• [+R な人] 共生・循環型社会基盤に立脚した環境・食料生産システムを研究/久保 幹教授

  • 2010年4月30日更新

食糧生産を劇的に変える微生物 1粒1万円のイチゴ?!

久保 幹教授(生命科学部)
共生・循環型社会基盤に立脚した環境・食料生産システムを研究

日本における食糧自給率は、いまや40%を下回るといわれています。その上、化学肥料の大部分を外国からの輸入に頼っている現状を考えれば、実際に自国の農業がまかなえる比率は、もっと低いと言わざるをえません。さらに近年は世界的な化学肥料需要の増加に伴って化学肥料の価格が高騰し、農業生産への負担を重くしています。

一方では、長年にわたる化学肥料の連用、過剰使用によって、農地土壌の生産力の低下や環境汚染といった問題が顕在化しています。また“食の安全・安心"に対する意識の高まりからも、化学肥料に依存した現在の食料生産のあり方に懐疑的な視線が向けられるようになってきました。

こうした現状を打開し、食糧自給率の大幅な向上に寄与するべく、私たちが目指しているのは、化学肥料に依存しない、真に安全で安心な食料生産を実現し、それを「儲かるビジネス」にまで発展させていくこと。着目しているのは、微生物による物質循環です。

自然の循環では、落ち葉や動物の糞尿といった有機物を土中の微生物が分解(無機化)し、それを肥料として植物が育ちます。しかし化学肥料によって微生物が死滅した土壌でいきなり有機農法を行っても、うまくいきません。重要なのは、農地土壌を改善し、土壌生物や土壌細菌による物質循環が可能な状態にコントロールすることなのです。そのためにはまず、土壌環境を正確に把握する手法が求められます。そこで私たちが開発したのが、土壌中の総細菌数、およびそれらの細菌に起因する窒素循環活性に基づいて、農地土壌を診断する技術です。

まず自然環境中のeDNA(細菌由来DNA)を抽出、解析することによって、土壌中に存在する総細菌数を短時間で、簡便かつ高精度に把握できるeDNA解析方法を構築しました。一方で農地土壌の窒素、リン酸の循環系における律速物質を推定することにも成功しました。窒素循環過程では、アンモニア窒素が亜硝酸窒素に変換され、さらに硝酸窒素に変換されます。複数の土壌中の各物質の含有量を測定した結果、アンモニア窒素から亜硝酸窒素への変換が律速段階(注1)であることを突き止めました。以上から、土壌中の総細菌数と窒素循環活性を指標とし、土壌を定量的に評価・診断できるようになりました。

イチゴ
ハチとテントウムシ

本プロジェクトが始動して約1年になりますが、成果の一つが、先に述べた農地診断技術をもとに、農地の循環活性の改善に踏み出したことです。その際の重要な課題の一つが、容易に分解(無機化)され、物質循環に寄与する理想的な堆肥を開発することでした。有機肥料はこれまで経験的に施肥されておりますが、現状では、化学分析によって肥料成分を解析するに留まっています。私たちは、馬ふん、牛ふん、鶏ふん、バーク堆肥(注2)など数種類の堆肥の成分を解析し、窒素循環活性にかかわる窒素、リン酸、カリウムの含有量、および総微生物数を測定しました。加えて施肥後、農地診断技術によって土壌環境を明らかにすれば、各農地に適した成分の配合比率を導き出すことが可能になります。

これを実現するために2009年11月、研究棟に約50m2の試験工場を設置し、実験栽培を開始しました。室内では、温度を昼間は20℃、夜間は10℃、湿度を70%に設定し、授粉用にマルハナバチを、また害虫駆除用にテントウムシを放し飼いにしています。ここに多様な土壌環境を設定して窒素やリンを豊富に含む馬ふん堆肥を施用し、イチゴの生育状況を調べています。栽培には、別の研究で実効性を証明したバイオマス由来の植物成長資材であるペプチド(注3)も活用しています。

今後は、最適な農地土壌および堆肥の配合比率を見出すとともに、化学肥料を使わずに生産効率を上げるモデルの確立を目指します。誰もが容易に利用でき、かつそれを利用することによって収入の増加につながり、しかも安全・安心な農作物を生産できる。そんな農地精密診断に立脚した高収益食料生産システムを提示したいと考えています。

さらにもう一つの目標は、農地、堆肥、それに加えて収獲された農作物の品質評価システムを確立し、公認の認証規格をつくることです。すでに農林水産省が「有機農作物等に係る検査認証制度(有機JAS規格)」を定めていますが、この規格は生産者や消費者に真にメリットをもたらす認証としては機能していないのが実情です。規格が農地の有機性の認証に限られており、生産量・生産効率や、収穫された農作物の安全性の保証までを含んでいないためです。私たちはこうした課題を克服する認証規格の制定を目指します。今後、農産物の品質評価を確立するため、農地環境が植物体に影響を及ぼす項目の厳選を開始します。環境影響に最も厳しいといわれるEUの基準をもとに、必要に応じて分析項目を追加していくつもりです。

(注1) 律速段階 … 化学反応がいくつかの段階を経て進むとき、そのうちで変化速度が最も遅い反応段階。この反応速度で全体の反応速度が支配される。
(注2) バーク堆肥 … コルク化した樹皮(bark)を材料にした堆肥。吸湿性や通気性にすぐれる。
(注3) ペプチド … アミノ酸が 2個から数10個程度つながったもの。

[参考文献]
1 Evaluation of soil bacterial biomass by environmental DNA. Appl. Microbiol. Biotechnol, 71, 875-880(2006) 2 Effect on epidermal cell of soybean protein-degraded products and structural determination of the root hair promoting peptide. Appl. Microbiol. Biotechnol, 77, 37-43(2007)3 新規土壌診断方法(特願2009-068788)

link 久保研究室ホームページ

このページに関するご意見・お問い合わせは 立命館大学広報課 Tel (075)813-8146 Fax (075) 813-8147 Mail koho-a@st.ritsumei.ac.jp

ページの先頭へ