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西林 孝浩 先生(文学部)

 


【展覧会図録について】

展覧会図録(展覧会カタログ)という書物は、あんまり、書店などでは見かけない(古書店なら扱っているところもある)。美術館や博物館での展覧会に合わせて作成されるものなので、その展覧会場で販売されるのがキホン。しかも発行部数が多いわけではなく、品切れになることもしばしばだ。しかし、その中身というのは、展覧会の企画者である美術館・博物館の学芸員の研究発表の場でもあり、さまざまな部分拡大を含む貴重な図版集という性格のみならず、最先端の知見を盛り込んだ重要な研究書でもある。また、展示テーマによって、作品が構成されるので、共通した視点から作品を比較できる面白さもあり、芸術を考える基本資料ともなるわけだ。ここでは、現在、開催中のものを含め、関西で開催された(もしくは関西に巡回してきた)展覧会図録を幾つか紹介しよう。

(展覧会図録)『貴婦人と一角獣展 : フランス国立クリュニー中世美術館所蔵』
国立新美術館, NHK, NHKプロモーション編集 ; 泉美知子 [ほか] 翻訳 (NHK : NHKプロモーション、c2013)

この10月まで、大阪中之島の国立国際美術館で開催されていた展覧会の図録。いろんなメディアで紹介されていたので(『芸術新潮』2013年5月号でも特集が組まれた)、展覧会をご覧になった方は多いかも。ずばりタイトルとなっている1500年頃に制作された『貴婦人と一角獣』の6枚のタピストリー(綴れ織りの壁掛け)をメインにした展覧会。展示作品はそれほど多くないが、その分、図録では、作品の拡大図版が、「これでもかっ!」というくらい惜しげもなく掲載されている。芸術について考える場合、まず実物を鑑賞することが重要なのは、言うまでもないが、こうした拡大図版を通して得られる情報も多いことに気づかされる。一角獣の比較作例が列挙されている点(図録では展示作品のみならず、関連作例の図版も追加掲載される)も、中世ヨーロッパの人々が、一角獣という「図像」をどう認識していたのかについて、知る手がかりとなるだろう。
また、この図録13頁でも触れられているように、『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』(福井晴敏の原作小説は全8話・10巻。角川書店、2007-2009年。サンライズ制作によるアニメーションは全7話の予定で、現在、第6話まで公開)において、このタピストリーが、宇宙世紀の時代まで伝来していたという設定で登場し、主人公バナージ・リンクスが偶然(ブライト艦長によれば、「それはいつも必然」)に搭乗することになるアナハイム・エレクトロニクス社製MS(モビルスーツ)RX-0ユニコーンガンダムの名称および当該MSユニコーンモード時の頭部デザインの由来ともなっている。美術作品が、他の芸術作品の重要なモティーフとして扱われる事例は『フランダースの犬』をはじめとして、『ダ・ヴィンチ・コード』や、細田守監督による『時をかける少女』、張揚監督による『胡同(フートン)のひまわり』などなど、枚挙に暇ないけれど、この『ガンダムUC』の場合は、タピストリーにあらわされる一角獣(ユニコーン)のみならず、様々な造形要素や意味(例えば「箱」「ライオン」"Mon seul désir"(我が唯一の望み))が、宇宙世紀の世界へ、巧みにパラフレーズされつつ、物語が構築されている(「ラプラスの箱」「MSバンシィ」「(バナージの台詞)私のたった一つの願い」)。こうした芸術作品の広がりを感じる(『ガンダムUC』を楽しむ?)きっかけとしても、面白い図録。

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(展覧会図録)『竹内栖鳳展 : 近代日本画の巨人』
竹内栖鳳 [画] ; 東京国立近代美術館, 京都市美術館, 日本経済新聞社文化事業部, NHK, NHKプロモーション編集 (日本経済新聞社 : NHK : NHKプロモーション、c2013)

12月1日まで京都市美術館で開催された展覧会の図録。竹内栖鳳(たけうち せいほう 1864~1942年)は、明治~昭和初期に京都画壇で活躍した画家。明治以降、日本画/西洋画という区分が登場するが、竹内栖鳳のような著名な日本画家であっても、純粋に伝統を継承しつづけたわけではない。四条派に入門し、『鳥獣人物戯画』や、雪舟、相阿弥の作品、そして江戸時代における各流派といった「古典」の模写や再現といった修業を積んだ後、パリへの渡航などで西洋絵画に触れることで、西洋絵画としての風景表現や、動物の写実性などを、「日本画」表現に融合させつつ、画風の幅を広げていった様相が、作品によって丁寧に跡づけられている。また、ローマの遺跡の絵はがき、動物の写真、そして下絵など、絵画制作に関連する資料が、作品に対応させて紹介されており、直接に実物を見て写し取る、或いは、ただイマジネーションに身を任せて…というように、とかく単純に思いこんでしまいがちな「芸術」制作だが、様々な技術やメディアが発達してゆく近代という場において、画家はそれらをどう咀嚼しながら制作に取り組んでいたのかを知る上でも、面白い構成となっている。
ちなみに竹内栖鳳の風景表現には、イギリスの風景画家ターナー(1775~1851年)の作品が影響を与えたことも指摘されている。そのターナーの展覧会が、2014年1月11日~4月6日まで神戸市博物館で開催予定だ(2013年12月18日までは東京都美術館で開催)。

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(展覧会図録)『木島櫻谷 : 京都日本画の俊英 : 特別展』
泉屋博古館編 (泉屋博古館、2013年)

12月15日まで、京都の泉屋博古館で開催中の展覧会(東京の泉屋博古館分館では、2014年1月11日から2月16日まで開催予定)の図録。木島櫻谷(このしま おうこく 1877~1938年)もまた、明治から昭和初期に京都画壇で活躍した画家。衣笠キャンパスすぐ近く(馬代通り)に、大正期に建てられた彼の画室および邸宅が保存されており、現在、公開中(12月15日までの金・土・日・祝日のみ→衣笠図書館にもポスターが貼られています!)。この展覧会図録では、彼の画業のみならず、この邸宅についても詳しく紹介され、画室における採光(自然光をうまく室内に導くことが、芸術制作の場には重要であった)といった画家の制作現場を知る上でも、貴重な資料となっている。また明治末年、この近辺に、画家たちが次々と移り住み、当地が「衣笠絵描き村」とも称されたことなどは、この時期の衣笠地域の歴史を知るヒントにもなるだろう。展覧会の見所としては、全てを紹介しきれるものではないが、ここでは『寒月』(1912年、図録作品No.11)をあげておこう。屏風という屈曲する媒体をうまく生かしつつ、鑑賞者自身が、雪上の竹林に迷い込んだと錯覚するかのような構図上の工夫がある。「日本画」と言えば、フラットな印象しか持てないという人に、是非、実物の鑑賞をすすめる(但し、展覧会では作品の展示替えがあるので注意してね)。

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(展覧会図録)『高橋由一 : 近代洋画の開拓者』
古田亮 [ほか] 編 (読売新聞社 : NHK : NHKプロモーション)

2012年に京都国立近代美術館などで開催された展覧会の図録。高橋由一(たかはし ゆいち 1828~1894年)は、作品『鮭』などが、教科書にも登場するので、見たこと、聞いたことのある人は多いかも知れない。幕末~明治前半にかけて活躍し、日本における西洋絵画(油彩画)の創始者とされる高橋だが、実は渡欧の経験はなく、日本に滞在していたイギリスの報道画家チャールズ・ワーグマンや、工部美術学校のお雇い教師として来日していたイタリアの画家アントニオ・フォンタネージなどから、西洋絵画の技法を学んだ。図録の第2~4章にまとめられた通り、人物画、歴史画、風景画、静物画といった西洋絵画の各ジャンル(これらは、ヨーロッパにおいて16~17世紀に出揃う)を、ほぼ満遍なく身につけていたことが、理解できるだろう。かの有名な『鮭』も実は複数バージョンあったこともわかる(図録作品No.101~103)。先述のジャンル分類に鑑みれば、『鮭』は、一応、静物画に含めることは可能だが、図録冒頭の解説や、第1章の作品に見られるように、実は、若き日の高橋は、油彩画を学ぶ以前に、日本の伝統的な画具と技法を用いた博物画によって、多くの魚を緻密に描いていたことが、近年、注目されるようになった。また、図録10頁や213頁にも言及されるように、高橋は、浮世絵の構図なども意識しつつ、風景画にとりくんでいたことも、近年、明らかにされた。博物画や浮世絵の透視遠近図法のテクニックについては、江戸時代における西洋絵画技法の流入も想定しておく必要はあるにせよ、「リアルな『鮭』の絵は、明治期の油彩画技法の学習によって、初めて可能となった」というような単純な言説は、もはや、通用しなくなったわけだ。油彩画だから、全て近代における西洋の影響なのだと単純には片付けられない点は、先述した、竹内栖鳳についての、日本画/西洋画と完全に切り分けて考えることの危険性と一脈通じるものがある。そうした近年の研究成果も十分に盛り込まれた図録。

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(展覧会図録)『聖地寧波 (ニンポー) : 日本仏教1300年の源流 : すべてはここからやって来た』
奈良国立博物館編 (奈良国立博物館、2009年)

私の専門分野の1つである仏教美術史からも1点紹介しておく。少し前、2009年の展覧会図録。上海からやや南下した位置にあり、浙江省の港湾都市である寧波は、古くから水上交通の要衝として知られる。「すべてはここからやってきた」とはいささか大げさなサブタイトルだけれども、平安時代に天台宗を開いた最澄も、遣唐使で渡った際のスタート地点がここだったし、真言宗を開いた空海が帰国の途につく際には、ここから出航したこと、また、日宋貿易や日明貿易の船の発着場ともなっていたこと等に鑑みれば、案外、言い当てているかも。しかも、京都の清凉寺や大徳寺といった著名な寺院には、寧波およびその周辺地域と縁の深い仏像や仏画が、現在に至るまで伝えられていることを知れば、なおさらだ。正真正銘のお釈迦さんの像として、平安時代以来、信仰を集めた清凉寺の釈迦如来像(図録作品No.23。寧波の南、台州にて985年に制作。翌年に日本へ将来)の拡大写真も美しい。他にも、日本各地にも模造が点在し、インドのアショーカ王の造塔事業になぞらえられた仏塔のミニチュアである阿育王塔(図録作品No.27。10世紀。この頃、寧波および周辺を支配した呉越国での制作)など見所は多い。第5章にまとめられた大徳寺の五百羅漢図(12世紀後半、寧波の寺院に奉納)は、ただ羅漢を描くのみならず、お灸、ひげ剃りや耳掃除、洗濯、茶の作法、食事、絵画の鑑賞など、当時の中国の風俗が伺い知られる点も面白い。大徳寺の五百羅漢図は、いつ日本に渡ってきたのか、まだよくわかっていないけれど、図録に掲載されるこうした豊富な中国美術の日本への伝来という事実から、平安時代半ば以降の「国風文化」や、武士達の好みによって、鎌倉時代の仏像は写実的で猛々しいといった、日本内部の要因によって、わりとテキトーに説明されてしまいがちな、日本美術や日本の「美」意識のとらえ方についても、もっと多元的に考えるべきだという重要な提言をした展覧会図録。

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【日本のマンガと、近代以前の「日本美術」との連続/不連続について考える】

日本のマンガを説明する際、平安時代の絵巻物である『鳥獣人物戯画』を取り上げて、「これぞ、マンガの原点!」と説明されることがよくある。明治時代になって登場するマンガは、それ以前の日本美術からの延長線上に存在するのか? それとも、近代という西洋文化の大規模な流入があったからこそ、登場したものなのか? 「マンガ」の全貌を捉えるには、当時の社会状況や制度なども視野に入れて、様々な角度からの検証が必要だが、ここでは特に「マンガ」という表現の形成について、考えるきっかけとなる文献をあげてみた。

『美術フォーラム21』第24号(特集:漫画とマンガ、そして芸術)
ジャクリーヌ・ベルント編集、醍醐書房、2011年

マンガという分野を、とくにその表現のされ方について、ガチで勝負した「論文」を読んでみたいという人にお薦めする。上記テーマ文で触れたような、『鳥獣人物戯画』→マンガといった言説について、論文の執筆者達は、意識しつつも、一定の距離をおきつつ、慎重に議論を行っていることに気付くだろう。また、そうした慎重な立場であるなら、当然ではあるが、伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』(NTT出版、2005年)を持ち出すまでもなく、手塚治虫を、マンガの元祖として「神格化」してはいない。マンガ表現の、過去の芸術との連続/不連続、そして、映像などマンガ発展と同時代の芸術との連続/不連続など、マンガを浮かび上がらせる様々なヒントが盛り込まれた1冊。最初の【展覧会図録】テーマで触れた、近代における絵画を、日本画/西洋画の、どちらかに偏って考えすぎると、生産的な議論にならないという見方と同様に、「マンガ」表現の形成も、日本美術の伝統/近代の西洋影響のどちらかだけに執着してしまうと、展望が開けないというのが、よくわかるだろう。

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『奇想の江戸挿絵』(集英社新書 ; ヴィジュアル版 ; 008V)
辻惟雄著 (集英社、2008年)

著者は、日本の近世絵画を専門とされる研究者(近年、著作集の刊行が始まった。『辻惟雄集』岩波書店、2013年~)。本書では、江戸時代の黄表紙(きびょうし)とマンガ表現との関連性・連続性を積極的に指摘する。黄表紙の絵画表現については、文献6の中でも取り上げられているが、それが、後のマンガに直接、影響するかどうかはひとまず措くとしても、黄表紙の中に、フキダシ的な表現があったり、コマ割り的な分割方法が見られるといった指摘などは、江戸時代における視覚表現、およびその理解のされ方が、どこまで展開していたのかを知る上で重要なものと言える。巨大な表現で恐怖感をあおる描写を、例えば、『進撃の巨人』の視覚表現と比べてみるのも面白いかも。見開き頁で掲載された図版も楽しく、江戸挿絵の入門書としても良い。

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『絵を用い、絵を創る : 日本絵画における先行図様の利用』
馬渕美帆著 (ブリュッケ、2011年)

『鳥獣人物戯画』→マンガという図式だが、そもそも、近代において、「マンガ」なるものが、登場してくるとき、『鳥獣人物戯画』のような絵を再現することが、今のように、ネットや図書館で、いくらでも画像や美術写真集が溢れているとは言えない状況で、果たしてどこまで可能だったのかという素朴な疑問が浮かぶ。この本は、マンガやその他、明治以降の美術に触れているわけではないが、16世紀~江戸時代にかけて、それ以前に制作された絵画や、すでに「古典」となっていた平安時代の絵巻物などについて、どのように学習され、それが同時代の絵画に、どのように再現されていたのかを、具体的に指摘した研究として重要。古典学習とその再現は、西洋絵画においても多く指摘されるところだけれど、日本の絵画でも大いに実践されていたわけだ。この中では、かの『鳥獣人物戯画』も、江戸時代に狩野派などにおいて、模写が行われていたことにも言及されている。近世における、今で言う絵画データベース(アーカイヴ化)の実態もうかがい知られ、面白い。

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『絵巻の図像学 : 「絵そらごと」の表現と発想』
山本陽子著 (勉誠出版、2012年)

文献8でも言及した、江戸時代における「古典」絵画の再現が、この本でも言及される。江戸時代の画家たちにとって、古い時代の絵画作品は、かなり積極的に学習されていたことを踏まえるならば、マンガと『鳥獣人物戯画』を単純に結びつけるよりは、こうした江戸時代における絵画実践のあり方を、しっかり確認することの方が、マンガ表現の形成を考える上で、意義深いはず。第3部では、マンガと絵巻物や日本絵画と比較分析した論文も収録される(うち1本は、文献6と重複する)。

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【仏教美術、中国美術について】

2014年の関西は、京都国立博物館の「南山城の古寺巡礼」(4月22日~6月15日)、奈良国立博物館の「武家のみやこ 鎌倉の仏像」(4月5日~6月1日)、「醍醐寺のすべて」(7月19日~9月15日)、あべのハルカス美術館の「東大寺」展(3月22日~5月18日)、大阪市立美術館の「山の神仏」(4月8日~6月1日)など、仏教美術の展覧会が目白押し! 仏像好きにはたまらない、楽しみな1年になりそうだ。ここでは、仏教美術に関する文献を2点と、中国美術に関する文献を1点紹介する。

『見仏記』(角川文庫 ; 10389, 10915, 11599, 14084, 17064, い28-2~6)
いとうせいこう [著] ; みうらじゅん [画] (角川書店、1997年-)

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『見仏記』
いとうせいこう, みうらじゅん著 (角川書店、2011年)

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仏像は、純粋な美術品としてではなく、まず第一目的には、信仰の対象として造られたはずだ。しかし、そこに、造形(頭や手がたくさんあるといった単純な話ではなく、フォルム、作風)としての魅力も充分に盛り込まれていることを、意外にも語ってくれている本。仏教美術についての解説をした本ではないし、各仏像の芸術的意義に限定して解説するような本でもない。当然、専門用語が出てくるわけではない。しかし、専門的な教科書では、敢えて薄められてしまいがちな形としての面白さを(ちょっと偏った見方はあるにせよ)語ってくれている。仏像を見る面白さが、読んでいて伝わってくるし、思わずお寺や博物館に出かけてしまう気にさせる。「マイブーム」を流行語にした、みうらじゅんのイラストも楽しい。もし興味を持たれたなら、続編の2~6巻へ、もしくは次の文献11へと進まれるのも良いだろう。


『別冊太陽』3月号(仏像:日本仏像史講義)平凡社、2013年

日本では飛鳥時代以降、数多くの仏像彫刻が制作されたが、それらをできるだけ網羅して、美しい写真を掲載し、なおかつ、1冊にまとめてくれたものはないか? という贅沢な悩みを叶えてくれた本。近年、新しく撮影し直された写真も含まれ、写真集としての見応えも充分。本文で解説される美術史学的な知識を踏まえて、見仏すれば、より楽しみも増そうというもの。

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『「歴代名画記」 : 「気」の芸術論』(書物誕生 : あたらしい古典入門 / 内山勝利, 丘山新, 杉山正明編)
宇佐美文理著 (岩波書店、2010年)

「中国絵画について、「水墨のぼんやりした世界だ」とか、何も描かない箇所を指して、「余白の美だ」とか、テキトーに説明されることがある。しかし、実は、中国絵画というものは、中国の人々にとって、自分たちの世界はどのように成り立っており、自分たちはその世界をどう捉え、そしてその世界をどう表現するか、という極めて哲学的な問いかけを踏まえて、実践されていたんだと気づかされる本。
ここで扱われる『歴代名画記』は、9世紀の中国で張彦遠によって書かれたもので、9世紀までの絵画の歴史や、絵画理論、また当時(唐)の都である、長安の寺院が、どれだけ壁画で彩られていたか等もうかがい知られる貴重な文献だ。この本の現代日本語訳は、長廣敏雄訳注『歴代名画記1・2』(東洋文庫305・311、1977年)などでも読むことが出来る。その『歴代名画記』を読むとき、また実際に中国絵画を鑑賞するとき、今の我々には、通常、全く意識されない、しかし、近代以前の中国では(場合によっては日本でも)、当たり前のように意識されていた「気」というものを、知っておかないと、うまく理解できない。単なる『歴代名画記』紹介ではなく、近代以前の中国絵画の基底となる「気」について、丁寧に解説している。この「気」の理論は、中国美術全般に関わる問題のみならず、前近代の中国の人々が世界をどう捉えていたかという大きな問題にも関わるのだ。

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