。AIに代行できない、人の気持ちや感情を深掘りする作業は、製造業に限らずとも今後、必要になっていくと思います」

様々な業界・分野での活用が期待される質的心理学を社会で活用する上で、必要な能力とは何でしょうか。進藤さんに尋ねると、“ロジカルに考える”ことが重要だと言います。

「統計やデータサイエンスなど量的分析の重要性が高まっているからこそ、今後、質的分析が求められる機会も増えていくと思います。量的分析に慣れ親しんだ方たちに説明する上では、いかに論理的な筋道を立てられるかが大切です。
心理学は印象論ではなく、科学なんだと納得してもらうために、ロジカルなコミュニケーション能力を磨いておくと、きっと社会に出たときに役立ちますよ」

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