立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

「北極星的展望」を持て!

vol.1

人々の願いを探るワークショップ:TEM(複線径路・等至性モデリング)

あらゆる製品やサービスの向こうには、届けたい人がいるはず。「どんなモノをつくるべきか」という問いをつきつめると、「人々はどんな願いを持っているのか」という問いにつながるだろう。そして、人の願いを知ることは、自分自身がめざす目標を知ることとも切り離せない。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究センターの研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」だ。記念すべき第1回目は、立命館大学 総合心理学部教授のサトウタツヤが登壇。サトウらが開発した「TEM(Trajectory Equifinality Modeling:複線径路等至性モデリング)」を中心に、人の願いを知り、未来への展望を描く方法について、アイシン本社(愛知県刈谷市)でレクチャーとワークショップを実施した。

サトウタツヤ

講師プロフィール

サトウタツヤ立命館大学 総合心理学部 教授

社会と心理学についてさまざまな観点から研究している。主な研究テーマは、「IQ神話」や「安全神話」、「コスパ神話」など、人々が無条件に正しいと信じてしまいがちな言説に対する批判的研究。近年は質的研究の手法である「TEM(複線径路等至性モデリング)」の発展と普及にも尽力し、同手法を応用した産学連携にも精力的に取り組んでいる。

未来への展望を描くための5つのキーワード

前半は、未来への展望を描くための基本的な考え方についてのレクチャー。サトウはまず「本日の5つの重要単語」を挙げた。

  • 等至性・等至点…ものごとがある結果に必ずたどり着くこと。また、その結果のこと。
  • 複線性…等至点にたどり着くまでに、いくつもの異なる径路があるということ。
  • ゲシュタルト…私たちがものごとを理解する際に捉えている「かたち」のこと。
  • イマジネーション…ここでは、想像というより「構想」すること。
  • トランスレーション…異なるもの同士の間に橋をかけ、融合を進めること。

これだけを聞くと少し難しく感じてしまうが、このキーワードにこそサトウが伝えたい「ものの見方・考え方」のエッセンスが詰まっているという。

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サトウの話に聞き入る約50人の参加者

「北極星的展望を持て」。これはサトウが学生を指導するときの決まり文句だという。
たとえばどこかに向かって道を歩いていても、足元ばかりを見ているとかえって迷ってしまうだろう。まずはなるべく遠くの目標(等至点)を定め、そこに至るまでのさまざまな径路が見えていて(複線性)はじめて、しっかりと歩いていくことができる。だから、あるアイデアを実現するためにはその全体像(ゲシュタルト)を描き、さまざまな実現方法を構想すること(イマジネーション)が大切になる、というわけだ。さらにその先、まさに今回の共同研究プロジェクトのように異なる分野、他者と接点をもつこと(トランスレーション)で未来への展望が開けるとサトウは言う。

サトウらが開発したTEMは、まさにそんな構想を描く手がかりになる。TEMを簡単に説明すると、ある人がある行動に至った経緯を、時系列に沿った選択の連続として捉えて、それを図に落とし込んでいくという手法だ。たとえばある人が「車を買う」ことをゴール(等至点)とするならば、どんな経緯で車を買うことになったのか、その選択の背景にどんな力が働いていたのか、また、「車を買わない」という選択もありえたのか……といった内容を聞き取って図にしていくことで、その人の選択がさまざまな可能性のなかのひとつの径路として浮かび上がってくる。目標に対する選択肢と行動を俯瞰して捉えることができるのだ。

WORKSHOP REPORTイメージ
TEMのイメージ

TEMの応用範囲は幅広い。今回の共同研究プロジェクトのようなものづくりの構想にも、もちろん有用に機能する。

先ほどの例に戻って、「車を買う」というゴールの先にある未来を考えてみよう。買った車を家族の送迎に使うのか、長距離ドライブで余暇を楽しむために使うのかという〈文脈〉の違いによって、どんな車が必要なのかは当然変わってくるだろう。ものづくりで大切なのは、「顧客が製品を買った先にどうしたいのかという未来の願いを知り、その〈文脈〉のなかで製品のあり方を考えること」だとサトウは指摘する。このように、対象一人ひとりへの丁寧な聞き取りによって、大人数へのアンケート調査ではわからないような〈文脈〉を未来を含む時系列で可視化できることこそTEMの本領だ。

ここまでの内容をひとまずまとめると、自分の未来の展望を描くことはそこに至る道程や方法を見いだすことにつながり、顧客にとっての未来の願いを知ることはものづくりの意味を捉え直すことにつながる、と言えそうだ。

あなたはどうして今日ここに? TEMの基本を体験。

前半のレクチャーの最後はTEMの基本を理解するための簡単な演習に取り組んだ。「あなたが今日、ワークショップに参加した経緯をTEMで表してみよう」という一見簡単そうなテーマだが、これがなかなか奥深いものだった。

まず、このワークショップを知ってから「参加してみようかな」と思ったポイントや、逆に「やめておこうかな」と迷ったポイントを書き出していく。
次に二人一組になって、互いに書き出した内容を説明し、相手に時系列に沿った図にしてもらう。出来上がった図を見て、うまく表されているか感想を伝えあいながらさらに整理していく。
最後にさらに互いに聞き取りを行って、図に過去と未来の文脈を補足する。未来の文脈とは、ワークショップに参加したあとにどうなりたい、どうしたいのかという願いのこと。過去の文脈とは、そもそもなぜそんな願いを持ったのか、というその人自身の背景や問題意識と言い換えることもできるだろう。

図を見ながら話しているうちに「ワークショップに参加する」というひとつの出来事がもつ意味がぐっと深まり、相手の人となりとともに伝わってきた。この手法はたしかにいろいろなことに応用できそう……と筆者が感心していると、サトウからのアドバイス。「本気でTEMを行う場合、3回は相手に会って話をすることが大切です。一度話を聞いただけだと自分の仮説にとどまってしまうので、2度、3度と対話を重ねることで、仮説を相手に突き崩してもらう。合気道のように相手の力を借りるんです」。安易に相手をわかったつもりにならないことも大切なようだ。

WORKSHOP REPORTイメージ
聞き取り中の参加者

自分の未来の展望を描き、プレゼンしてみよう

休憩を挟んで後半は、TEMで学んだ考え方を応用して、自分自身の未来の展望を描き、それを人に伝えるワークショップだ。

ここからはさらに頭をフル回転。まずは配布されたワークシートに従って、これまでの人生で自分のやる気が大きく上がったり下がったりした出来事を整理していった。先生に褒められたこと、人と出会ったこと、仕事での失敗や成功……さまざまなアップダウンをグラフにしてみると、だんだんと自分のことが客観的に見えてくる。これが書けたら、自分が「今目指していること」を考える。それを妨害する力、支援する力にはどんなものがあるか、また逆に「こうはなりたくない」と思う未来についても書いていく。

さあ、材料が出揃った。清書用の紙に自分の目指すことを書き込み、それに至る最短径路と、最短ではないけれどもこういう方法もある、という複線径路2つを考える。さらに、目標の実現を支える力、妨害する力も考えて記入する。

筆者の目指すことは「ストレスなく自由に生きたい!」。最短径路で考えれば、仕事にとらわれずに毎日好きなことをすればいいことになるが、それでは生きていけない。仕事の中で自由にできる領域を増やすことと、割り切ってプライベートを充実させることを複線径路にした。自由に生きることを支えてくれる力は……と考えると、いろいろな価値観をもった人に会うことが大切なように感じる。妨害する力は、将来への不安やお金の問題だろうか。

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記入したワークシート

ここで、各テーブルでA班とB班に分かれて、A班の人は壁際に移動するようにと指示が入った。一体何が起こるのか、ドキドキしながら移動する人々。

「A班の人は、これからあなたの目標について、B班の人にプレゼンをしてください。B班の人は、『あっぱれ!=いいね』か『激励の喝!=もうちょっとね』かを判断してサインをあげてください。それでは、スタート!」掛け声とともに、会場の半数の参加者が席に座っているもう半数のもとに駆け出す。

B班となった筆者のところにも男性社員がやってきて、「新規事業の立ち上げに携わりたい」目標と、それに向けた径路をプレゼンしてくれた。理路整然とした説明に、迷わず『あっぱれ』を進呈。いれかわりたちかわり何人かのプレゼンを聞かせてもらったが、仕事のことや人生のことなど目標に差はあれど、誰もが短時間の間に自分の考えをしっかりまとめて、熱く語っておられたのが印象的だった。

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普段はほとんど話す機会のない他部署の人にも積極的に話しかけに行く参加者のみなさん
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アイシン取締役・CSDOの鈴木研司氏もワークショップに参加

A班のプレゼンが終わったら攻守交代。今度はB班がプレゼンをする側になった。筆者も4人の方にプレゼンを聞いていただき、『あっぱれ!』3つと『喝!』1つをいただく結果に。プレゼンに対してアドバイスやさらに突っ込んだ質問をしてくれる人もいて、話していく中で自分の気持がさらに整理されたり、先の目標が見えてくる感覚が新鮮だ。

プレゼンが終わったら、自身の目標の重要度、難易度と『あっぱれ』『喝』の数から総合得点を計算。高得点の参加者にみんなで拍手を送った。

多様性から複線性へ

最後に、これから本格始動する共同研究プロジェクトでは「多様性から複線性へ」を意識してほしい、とサトウ。単に「多様性を認めよう」というのではなく、「それぞれ歩く道は違っても、同じ方向をめざして歩いているんだ」と考えることが大切だと言う。

「自分でやってみてうまく進まないときも、人を説得したり、あるいは助けられたりすることで道が開けます。そうやって複線性の確保を心がけていただければと思います」というメッセージで第一回目のワークショップを締めくくった。

WORKSHOP REPORTイメージ

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

伊藤夢乃さん

総合企画部

伊藤夢乃さん

アイシンのサイトに掲載された共同研究プロジェクトについての記事を読み、「ものづくりの中にも人文系の知見が必要だ」という内容にチャンスを感じて、今回のワークショップを心待ちにしていました。新規事業の立ち上げにも興味があって、役立てられそうだと思い参加しました。期待通り、実践的な手法を学ぶことができたので良かったです。ただ、自分が顧客インタビューなどで使えるかというとまだまだ自信がないので、しっかり復習したいです。印象的だったのは、「文脈で意味がはっきりするからこそ、一人ひとりにしっかり話を聞くのが大切」という部分。今後に活きる言葉として心に留めておきたいです。

関雄輔さん

ビジネスプロモーション部

関雄輔さん

伊藤さんと私は同じ有志団体に所属していて、今回のワークショップのことも伊藤さんに教えてもらって知りました。もともと「デザイン思考」は勉強していたのですが、「デザインサイエンス」は初めて耳にしたので、アップデートしたいと思って参加しました。心理学の先生が教えてくれるということで、人の心理を読むような内容かと思いきや、それとも少し違ったのが意外でした。特に参考になったのは「多様性ではなく、複線性」という言葉です。辿りつく場所は同じで、さまざまな道があるだけだ、という考え方には「なるほど」と膝を打ちました。

講師の声

サトウタツヤ

立命館大学 総合心理学部 教授

サトウタツヤ

今日のワークショップで皆さんに伝えたかったのは、未来展望に対する複線性をもつことです。ものづくりに対するひとつの考え方にしていただければと思いますが、具体的にどんな場面で役に立つかは参加されたみなさんが自由に考えて使っていただければ幸いです。もちろん、私が関わらせていただくマップマッチングの共同研究プロジェクトでも何らかの形で活用していきたいと考えています。

今回は初回ということで、とにかく場を温めるつもりで臨みました。大学で教えている心理学の学生は内省することに慣れていますが、今回の参加者の皆さんはそうとは限らないので、過去のことを振り返って自身と対話し、それから現在、未来のことを考える、という段階を踏む構成にしました。もうひとつ工夫したのは、参加者同士で話してもらうことですね。こうした場で多対多のコミュニケーションを経験していただくことが種になって、社内のネットワークとして発展していくといいなと思います。知らないことを知るでも、知らない人と話すでもいいので、それぞれに「参加して良かった」と思えるポイントがあれば嬉しいです。

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