総合心理学部 准教授

若林 宏輔

2005年立命館大学文学部心理学科卒業、2013年同大学大学院文学研究科人文学専攻博士課程修了。立命館大学文学部心理学科助教を経て2016年より現職。

育児休業中に子どもの成長を日々観察できるのは、
心理学者としても貴重な経験です。

#23

学部時代にすすめられたテーマを今も研究

大学を卒業したのは、いわゆる就職氷河期を少し抜けたあたりの時期です。就職活動にあまり積極的になれず、それよりも手に職をつけたい、その一つとして研究者もいいなと考え、大学院に進学しました。
「研究する」という行為にあこがれていただけで、特にやりたいテーマが決まっていたわけではありません。私の研究領域である「法と心理学」は、学部時代、指導教員のサトウタツヤ先生に卒業論文のテーマを相談した時「やってみたら」とすすめられたもので、主体的に決めたものではありませんでした。しかし学部生の時に面白い、これしかないと思ったテーマが、やっていくうちに案外そうでもなかったというのもよくある話です。先生がすすめてくださるのは社会にとって必要なテーマ。よく分からないまま取り組んでいくうち、だんだんその面白さが分かり、社会にも喜ばれるようになりました。だから今も続けられているのだと思います。
博士課程に進むことは最初から決めていましたが、研究者になれるかどうかはまた別の話です。30才を過ぎてこの世界でやっていけないなら潔くあきらめるつもりでした。大学の教員になれたのは運が良かったとしか言いようがありません。博士課程修了後、1年目は研究員、翌年は文学部助教のポストに空きが出て職につくことができ、その後、総合心理学部の開設が決まると、文学部心理学科時代のこともよく知る人材として採用されることになりました。私の努力というより、縁がつながった結果だと感じています。

冤罪を防ぐための研究を通して法学者とも連携

私の研究テーマ「法と心理学」は、心理学の知見を司法の世界で活かすものです。刑事裁判では冤罪事件が起こることがあります。そのほとんどが、捜査機関の取り調べや尋問によって、本当は無実なのに「私がやりました」と言ってしまう「虚偽自白」によるもの。これがなぜ起こるかを心理学で明らかにするのが私の研究の一つです。
心理学は、人の思考・判断・行動を科学的に調査する学問。ある条件のもとでどのくらいの人が特定の判断や行動をとるのかを調査する技術があります。虚偽自白の多くは、長期間に渡り拘束される取調べを逃れる方法として、一旦自白して裁判で否認すればいいという判断に追い込まれた結果であることが多い。こういった虚偽自白が生じる状況や、その結果として得られた自白を裁判員がどのように評価するかを、心理学の技術を用いて定量的に調査しています。またその結果を、司法の専門家に提供することによって、より良い仕組みづくりに役立てられます。まったく未知の分野の先生方と一緒に仕事をしたり、法学系の雑誌に論文が掲載されたりするようになったのも、サトウ先生にすすめられたテーマで研究を続けてきたからです。

大学の良さは、新しい仕組み・文化を進んで取り入れる風土があること

現在、半年間の育児休業を取得中です。初めての子どもが昨年6月に生まれました。妻も研究者で、30歳。現代の研究者のキャリアとして、30歳前後はとても重要な時期です。夫婦で話し合い、共通の師であるサトウ先生のサポートもあって、私が育児休業をとり、妻は産後休暇明けに仕事へ復帰することになりました。大学内で男性教員の育児休業取得は初めてだそうです。それは取得してから知りました。
今は朝から晩まで生後8ヵ月の子どもと過ごしています。朝ごはんを作って、一緒に遊んで、1時間は外でも遊ばせて、昼寝させて…楽しくやっています。子どもの日々の成長を間近で見られるのは親として嬉しいことであると同時に、心理学者としても貴重な経験だと感じます。「進化論」で有名なダーウィンは、自分の子どもの乳児期の観察記録をまとめた論文を雑誌『Mind』に寄稿し発達心理学にも影響を与えました。今は観察記録の蓄積だけで、研究には結びつけられてはいませんが、復職して研究に戻った時には何か着想が得られるかもしれません。研究レベルではないにしても、日進月歩の子供の発達には様々な気づきがあり、これまでの心理学的知識と結びつけながら色々と考える楽しい日々です。
育児休業をとっている間に、知人男性から「職場で白い目で見られたりしない?」というようなことを聞かれることが度々ありました。私は想像力が乏しいのか、そんな不安はありませんでしたし、実際、職場ではあたたかく理解いただいていると感じます。ただ、育児休業は大学内の制度なので、研究者として関わる学会の運営や論文の〆切には関係がありません。よって週に1度は研究室に行く日を決めて、その時にまとめて仕事をしています。
大学の良さは、こうした新しい制度をいち早く取り入れ、実際に進める風土があるところだと思います。今後は、教員に限らず男性の育児休業取得も当たり前のことになっていくでしょう。大学で制度や実践が拡充していけば、モデルケースとして、いずれは社会にも波及するかもしれません。また家庭ごとの選択があるものなので、男性がみんな育児休業をとるべきだとは言いませんが、ただし育休をとる選択をした人がいた時に、とれる柔軟な仕組み作りが必要だと思います。