2026.06.10

【開催報告】6月6日(土)立命館土曜講座

「庭園とメランコリー:現代のイギリス写真における「庭」という主題」
講師:立命館大学先端総合学術研究科 教授 竹中悠美

会場には30名、オンラインでは延べ62名が参加しました。

2026年6月6日の土曜講座では、竹中悠美教授を講師に迎え、「庭園とメランコリー:現代のイギリス写真における『庭』という主題」をテーマにご講演いただきました。

■ 写真集研究と庭というテーマ
写真集(フォトブック)は単なる画像の集まりではなく、編集・レイアウト・装丁・読む時間性などを含めた総合的な表現媒体であることが示されました。欧米では1980年代以降、写真の流通や受容に注目する視点から写真集研究が進展し、「小説と映画の間」に位置するメディアとして評価されてきた点も紹介されました。
続いて、庭というテーマをめぐり、イギリス庭園における「閉じられた庭」と「開かれた庭」という二つの伝統が提示され、庭は人間が自然を取り込み制御する空間であると同時に、外部と内部をつなぐ境界的な場所でもあり、文化的・社会的な意味を帯びた場として捉えられることにも言及がありました。

■ 写真集に見る庭・メランコリー・ケア
講演の中心では、近年のイギリスの写真集3冊が取り上げられました。 パディ・サマーフィールドによる『Mother and Father』では、認知症の母とそれを支える父の生活が庭という閉じた空間の中で記録され、時間の経過とともに失われていくものへの静かなまなざしが示されます。また、複数の写真家が同じ庭を撮影した『Pictures from the Garden』では、その後の時間を引き受ける形で別の視点から記憶と関係性が重ねられていきます。さらに、シアン・デイビーの『The Garden』では、自宅の庭を再生し、地域の人々を招き入れることで、開かれた空間としての庭が示されました。
これらの作品を通じて浮かび上がるのが「メランコリー」という感情です。メランコリーは単なる悲しみではなく、「まだ失われていないものがいずれ失われるという予感」によって生じる感覚とされ、写真というメディア自体がもつ時間性とも深く関わっています。
さらに本講演では、従来「愛」として語られてきた家族や関係性の在り方を、「ケア」という概念から再考する視点も示されました。ケアとは他者の弱さや必要に気づき、それに応答する実践であり、庭はそのような関係が育まれる場として位置づけられます。閉じられた家族の庭から、他者へと開かれていく庭へ――その変化の中に、人と人との関係性や社会とのつながりが見いだされる点が印象的でした。
本講演は、写真集という形式を通じて、庭という場所に重なる時間・記憶・感情の交差を浮き彫りにし、日常的な空間に潜む豊かな意味を考える機会となりました。

参加者からは、
「3つの写真集をつなぐ、再生と、ケアの視点を含んだお話、とても面白かったです。写真・写真集というメディア、そして庭という空間、さまざまな要素から、自分の記憶や経験にも引きつけて考えるきっかけになりました。」「庭をケアの空間としてとらえるという視点が面白かった。」
といった声が寄せられました。


6月6日エッセイ

写真1
写真2