立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

デザインは対話から始まる

vol.3

みんなの行きたい、会いたい、参加したいを叶える超移動社会

「デザイン」といえばまず「課題解決」をイメージしがちだが、解決手法そのものよりも本当に解決すべき課題を見つけることのほうが実は難しい。社会の先行きが不透明な時代に、未来の“あるべき姿”を描くにはどうすればいいのだろうか? そんな願いを探るための対話の技法もまた「デザイン」なのだ。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究センターの研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

第3回では、立命館大学OIC総合研究機構客員教授であり産総研イノベーション人材室デザインスクール事務局長の大場光太郎が登壇。今、なぜデザインサイエンスが必要なのかをテーマにしたレクチャーとワークショップを、アイシン本社(愛知県刈谷市)で実施した。

大場光太郎

講師プロフィール

大場光太郎国立研究開発法人産業技術総合研究所 イノベーション人材室デザインスクール事務局長

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)イノベーション人材室デザインスクール事務局長。立命館大学OIC総合研究機構・客員教授。ロボット工学の基礎研究からキャリアをスタートし、応用研究、マネジメント研究へと展開。産総研ではロボットの安全検証手法の開発、気仙沼~絆~プロジェクトなどのマネジメントに携わる。2018 年には自身が中心となって産総研デザインスクールを立ち上げ、次世代のリーダー育成に力を入れている。

モビリティは“移動”だけにとどまらない?

「皆さんにとって、モビリティとは何でしょう?」
自己紹介を終えた大場は、参加者に向かってこう問いかけた。自動車や公共交通機関のこと、移動手段や搬送手段のこと、言葉の通り「移動できる」こと、それとも……?

モビリティの意外な側面をあらわしているのがカーシェアリングだという。タイムズが展開するカーシェアリングのデータを見ると、契約数の割に走行距離はそれほど伸びていない。実態を調べてみると、「移動する」以外の用途として、休憩や仮眠、電話、読書や着替えなど、ちょっとしたことを済ませたり時間を有効利用したりする多目的なスペースとして車という空間を利用する人が増えていることがわかった。

提供側が想定していなかった新しいカーシェアリングの利用方法が、利用者によってデザインされているのだ。「これを拡大解釈すると、『移動にとらわれないモビリティ』もありうるということがわかります。既存のサービスに従来想定されていなかった用途を見出すという点で、デザインサイエンス的な事例と言えるでしょう」

デザインサイエンスは、従来のモノのデザインからコトのデザイン(プロセスデザイン)、さらに意味のデザイン(コンセプトデザイン)へと進化してきているという。モビリティの意味を移動以外の文脈で捉え直すことは、まさしく「意味のデザイン」といえるだろう。

WORKSHOP REPORTイメージ
カーシェアリングの意外な使われ方

今、デザインサイエンスが必要とされる2つの理由

それでは、どうして今、デザインサイエンスが必要とされているのだろうか。 大場は、近年注目される分野であるデータサイエンスとの比較でその理由を説明する。

「データサイエンスは、社会のあらゆる場面で蓄積されたデータを分析・活用することで課題解決をめざす学問です。しかし、世の中が複雑化するなかで、社会課題もデータ分析から唯一解を導き出せるようなものばかりではなくなってきています。データサイエンスでカバーできない領域は人間が埋めなければならない。そんな場面でこそ、デザインサイエンスが有効なのです」

唯一解がないということは、一人で考えて問題を解決するのではなく、いろいろな人を巻き込んで合意形成をめざすことがより重要になるということである。ロボットの開発で主要な役目を担うのが経済産業省だとしても、開発するのが無人トラクターならば農林水産省、介護ロボットならば厚生労働省の担当者と協力しなければならない。ところが、省庁が変わると考え方も変わり、言葉すら通じないということもある。互いを理解し、共創して新たな価値を生み出すための対話の技術としてデザインサイエンスが必要になる。

さらに、課題解決のためにはユーザーのニーズを知ることも欠かせない。しかし、ユーザーから真のニーズを聞き出すことは簡単ではないと大場。「介護ロボットの開発にあたって、実際に介護を必要としている人にヒアリングをした研究者がいました。そのとき『どんなロボットがほしいですか?』と訊いたそうですが、それではあまり意味がありません。ユーザー自身は自分の本当のニーズを自覚しているわけではないので、『ドラえもんかなぁ……』という答えが返ってきたりします」。ニーズを知らないユーザーから真のニーズを聞き出すファシリテーション能力も、デザインサイエンスの重要な側面なのだという。

共創・共感真のニーズの探索。このふたつが、デザインサイエンスを学ぶべき大きな理由ということがわかってきた。私たちはデザイン=課題解決とついつい短絡的にイメージしてしまいがちだが、もう少し全体を俯瞰して見る必要がありそうだ。

共感を生む対話によって“ありたい姿”を共有する

アメリカのデザインコンサルティング会社IDEOによって体系化された「デザイン思考」では、デザインの流れを「ダブルダイヤモンド」という図で説明している。課題を探索するフェーズと、課題を解決するフェーズに分け、それぞれで発散と収束を繰り返すというものだ。一般的なビジネススクールなどでは後者の課題解決に注力しがちだが、本当に重要なのは、土台となる課題の探索・共有の方だと大場は言う。課題を知るための第一歩として、ユーザーの思いに共感を寄せ、その目的やありたい姿(5W1Hの「Why?」の部分)を共有することが重要となる。いかに共感を生むか、そのための対話の技術のなかにこそデザインの真髄があるといえるだろう。

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ユーザーの真のニーズに向き合えば、そこに発想の転換が生まれる。モノやサービスを越え、社会システムそのものをデザインするという視点がひらけるのだ。その事例(大場いわく「頓智」)をいくつか紹介いただいたのだが、ここではひとつだけ抜粋して紹介しよう。

とある介護施設での出来事だ。日本の介護の現場では、利用者をベッドから車椅子に移乗させるときに介護士が利用者を抱えあげるのが一般的だが、そのため介護士は腰を痛めてしまい、長く働けない一因にもなっている。そこで、施設長は海外で一般的になっているリフトを導入することにした。装着すれば機械が利用者の身体を持ち上げてくれるというものだ。ところが、導入にあたって職員たちから大きな反発が起こった。装着と持ち上げに2分ほど余計な時間がかかるし、何より人のぬくもりがない、というのだ。施設長はそこであきらめずに勉強会を開き、施設内の課題について意見を出し合った。そこで誰かが言う。現場は忙しくて利用者とゆっくり話す時間もない。それなら、リフトを利用する2分間を利用者と喋る時間にすればいい、と。この何気ないアイデアがヒットした。ゆっくり話を聞いてもらえるようになった利用者の満足度は上がり、介護士は腰痛のリスクから解放され、課題を解決したことで仕事のモチベーションが上がった。それが離職率の低下という施設にとっての大きなメリットにもつながり、結果win-win-winとなった。

共感を生む対話がもたらした成果であり、「意味のデザイン」の好例とも言えるだろう。

30年後のモビリティの“ありたい姿”を描く

レクチャーの最後には、共感を生むための対話の技術について教わった。「対話」は単なる「会話」でも、結論を出すための「議論」でもなく、共感を育むことを目的としたコミュニケーションなのだという。また、相手に何か質問を投げかけるときも、答えをすぐ聞き出そうとするのではなく、「本質的な問い」つまり発想が広がるような奥行きのある問いを投げかけることが大切なのだそうだ。

後半はそんな対話によって未来のありたい姿を描くワークショップに取り組んだ。アイスブレイクのための簡単なワークを行った後、今日のテーマが発表される。それはズバリ、「30年後のありたいモビリティ社会ストーリーをつくる」。技術的に実現可能かどうかは問わず、これまでの発想にとらわれない新しいモビリティのあり方を想像し、グループごとにストーリーとして発表するというものだ。

「ストーリーの主人公は皆さんのお子さんです。30年後の2050年に、みなさんの考えた新しい技術を大人になったお子さんが享受して、『お父さん、お母さん、ありがとう』と言ってくれるような未来社会を描いてください」

制限時間は60分。発表方法は劇でも、漫画でもなんでもOK。自由度が高すぎるテーマに少し戸惑いながらも、同じテーブルのメンバーでさっそくディスカッションを開始した。まずはモビリティに関して参加者が日々感じていることを書き出してみる。そこで見えてきたのは、モビリティは家族の形に大きくかかわっているということだ。たとえば、自宅と職場が離れていると、通勤時間が増えて家族と過ごす時間が短くなる。また、赤ちゃんや高齢者、障害をもつ家族がいれば、歩く速さも求められるバリアフリー環境も異なるので揃ってどこかへ遊びに行くのも一苦労だ。実体験をもとに話す参加者に、他の参加者も「たしかに!」と共感。一方、未来社会という視点で考えれば、火星に単身赴任、なんてことが当たり前になっているかも、と別の参加者。そう考えれば、「家族それぞれが自由な場所で活動しながら、みんなで一緒に過ごす時間も大切にする」というふたつを両立させることが未来のモビリティに求められる価値といえるだろう。

ここで「逆に考える」発想法を使ってみよう。固定された家を起点にして家族がバラバラに動くのではなく、逆にバラバラの場所にいる家族を迎えに来てくれる家があっても良いのでは……? と、話が面白い方向に転がりだす。なんとなく未来のモビリティ像が見えてきたところで、ストーリーに落とし組んでいく作業に入る。このグループでは4コマ漫画で表現することになった。発表時間が迫るなか、イラストの得意な参加者がマジックペンを手に取り、チームメンバーの意見を聞きながら模造紙の上にまとめあげていった。

WORKSHOP REPORTイメージ
4コマ漫画でストーリーを表現した

さあ、いよいよ発表の時間だ。このグループでは最終的にこんなストーリーが出来上がった。

  1. 未来の社会ではモビリティが発達し、移動がますます自由になった。この家庭では子どもを保育園に預けて、母親は長距離通勤、父親は火星にバカンスに行っている。
  2. その一方で移動に長い時間を費やすことになり、家族の心の距離も離れてしまう。火星の父親も家に残してきた家族が心配だ。
  3. そこで開発されたのが、住居を兼ねた新モビリティ。AIが家族の予定や居場所を把握して、どこへでも迎えに行ってくれる。移動手段そのものが憩いの場になった。
  4. この技術のお陰で、家族がいつも一緒にいられるようになった。開発してくれたお父さん、お母さん、ありがとう――。

起承転結のある4コマ漫画という形式を採用することによって、背景と課題、解決策と結果をわかりやすく提示することができたのではないだろうか。また、ストーリー仕立てにすることで家族それぞれの心情も垣間見えてくることが面白く感じた。どんな便利な未来の技術も、やはり人の心が反映されたものであってほしいと改めて考えさせられた。

その他のグループの未来像も多彩だ。バーチャル体験とリアル体験を組み合わせてどこへでも行け、大切な人と過ごすことができる未来。都市と田舎の地理的格差がなくなり、らくらく移住できる未来。場所や時間を超越して一流のスポーツ選手の個人レッスンを受けられる未来。車で移動しながら健康になるウェルビーイングな未来……。

全てのグループに共通していたのは、テクノロジーそのものではなくそれによって人々のどんな願いが叶えられるのか、社会のあり方がどう変わるのかという視点がしっかり描き出されていたことだ。自分の子どもに感謝される技術・社会とはどんなものか?と考えることが、大場のいう「本質的な問い」として機能したのかもしれない。

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発表の様子。こちらのグループはリアルとバーチャルが融合したモビリティの未来をAIによる画像生成で視覚化した
WORKSHOP REPORTイメージ
移動の障壁がなくなり流動性が高まると、人々が集まったところに新しいコミュニティが生まれるという発表

こうしたデザインサイエンスの方法論を実際のプロジェクトにどう取り入れていけばいいのだろうか。最後に、大場はリーダーシップ論の観点で今回のワークショップを総括した。

「リーダーシップには、一人のリーダーを決めるマネジメント型のやり方と、決めずに場の流れに合わせて都度、誰かがリードしていくタイプのやり方があります。後者は欧米でよく取り入れられているいわばイノベーション的なリーダーシップで、今回のワークショップでも多くのグループが後者のやり方を自然と選んだのではないでしょうか。これらはどちらかが良いというわけではなく、どちらもバランスよく取り入れることが大切です。イノベーション的なリーダーシップを組織に導入するのは難しいですが、とくに中間管理職の方に、今回のようなワークショップを通じて経験してもらえばわかってもらえるのではないでしょうか。

また、デザインスクールでは、ワークショップの参加者が翌年にファシリテーターに回ってもらうということもやっています。これもやってみることでいろいろな気づきがあるので、機会があればぜひ挑戦してみてください」

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

吉本勇介さん

EV推進センター統括部

吉本勇介さん

新規事業の企画に悩んでいたときにこの取り組みを知り、今回はじめて参加しました。大場先生のお話から、顧客のインサイトを実現するための大胆なコンセプトをいかに立てられるかが重要だと学びました。いつもついついシーズから考えてしまうので、今日の学びを部署内にも広げていきたいと思いました。後半のワークショップでは、イラストに描き出すことでアイデアが膨らみ、ストーリーがつながっていったのが印象的です。机上で考えるだけでなく、視覚化することの大切さが実感できました。

鄒梦婷さん

CSSカンパニー シェアリングソリューション部

鄒梦婷さん

もともとデザイン思考を学んでいて、社内でもワークショップを企画しているのですが、改めて学びたいと思い参加しました。今日のお話では、会話のなかにも雑談、対話、議論といった違いがあるという点が新鮮でした。インサイトに向き合うことも対話といえますし、そのための「聴く」テクニックはさらに奥が深そうです。そのほかにも気になるポイントがたくさんあったので、持ち帰って調べてみます。ワークショップでは、普通はファシリテーターが細かい指示を出すものだと思っていたので、大場先生の進行の自由度の高さとアウトプットの質の高さに驚きました。ぜひその秘訣を知りたいです。

講師の声

大場光太郎

国立研究開発法人産業技術総合研究所 イノベーション人材室デザインスクール事務局長

大場光太郎

今日、お伝えしたかった一番のポイントは対話の大切さです。自分の殻を破るためには、まず殻がどこにあるのか気づかなければいけない。それは相手と対話してはじめて得られることです。そうした対話の方法については日本の教育ではあまり教えてもらえないので、この機会に持ち帰っていただければと思います。
レクチャーとワークショップは、アイシンの方が持っているモビリティという概念に対する殻をいかに破っていただくかを意識して構成しました。技術をベースに未来を描いてもらうようなやり方だと、ただただ現実味がない、腑に落ちないワークになってしまうので、自分の子どもに感謝してもらえるような未来、という制約をつけることでそうではない方向に発想を飛ばしてもらいました。結果、従来のモビリティの発想から飛び出すアイデアが出てきたので、成功だったのではないでしょうか。
こうした自由な対話をできるような環境は日本の組織ではなかなかないので、とくに中間管理職の方にそういう意識を持っていただきたいところです。そうした意味では外部からの刺激も大切なのでしょうね。

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