フィロソフィーで変わるJALと教育:金井文宏客員教授

稲盛研・研究者インタビュー#1


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「稲盛研・研究者インタビュー」企画は、稲盛経営哲学研究センター(稲盛研)で研究員をされている先生方に、自身の研究内容や、稲盛経営哲学との関わり、「利他」について語っていただくインタビュー企画です。立命館大学の学生が記者となって、「利他」と研究のつながりを探ります。第1回目となる今回は、立命館大学稲盛経営哲学研究センターの金井文宏客員教授にインタビューを行い、金井先生の「JALのフィロソフィー教育」についての研究などについて伺います。

(取材日:2020年10月20日/吉武莞・一瀬優菜)

JALのフィロソフィーを紐解く

金井先生が稲盛研でされている研究プロジェクトはどのようなものですか?


研究分野と教育分野の両方を行っています。

まず研究分野では、JALの改革においてフィロソフィー教育がどういう役割を果たしたか、定性的分析を行いました。

エスノグラフィーという、文化人類学や社会学において使用される調査手法を、企業経営に適用して調査を進めました。 この調査方法により、参加観察やインタビューなどといった質的なデータを用いて理解することができます。

なぜJALを選定されたのですか?


いわゆる稲盛3兄弟(京セラ、KDDI、JAL)の中で、JALだけは創業当初からではなく途中から稲盛経営哲学を導入しています。そこから見える大きな変化を探るのがリサーチクエスチョンです。中国でも国営企業が多く、稲盛哲学ブームなんです。

教育分野ではどのような研究をされていますか?


教育分野では、立命館の附属校の中高生へ向けて、JALの教育手法や稲盛哲学に関する授業やイベントを行っています。稲盛先生が中高時代に乗り越えた過酷な経験(レジリエンス)をもとに授業を行い、それをアクションリサーチとしています。

危機に立ったJALがフィロソフィーで変わった

研究によって、どのような点が明らかになりましたか?


JALフィロソフィー教育を取り入れることにより、現場が変わった事例があり、8つの現場を紹介していただきました。中間管理職、リーダー、フォロワー協力のもと調査した結果になります。

JALフィロソフィー教育では、教育内容に大きな特徴がありました。

部門内で行う研修は、部門(地上・グランドスタッフ等)を越え、階層を越え、全社の人たちがシャッフルされていました。また、教材は稲盛先生の盛和塾*をもとにしているものが多く、それ以外にJAL若手社員の活動や活躍をフィロソフィーと紐づけて紹介していました。若手社員が「これなら自分もできる!」と思える実践をグループワークで話すことにより、若手社員が自分ごとになりやすくなったり、実践に紐づけていることで他の社員が自分に何ができるかを考えることに繋がったりしました。こうした実践につながる教育と、若手社員が積極的に参加できる社風を作っておられました。

そして中間管理職のみの研修もあり、これは社員の希望をサポートするための教育です。これはサーバント・リーダーシップを取り入れ、中間管理職が若手の実践を後押しできるように設計されています。また、他部門と連携できるようにもなっています。

そのJALフィロソフィの中で最も大事にされていることが「最高のバトンタッチ」です。このような理念型経営やフィロソフィーを行うにあたって、トップが本気でやって見せないといけないと考えておられます。「社員が変われ」ではなく「社長から変わる必要がある」とされています。

今後に向けて、JALフィロソフィーの課題はありますか?


JALのフィロソフィーは、稲盛さんの考え方とJAL独自の考え方が組み合わされたものです。様々な現場での実践を紐づけることで、フィロソフィーが共通言語・共通価値観として浸透してきました。JALフィロソフィー教育を受けているときはモチベーションが上がりますが、現場に戻ると下がってしまうという声も一定数あります。そのためトップは毎月、JALフィロソフィー教育を受け、経営判断はどのフィロソフィーに紐づいているのか検証を行うなどしています。一方で、中間管理職向けにおいてはもう少し強化する必要性があるようにも感じています。

研究面においての課題はありますか?


JALは、フィロソフィー教育とアメーバ経営**の2つの車輪があります。ですが、この両者の関係が明らかに出来ていません。アメーバ経営の観点からもフィロソフィー教育をみること。フィロソフィーだけでなく、アメーバ経営の研究とも絡めていろいろな全貌が見えると考えています。

本研究プロジェクトは最終的にどのように活用していきたいと思われていますか?


まずは一本にまとまった論文を出し、その後、本の出版を考えています。現場と教育部門にインタビューを行った際の膨大なコンテンツがありますので、生の声をストーリーとして、一般の方にも届けるため、書籍化したいと思っています。

また、SDGsも一つのフィロソフィーだと考えます。過去にSDGsを掲げていなかったような企業がSDGsを取り入れることは、JALと同様の変革の仕方ではないかと考えます。壮大な夢ではありますが、今研究しているJALの手法は、SDGsを企業が取り入れる上で、使えるかもしれないと考えています。

これから必要な教育とは

研究内容を学校教育へ活用することについてはどうですか?


立命館高校の授業で、高校2年生くらいになると自身の将来について考え出し、JALの話を自分ごとにできるといったケースがあります。部活や生徒会活動でも使えると感じていただいています。JALフィロソフィーの一つである「渦の中心になれ」という言葉は、若手社員に人気で、多くの共感を呼びます。稲盛さんの青少年期を自分ごとに落とし込むワークショップがあり、それはすでに立命館高校や立命館宇治高校で実施しています。現在は、他の公立高校でも始めています。高校生の多くはしっかりと将来について考えており、どう自分ごとに落とすのか、少しずつ手応えを得てきています。これは探究学習やSDGs教育に取り入れることができると思います。

教育の組織体制において中間管理職はどこに当たりますか?


多くの学校における組織体制は、トップダウン的であり、校長による意思決定が多い印象です。そして、中間管理職は学年主任や教科主任、生徒指導部、教務部にあたります。そして現場には先生がおり、一学年を2、3人で回します。多くの学校の先生は教科報告や学級報告を個人でするケースが多いのが現状です。もっと協働し、お互いオープンにできるプラットフォームができれば、より発展していくのではないと考えています。

企業と学校はどのような違いがあると思われますか?


対象に何を求めるかという点にあると思います。私はもともと高校教員であり、その経験から学校には2つのタイプがあると思います。

一つはスキルアップのための学校です。これは偏差値が上がるなど、顧客となる生徒の成果が目に見えて分かるようにしています。数字で見れるという面で企業と近いです。

もう一つは価値観を育てるための学校です。フィロソフィーを育てるということは目に見えて分かるわけではありませんが、担任の先生の目だからこそ分かるものでもあります。それは文章評価として行われ、また先生自身も道徳的じゃないと見えてこないものでもあります。

学校の価値観、人間性を育てる教育力が必要となるところが企業と最も違うところだと考えます。

日本の入試は基本的に偏差値です。ですが、道徳・品性・リーダーシップなど、点数では評価されない部分もとても大事です。価値観や人間性をどう育てるか、どう評価するかについて、学校教育でもっと研究するべきだと思います。

海外大学への入学には、SAP以外にエッセイや面接があります。どこで、どのような経験をし、どのように成長し、どう変わったのかを問われます。そして大学に対してどのような貢献ができる学生なのかを見ることができます。自己を偽るための自己分析ではなく、自分は何が本当にしたいかを考えるための自己分析が必要です。これは就活のタイミングではなく、高校から大学に進学する前に考えるキャリア教育をするべきではないかと感じます。また日本もそのような教育に変わっていくはずだと思います。

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*盛和塾とは

盛和塾は、1983年に稲盛が京都の若き経営者の方々から「いかに経営をすべきか教えてほしい」と依頼されたことを機に、25名で始まった会です。ここでは、「心を高め、会社業績を伸ばして従業員を幸せにすることが経営者の使命である」とする稲盛の経営哲学を、塾生が熱心に学び続けました。

**アメーバ経営とは

稲盛が京セラを経営するなかで、京セラの経営理念を実現するために創り出した独自の経営管理手法です。 アメーバ経営では、組織をアメーバと呼ぶ小集団に分けます。 各アメーバのリーダーは、それぞれが中心となって自らのアメーバの計画を立て、メンバー全員が知恵を絞り、努力することで、アメーバの目標を達成していきます。

プロフィール

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金井 文宏 氏

立命館大学稲盛経営哲学研究センター 客員教授

1952年、兵庫県生まれ。東京大学教育学部卒業。高等学校の社会科教員を経て、(株)シティーコード研究所(都市計画事務所)、(株)西洋環境開発などでまちづくりに携わり、1992年から(株)都市文化研究所・代表に。関西圏を中心に、湊町リバープレイス、西梅田ブリーゼブリーゼや、淀川区・川西市などのまちづくりに従事。立命館大学稲盛経営哲学研究センター客員教授として、冊子「RITA」の編集や、JALフィロソフィー教育の研究を行う。


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