立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

バラして、ズラして、組み立てる。

vol.2

新製品・サービス開発につながるコンセプトの創り方

イノベーションとは何だろうか。これまで世の中に存在しなかった全く新しいアイデアを実現すること? それができれば素晴らしいが、そもそも全く新しいものなんて世の中にはそう存在しないのが現実だ。けれど、諦めるのはまだ早い。イノベーションのヒントは既存の製品やサービスの中にある。必要なのは「分解」、そして「再構成」することだ。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究センターの研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

第2回では、立命館大学テクノロジー・マネジメント研究科の湊宣明が登壇。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と大学研究者の経験を踏まえて、製品・サービス開発でイノベーションを生み出すための思考法についてのレクチャーとワークショップを、アイシン本社(愛知県刈谷市)で実施した。

湊宣明

講師プロフィール

湊宣明立命館大学 テクノロジー・マネジメント研究科 教授

2000年に宇宙開発事業団(NASDA、2003年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に改組)に入職。国際宇宙ステーション計画やシステムズ・エンジニアリング、宇宙ビジネス開発などの業務に従事。その後、慶應義塾大学を経て、2015年に立命館テクノロジー・マネジメント研究科に着任。2023年より同研究科長。専門はシステム工学、航空宇宙管理で、宇宙開発の現場で用いられてきた設計・マネジメント手法や思考法を応用してイノベーション創発につなげる研究に取り組んでいる。

宇宙開発の現場の思考法で効率的にイノベーションを起こす

まずは湊のこれまでの経験を踏まえて、「テクノロジーマネジメント」という考え方、そのなかでのイノベーションの捉え方についてレクチャーが行われた。

日本の宇宙開発を間近で見てきた湊は、他国に比べて技術力は優れているのに世界の市場を獲得できない日本の状況に思うところがあり、その原因を考えるために欧州宇宙産業の中心地フランス・トゥールーズに留学したという。そこで学んだのは、新しいテクノロジーを開発するだけではなく、それをうまく活用していくためのマネジメントのノウハウ、つまり、テクノロジーマネジメントという概念だった。宇宙開発は無数の要素技術の組み合わせによって成り立っている。それらをマネジメントする視点はロケットや人工衛星をつくる際はもちろん、宇宙のテクノロジーを宇宙以外の場面に展開する上でも重要である。湊がJAXA時代から取り組んできたのは、まさにそんな仕事だ。

テクノロジーマネジメントの考え方では、お金を投資してテクノロジーを開発するのがinvention(発明)。そのテクノロジーを製品に変えて、製品をお金に変えることができてはじめてinnovation(イノベーション)につながるという。新しいテクノロジーから唯一無二の新製品を生み出し、それが世の中に受け入れられればいいのだが、しかし現実にはハードルが高い。

「全く新しいコンセプトをゼロから生み出すのは非常に難しいし、効率的ではありません。もちろんそうした取り組みも大切ですが、それと同時にすでに世の中にある製品をよく理解して、その構成要素を置き換えて新しい価値を生み出す方がはるかに効率的です」

たとえば、伝統的な和傘とビニール傘を比べてみよう。持ち手、柄、骨組みと分解していくと、基本構造はほぼ同じであることがわかる。しかし材質や機構の一部の要素が置き換わることで、軽く、廉価で、さしやすくなり、新しい製品として広く社会に浸透し、市場を拡大させることができる。

このように書くと簡単そうだが、実はこれが非常に奥深い。イノベーションには技術についての深い理解と、社会のニーズを捉える視点の両方が必要だからだ。組織の中で考えると、研究開発職と営業職・マーケティング職がどのようにしてコラボレーションするかが重要になる。そこで有効なのが、湊の提唱するリ・デザイン思考法だ。

WORKSHOP REPORTイメージ
ユーザー側からのアプローチと製品側からのアプローチがコラボレーションすることでイノベーションが生まれる

リ・デザイン思考――対象を分解・再構築する

宇宙開発から生まれたリ・デザイン思考の基本的な流れは以下のとおり。

  • 社会のニーズや課題に対して、直接解決する方法をゼロから考えるのではなく
  • 既存の製品・サービスのなかから解決に利用できそうなものを見つけて
  • その構成要素を分解し、過不足があればその部分を置き換えて再構築する

大切なのは、「コンテクスト-目的-機能-手段」の4段階を踏んで要素を分解することだ。電動歯ブラシを例に挙げて考えてみよう。

  1. コンテクストとは、その製品やサービスが利用される状況・文脈のこと。WHEN、WHERE、WHO、WHATの4つの要素で整理するといい。家庭用の電動歯ブラシならば、〈就寝前、自宅で、家族4人が、歯を〉磨くというふうに表現できる。
  2. 目的は何のためにその製品を使うのか。まずは、〈(歯を)磨く〉というふうに動詞でシンプルに表現しよう。それから、コンテクストとユーザーのニーズを意識して修飾語を考える。キレイに磨く、快適に磨く、長く磨く…という具合だ。
  3. 次に、その目的を実現するために必要な機能(はたらき、作用)を抽出する。「どこでも磨く」を実現するなら、軽くて持ち運びやすい、電源を内蔵しているなどの機能が必要だ。
  4. そして、どんな手段でその機能を実現しているかを分析する。これは、実際にモノを分解してみるとよくわかる。最後に、分解した内容を階層図に表してみる。

さて、ここでコンテクストを変えてみよう。家庭用ではなく、働く女性が職場で使う電動歯ブラシを想定する。4Wであわらすと、〈昼食後、職場で、20代、30代の女性が、歯/舌を〉磨く、となる。すると、目的ではたとえば「どこでも磨ける」ことが重要になる。そのためには「軽くて持ち運びやすい」「乾電池式である」などの機能が必要だ。それを実現するための手段、材質や構造も当然変わる。そうした過不足の要素を入れ替えれば、既存の製品を元に新しい製品を開発できるというわけだ。

WORKSHOP REPORTイメージ
女性をターゲットとした携帯電動歯ブラシを分解した階層図

ここではマーケットのニーズを出発点としたトップダウン式に考えてみたが、逆に自社製品の要素技術からボトムアップ方式で考えることもできる。そう、それこそ研究開発職と営業職のコラボレーションだ。

「水筒」を分解し、新製品のコンセプトを生み出す

後半はグループに分かれてのワークショップだ。

テーマはずばり、「新しい水筒のコンセプトを設計してみよう」。水筒を思い浮かべてみると、電動歯ブラシに比べると構造はシンプルだ。どこをどう新しくすればいいのだろうか。あるグループの様子をのぞかせていただいた。

まずは既存の水筒について、リ・デザイン法に則って要素を分解して階層図をつくる。
会社で使う水筒をイメージしてみると、コンテクストは以下の通り。

<コンテクスト1>
WHO…会社員が
WHERE…職場で
WHEN…仕事中や休憩中に
WHAT…お茶やお水、コーヒーを(飲む)

目的は何だろうか。「飲む」「持ち運ぶ」「保温・保冷する」といった動詞がすぐに挙がった。参加者の一人が「そもそも、なんで会社で水筒を使うの…?」という素朴な疑問を口にすると、他の参加者からは「ゴミを減らすため」「好きな飲み物を家から持って来ることができるから」「飲み物を買うより安上がりだから」……と返答があり、さらにいろいろな目的が可視化されてくる。付箋を使って整理した目的、機能、手段をいくつか挙げると、以下のようになった。

「手軽に飲む」―「飲みやすい」―「ストローやコップをつける、注ぎ口の形の工夫」
「おいしく飲む」―「適温に保つ」―「真空断熱構造」
「安全に持ち運ぶ」―「こぼれない」―「頑丈な素材」「ロック機能」

さて次は、一度設定したコンテクストをあえて大胆にずらしてみる。
ここで使うのが「シナリオグラフ法」。WHO、WHERE、WHEN、WHATの各項目を予め何パターンも用意しておいて、ポーカーのようにランダムに引いて並べる。今回は湊の研究室で開発された専用のカードを使った。カードをめくって出てきたのは……?

<コンテクスト2>
WHO…駅員が
WHERE…山で
WHEN…通勤時に
WHAT…スマ―トフォンを…?

参加者に動揺が走る。水筒の中身がスマホになってしまったからだ。
ともあれなんとなくコンテクストは浮かび上がってくる。山のような屋外の環境で働いている人が、仕事中や通勤時に快適に使えるようなスマホ用の容器、つまり「新しいスマホケース」ということで考えていこう。

コンテクストに沿って目的を考えていくと、「夏場に屋外でスマホを使っていると、すぐに熱くなってしまう」「山は電波が悪いのでバッテリーの減りが早い」といった声が上がる。ここで先ほどの階層図を眺めてみると、「適温に保つ」という機能は活かせそうだ。逆に「手軽に飲む」という目的はなくなったので、そのための機能は不要だろう。新しく付け加えたい要素としては、スマホのバッテリーを補助するような機能があるといいかもしれない。

新しいコンテクストに沿って階層図を整理する。仕上げに、図解イラストを添えて「夏の屋外でもスマホが使える、冷却バッテリーと断熱構造を備えたスマホケース」という新しい製品コンセプトが完成した。

WORKSHOP REPORTイメージ

各チームの新製品のコンセプトを発表!

最後は、各グループの成果発表の時間だ。
グループの代表者がスマホケースのアイデアを発表すると、湊からは「スマホのバッテリーの熱制御というのは良い着眼点。ただし(冷却のための)エネルギーを何に使うのかというところには議論の余地がありそうです」とのコメントがあった。これを聞いて、保冷機能には真空断熱や水冷をうまく使って、スマホの本体の予備バッテリーをプラスするという方法もあるかも……と、頭のなかでさらにアイデアが洗練される。

他のチームが考えた新製品は以下のとおり。同じ水筒から出発したとは思えない多彩なアイデアが並んだ。

  • 野外での遊びに便利、ライフジャケットにも転用できる「着る水筒」
  • 飲食店の店員が湧き水を持ち帰るために使う、衛生面にも配慮した業務用水筒
  • スマホと連携、足りない栄養素を自動で補給してくれるサイクリング用水筒
  • 運動不足を解消するルームランナー型ドリンクサーバー
  • 山の上でも好きな飲み物を適温で楽しめる持ち運び型ドリンクサーバー

ワークショップを振り返ってみると、参加者の何気ない一言を誰かが拾って、また誰かが別のアイデアを出して……とグループメンバーの相互作用でアイデアが展開していった。それだけだとバラバラに拡散してしまいそうなものだが、付箋を使って階層図として整理していくことで、短時間のうちに1つのアイデアを形にすることができた。時間をかければさらにブラッシュアップすることができただろう。

WORKSHOP REPORTイメージ
WORKSHOP REPORTイメージ
グループワーク中の様子。部署や年齢の垣根を超えて活発にアイデアが飛び交う

多様性を活かし、実りあるコラボレーションを実現するために

湊によると、「いろいろな考え方を持っている人々がコラボレーションすること」はイノベーションの必須条件だ。しかしただ集まって話をしても、文脈を共有できていなければかえって場は混乱してしまう。そんなときにこそ「リ・デザイン思考法」を使ってみるといいだろう。

企業の垣根を超えて新しい価値を生み出すオープンイノベーションにもこの方法は有効だ。コラボレーションする相手の製品を分解して情報を整理してみれば、どんな点を補い合うことができるのかがはっきりしてくるだろう。同じように、自社製品を分解して理解を深めることは新人研修にも活用できるという。

湊の提唱する「リ・デザイン思考法」は、アイシンの技術の水平展開をめざす今回の共同研究にすぐにでも活かすことができそうな内容だった。さらに詳しい内容は、共著書『リ・デザイン思考法―宇宙開発から生まれた発想ツール』で解説されているということだ。

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

飛田隼希さん

DX推進部

飛田隼希さん

思考を整理するだけでなく、発想を変えることでアイデアがどんどん湧いてきたことに驚いています。水筒は飲むもの、運ぶものというイメージが強かったのですが、チームでは「助ける」というキーワードが出て、新しいサービスに結びつく発想が生まれました。今回はたまたま幅広い年齢層の方と一緒にディスカッションする機会となったのですが、想像していた以上にみなさん行動的でどんなアイデアでも柔軟に取り入れてくださっていました。こうした状況を意外に感じてしまっている自分自身に気づき、自分が年齢層といった固定観念に縛られていたのだと気づかされました。

田村浩史

アフターマーケットカンパニー統括部

田村浩史

私が所属している部署は自分で考えたアイデアを形にしやすい環境ではあるのですが、肝心のアイデアがなかなか出せずに苦労していました。要素を洗い出してからターゲットを変えて新しいコンセプトを作り上げるという流れはまさに私が業務でやりたいことに合致していたので、そのロジックを学べて良かったです。自分でやってみながら、他の人にアイデアを伝えるときにも活用していきたいと思います。

講師の声

湊宣明

立命館大学 テクノロジー・マネジメント研究科 教授

湊宣明

イノベーションを起こす上でチームの多様性を確保することは大切ですが、それをまとめ上げようとすると一筋縄ではいきません。そんなときは、頭の使い方を工夫すればいい。異なる価値観のメンバーが思考法を共有し、情報を体系的に整理することで議論がかみ合う可能性が高まることを覚えておいてほしいと思います。
グループワークの話し合いの様子も見させていただいて、それぞれのチームの個性を活かしつつ、リ・デザイン思考法の階層図を使って議論をうまくマネジメントされていたのが印象的でした。テクノロジーを軸にプロダクトアウトで発想するチームもあれば、顧客の悩みや想いに寄り添ってニーズを洞察しようとするチームもありました。発表されていないアイデアの中にもとても斬新で、すぐに商品化できそうな面白いものがありましたね。
今回の内容を業務のなかで活用いただく際には、チームとしてBig Pictureをしっかりと共有することが大切です。本来の製品開発であれば、ある程度の要求があるはずなので、まずはチーム全体でそこに向き合って前提条件や制約を確認してください。そこからさらに飛躍して大きな目標に向かって取り組んでいただくイメージをチーム全体で共有すると良い結果が得られるのではないかと思います。

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