「活力ある地域社会の形成」に関する研究プロジェクト について

Posted on 2020.09.11

 加藤雅俊先生(産業社会学部准教授)が立ち上げられた「活力ある地域社会の形成」というプロジェクトに関しまして、ご報告いただきました。




「活力ある地域社会の形成」に関する研究プロジェクトについて
-諫早市および雲仙市におけるアンケート調査を中心に-

 

加藤雅俊(産業社会学部教員)

 

 人口減少社会の到来、都市部への人口集中、格差・貧困の拡大、自然環境や社会的インフラストラクチャーの維持・保全など、様々な社会課題に直面する現代社会において、「地域」や「地方」の重要性にあらためて注目が集まっています。それは、「地方分権」、「地域再生」、「地方創生」など、「地域」や「地方」に言及した政治的スローガンが近年広く流布していることにも明らかです。

 「地域」や「地方」への注目を受けて、これまで「地域社会の活性化」に向けて、中央政府・自治体・住民の各レベルにおいて、様々な試みがなされてきました。ここで重要な点は、そのすべてが成功してきたわけではないことにあります(例えば、内閣府が2017年に発表した「地方創生事例集」では、88の事例が成功例として紹介されていますが、その裏で十分な成果が上がらず言及されなかった事例が数多く存在することは、容易に想像できます)。それでは、「地域社会の活性化」の成功と失敗を分ける要因や条件は何なのでしょうか?研究者やジャーナリストによる事例分析は、以下のことを示しています。例えば、「地域社会の活性化」がうまくいくためには、ⅰ地域資源の発見と活用や、ⅱ地域住民の主体的な取り組みと行政による適切な支援の有機的連関などが重要とされてきました。その一方で、「地域社会の活性化」が困難となる条件や要因として、ⅲ地域アイデンティティ(地域への愛着心)の揺らぎや、ⅳ地域社会における分断・対立の存在などが示唆されてきました。これらの先行研究の知見は、個別事例の分析・考察という点では非常に有益ですが、体系的・総合的な観点からの分析・考察ではない点、困難を抱える地域における活性化の可能性に関する検討が不足している点、そして何より、現実社会における「地域社会の活性化」に資する具体的な知見を提供できていない点で、課題が残されていました。

 これらの先行研究の課題をふまえて、私(加藤雅俊)は、困難を抱える地域における活性化の課題と展望に関して、多様な方法(歴史分析・資料分析、聞き取り調査、アンケート調査など)を用いて調査し、その成果を学際的・理論的(政治学・社会学・法学など)に分析することで、学術的な貢献をなすだけでなく、地域の具体的な実情に即した提案をなすことを目的とした「活力ある地域社会の形成」という研究プロジェクトを立ち上げ、共同研究を進めてきました。

 

 今回、共同研究者と協力のもと、この研究プロジェクトの一環として、複数の民間財団からの研究助成金、科学研究費補助金、立命館大学からの研究助成金などを活用*して、諫早市1,600名および雲仙市500名の合計2,100名の住民を対象としたアンケート調査(「活力ある地域社会の形成」に関する調査)を実施することにしました。現在の諫早市と雲仙市は、2005年の「平成の大合併」により誕生した自治体であり、それぞれ複数の自治体が合併することで(諫早市が15町の合併、雲仙市が7町の合併)、今の形態となりました。また、両市は、国営諫早湾干拓事業(1989年着工、2007年完成)を経験しており、その過程で激しい分断・対立に直面してきました。言い換えれば、両市は、「地域アイデンティティの揺らぎ」や「地域社会における分断・対立」といった先行研究が示唆する「地域社会の活性化が困難となる要因や条件」を抱えている事例といえます。

 この地域における地域社会の現状については、「諫早湾干拓紛争」という点に注目し、その直接的利害関係者(潮受堤防の開門賛成派と開門反対派)への取材や聞き取り調査を通じて、分断・対立の一端が明らかにされてきました。これらの先行研究は、「諫早湾干拓紛争」に関する直接的利害関係者の見解を明らかにする点で大きな意義がある一方で、諫早湾干拓事業と直接的な利害関係を有しない、いわゆる一般住民の人びとが地域社会の現状について何を感じているかを軽視している点で、課題が残されていました。また、「市町村合併」という地域社会に大きな影響を与えた要因を軽視している点、そして分断・対立を克服していくための方途に関する考察を欠いている点でも、問題が残されていました。

 そこで、今回のアンケート調査では、先行研究では十分に検討されてこなかった点を明らかにすることに加え、分断・対立を越えた地域社会を構想する際のヒントを探りたいと考えています。アンケート調査では、①市政とまちづくり、②歴史と自然環境、③市町村合併の影響、④諫早湾干拓事業とその影響、⑤諫早湾干拓事業をめぐる裁判、という五項目(合計37問)について質問をしています。これらを通じて、諫早市・雲仙市に住む人びとが持つ「市町村合併や大規模公共事業の影響に関する認識」と、「地域資源や郷土に関する思い」を明らかにした上で、地域社会が抱える諸課題を乗り越えていく際の手がかりや道すじを明らかにしたいと考えています。また、このアンケート調査に並行して、一次資料の歴史分析や、政策担当者や様々な利害関係者への聞き取り調査も深めていく予定です(それぞれについて着手済みです)。

 そして、最終的には、アンケート調査、歴史分析、聞き取り調査の成果を総合し、学際的・理論的な観点から分析を加えることで、諫早市・雲仙市における「地域社会の活性化」に向けた具体的な手がかりと道すじを明らかにするだけでなく、その他の「地域」や「地方」にも応用可能な知見を析出したいと考えています。

 

 諫早市・雲仙市におけるアンケート調査の実施にあたって、202093日(木)の13時より、長崎県庁において記者会見を行いました。4日(金)の朝刊(長崎県版)において、長崎新聞、西日本新聞、朝日新聞の各社が記事を掲載してくれました。当該地域において、今回の調査が社会的に意義のあるものとして受け取られていることを示しているといえます。この度、各社のご厚意により、このブログへの記事の転載が認められました。この場を借りて、各社にあらためてお礼申し上げます。

 

 また、アンケート調査を有益なものにするためには、多くの回答を得ることが不可欠です。アンケート調査の対象者となった皆さまには、あらためてご協力をお願い申し上げます。なお、アンケート調査は無記名であり、お答えいただいた内容は「○○○という回答が何パーセント」という形でまとめますので、ご回答いただいた方のお名前が出ることは一切ありません。対象者の皆さまの個人情報は厳重に管理し、調査終了後に、裁断により確実に処分いたします。安心してご回答ください。

 

 今回のアンケート調査は、市町村合併や諫早湾干拓事業に関して、特定の立場に与するものではありません。諫早市・雲仙市における「活力ある地域社会の形成」の手がかりと道すじを探ることを目的とした未来志向の学術的調査です。今回の調査が、諫早市・雲仙市に住む人びとにとって、地域が抱える諸課題を、自分のこととして考える機会・きっかけとなってくれたらと、切に願っています。

 

 なお、今回のアンケート調査および研究プロジェクトに関するご質問・お問い合わせについては、r-com@gst.ritsumei.ac.jp(@マークを半角にしてご利用下さい)までご連絡ください。調査結果については、今冬以降に、諫早市・雲仙市において報告会を開催することに加え、マスコミやインターネットを通じて、発信していきたいと考えています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

文責:産業社会学部 准教授 加藤雅俊

 

*本アンケート調査の実施にあたって、「独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(若手研究B:17K13682、基盤研究A:19H00571)」、「公益財団法人 カシオ科学振興財団」、「公益財団法人 クリタ水・環境科学振興財団」、「公益財団法人 日本生命財団」、「学校法人 立命館 研究推進プログラム」から研究助成を受けました。この場を借りて、上記の諸機関にあらためてお礼申し上げます。

 なお、質問票・依頼文の作成にあたっては、産業社会学部の金澤悠介先生と中井美樹先生から貴重なご助言をいただきました。心よりお礼申し上げます。


20200904nagasaki
※長崎新聞 長崎県版 202094日(金)22

20200904nishinihon
※西日本新聞 長崎県版 202094日(金)18

20200904asahi

※朝日新聞 長崎県版 202094日(金)23

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