「社史」にみる稲盛経営哲学:澤野美智子准教授

稲盛研・研究者インタビュー#2


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「稲盛研・研究者インタビュー」企画は、稲盛経営哲学研究センター(稲盛研)で研究員をされている先生方に、自身の研究内容や、稲盛経営哲学との関わり、「利他」について語っていただくインタビュー企画です。立命館大学の学生が記者となって、「利他」と研究のつながりを探ります。第2回目となる今回は、立命館大学総合心理学部の澤野美智子准教授にインタビューを行い、澤野先生の「社史編纂の研究プロジェクト」などについて伺います。

(取材日:2020年11月15日/一瀬優菜・吉武莞)

社史編纂と稲盛経営哲学

今回、澤野先生が実施された研究プロジェクトの背景・目的・概要を教えてください。


現在行っているプロジェクトは社史の編纂をしており、その中で聞いた話などを分析していくようなプロジェクトです。

社史は会社の歴史のことをいいます。

なぜこのプロジェクトが始まったのですか?


稲盛経営哲学研究センターで研究されている、サトウタツヤ先生が行われていた研究プロジェクトに声をかけていただき、入らせていただきました。

研究プロジェクトはどのように始められたのですか?


始めの意識としては、盛和塾生企業で稲盛経営哲学がどのように浸透したかを知りたいというところからです。

企業の方たちはお忙しいこともあり、なかなかインタビューだけをさせていただくのは難しいものがありました。そこで、企業に対して、創業時からの写真や資料を掘り起こして整理し、今までの過去の出来事をインタビューし、また現在働いている社員方がどのような考えを持ち、経験されてきたのかを聞き、それを「社史」という形で一冊の本に編纂することにしました。そうすることで、インタビュー先の企業の方にも、その社史を使っていただけるようにしました。

インタビュー実施までの過程も工夫されていたんですね。


企業の中には社史を作りたくてもコストの面で躊躇されるケースも少なくありません。そのため、外の業者に頼むよりコストがかからないような工夫もしました。

「社史」は企業側にも大きな意義がありそうですね。


創業して年数が経つにつれ、社員さんであっても、企業の歴史を知らない場合があります。創業時はより理念が身近であり、理念による団結や協力を創出していたはずです。ですが、3代目や4代目になるにつれ、理念が共有されなくなることもあると感じました。そこで、社史は理念の共有にも役立ててもらえるのではないかと思い、プロジェクトを進めていきました。

文化人類学をインタビューに活用

実際の研究プロジェクトの内容はどのようなものですか?


今までに5つの会社の社史を作らせていただきました。どの企業も盛和塾に所属していた企業です。稲盛経営哲学センターでワークショップを実施した際にゲストで来ていただいた方が、2冊目の社史としてインタビューさせていただいた、宮田運輸さんです。

また研究面としては、私の専門が文化人類学ということもあり、その手法を使用しました。文化人類学はフィールドワークを行うなどして、現地の人と信頼を築き、長期的に調査を行います。

実際、私もインタビューを実施するにあたり、インタビュー企業の中に関わらせていただきました。本来は現地の活動に関わっていく方が良いのですが、私自身トラックの免許を持っていませんでした。そこで、なにか参与観察できる手段はないかと考え、フォークリフトの免許を取得することにしました。2017年の夏休みに免許を取得し、宮田運輸さんのところで、フォークリフトを乗らせていただきました。


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対象企業に対するインタビュー期間はどのくらいされていたのですか?


1、2冊目の社史作成は、同時進行で行っていましたが、発行まで約1年ほどで完成しました。その後も研究協力員の方にご尽力いただきながら、社史1冊に対して約1年ほどかけて、作成しています。

盛和塾生企業と稲盛経営哲学

この研究プロジェクトを通して明らかになった点を教えてください。


稲盛経営哲学がどのように、またどのくらい盛和塾生企業に浸透しているかについて知ることができました。インタビューの結果、インタビューした5社の全社、多種多様でした。同じ盛和塾に属しておられたのですが、それぞれのスタイルがあることを感じました。また、勉強熱心な社長さんほど、他の経営塾にも参加している傾向があり、職種によって社員の雰囲気も多様でした。

その会社の風土に合うよう、稲盛経営哲学をアレンジされているように感じました。

それぞれの企業は、稲盛経営哲学から得たことを実践されていますが、やり方に個性があると感じました。稲盛経営哲学をそのまま適用されている企業もあれば、会社経営を心ベースで行うなど、広い意味での稲盛経営哲学を適応させる企業もありました。実際、宮田運輸さんでは、現場の方たちが考えるフィロソフィーを動画に撮り、共有するなど、その企業の風土に合わせた手段を取っておられました。

それぞれの企業の多様性が見えたことが、明らかになったことの1つだと思います。

この研究プロジェクトが残す今後の課題などはありますでしょうか。


このプロジェクトを通して「利他の心」を学ぶ機会があり、贈与論の観点で、稲盛経営哲学や社内フィロソフィーに当てはめると、なにか読み解けることができるのではないかと考えています。ワークショップを実施した際、宮田運輸さんのフィロソフィーに当てはめてみたのですが、うまく説明できるような感触を得ました。

社史は現在どのように活用されているのですか?


新入社員研修や企業の記念パーティーのために、増刷された企業もありました。

また社史作成にあたり、古い写真を多く掘り出していただきました。その写真を違う場でも活用されていたので、そのような機会を作れたことや、その写真を探し出す過程をご一緒できたことを嬉しく思いました。

この研究プロジェクトの成果は、企業だけでなく教育の分野でも活用できそうだと感じました。


考えてみるとそうかもしれませんね。企業が陥った困難に対して、どのように対処したかなどを見ることができるので、経営学での学びに役に立つのではないかと感じます。

また他の分野として、家族社会学の分野でも役立つのではないかと思います。インタビュー行った企業のいくつかは家族経営をされています。時代の流れに沿って、家族規範など様々なことが変化してきたと思うので、家族・親族の文化の移り変わりなどを見ることが可能ではないかと思います。

小売と卸の関係や、従業員と経営者一家との関係など、今とあり方が全く違うような文化がたくさんあると思います。そのような部分を見れると、すごく面白いのではないかと思います。

この研究プロジェクトの今後の活用についてお聞かせください。


現状としては、次の社史を作らせていただける元盛和塾生企業が見つかっていないため、募集している状態です。

企業の歴史は教科書に載ることは少なく、また一部の大企業のように自社で博物館を持つことも一般的には少ないので、昔働いていた従業員の経験などが保存されず、年月とともに消え去ってしまうのが現状です。それがアーカイブのように、稲盛経営哲学研究センターへ来れば残っているようにしたいと考えています。

社史が集まれば集まるほど、「この時代の、この業界では、このような経験がされていた」と分かるようにしたいです。

企業の歴史はとてもドラマチックで面白いです。それらが記録に残らないのはもったいないと感じます。今まで描かれてこなかった歴史の断片を寄せ集め、これまで多くの人が知らなかったものを文字化し、一つの産業史を描けるのではないかと構想しています。

プロフィール

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澤野 美智子 氏

立命館大学総合心理学部 准教授

神戸大学文学部人文学科卒業(学士、文学)、大韓民国国立ソウル大学校社会科学大学院人類学科修士課程修了(修士、人類学)、神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程修了(博士、学術)。現職は立命館大学総合心理学部・大学院人間科学研究科准教授。専門は文化人類学、医療人類学、社会学。著書に『医療人類学を学ぶための60冊―医療を通して「当たり前」を問い直そう』『乳がんと共に生きる女性と家族の医療人類学―韓国の「オモニ」の民族誌』など。


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