稲盛経営はエフェクチュアルか?:樋原伸彦准教授

稲盛研・研究者インタビュー#5


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「稲盛研・研究者インタビュー」企画は、稲盛経営哲学研究センター(稲盛研)で研究員をされている先生方に、自身の研究内容や、稲盛経営哲学との関わり、「利他」について語っていただくインタビュー企画です。立命館大学の学生が記者となって、「利他」と研究のつながりを探ります。第5回目となる今回は、早稲田大学ビジネススクール/立命館大学稲盛経営哲学研究センターの樋原伸彦准教授にインタビューを行い、樋原先生の「経営理論からみる稲盛経営哲学 〜エフェクチュエーション理論を中心に〜」についての研究などについて伺います。

(取材:一瀬優菜・吉武莞)

稲盛経営とエフェクチュエーション

今回の研究テーマ「経営理論からみる稲盛経営哲学 〜エフェクチュエーション理論を中心に〜」に至るまでの背景を教えてください。


稲盛氏とのつながりは2008年から2009年に稲盛フェローに選んでいただいたのが契機です。

稲盛氏はベンチャーやスタートアップのようなところに情熱があるなと感じており、京セラの創業時などに、稲盛経営の本当のエッセンスがあるのではないかと思います。そのため、アントレプレナーシップとして稲盛経営を研究しています。

また、専門がベンチャーファイナンスなので、稲盛経営12箇条を数量的な視点(例えば価格決め、ファイナンス)からも考えています。

この研究の目的について教えてください。


最近行っている研究としては、稲盛経営はエフェクチュエーションなのではないかというものです。エフェクチュエーションは、連続して成功している起業家たちに共通する意思決定プロセスや思考を体系化した理論です。

エフェクチュエーションを広めようとしている理由は、起業家教育において学生からよく聞く「何から始めればいいのかわからない」という問題意識からです。これまでの起業家教育の反省として、とにかく新しいアイデアを思いつくことを求められる一方で、事業到達点を明確にした上での開始を求められる、という両極端な点です。このような授業は、たいしたアイデアでもなく、実行プロセスが非現実的であっても「このアイデアは素晴らしい」と賞賛されて終わったり、事業到達点や資金計画等に関して詳細までダメ出しをされて終わったりするなど、どちらであっても何かが始まるようなことが無いことが反省点でした。

これは大学の教育のみには限りません。企業の人でもあっても、自ら「これをやりたい」という野望があまりありませんよね。

そして新しいロジックとしてエフェクチュエーションがあります。この研究の面白い点は、成功している起業家は、今手に入れられるものや利用できるものを使い、紆余曲折して、現在持っているものを通じ、野望を達成している場合が実は多いということです。目標を立てて逆算するのではなく、今あるものから実行していくスタイルの方が、成功率が高いそうです。

稲盛氏が提唱されるアメーバ経営にも同じ要素があるとが言えると思います。一つ一つのアメーバがアントレプレナーになれというメッセージを感じています。

このような文脈から、稲盛経営も分析できるのではないかと思っています。

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インタビューの様子

これらの研究をどのように進められているのですか。


例えば京セラの値決め(プライシング)については、あまり情報が残っていないのが現状です。エフェクチュエーションについては、稲盛さんに関する本や、社史を見ていきたいと思っています。

エフェクチュエーションは非常に面白い経営指針を提供します。1つは、レモネードの原則というものです。不確実性や予期せぬ出来事をリソースとして捉え、活用することをいいます。これは現在のコロナ禍では、とても意義深いと思います。この原則を稲盛経営の中で見つける事は可能だと思っています。

また、クレイジーキルトの原則というものもあります。これは顧客や競合をパートナーとして交渉し、ステークホルダーが提供してくれる資源を柔軟に組み合わせて価値あるものとして作り出すことです。競争相手と競争し続けるのではなく、その相手をうまく取り入れ、事業を成功させる。成功している起業家はこれを実践しているという面白い話です。

そして、許容可能な損失の原則というのもあります。これは、いくらまで損しても良いかコミットすることです。損してもいい金額を決める起業家の方が、成功率が高いという話です。エンジェル投資家のような人たちは、このような考え方に即して投資しているのではないかと思います。

さらに、手中の鳥の原則があります。これは先程言ったもので、自分が今もっている手段からスタートし、可能な結果をデザインすることです。

これを稲盛経営に当てはめることとで、何か見えてくるのではないかと考えています。

この研究で明らかにしようとしているものは何になりますか。


一般的にエフェクチュエーションは、起業家に当てはまるものだと言われています。そこで私は、日本の大企業においてもエフェクチュアルに動いているのではないかという点を明らかにしたいと思っています。組織が大きくなればなるほど、コーゼーション(目的や特定の結果からスタートして手段を選択するもの)になりがちですが、エフェクチュアルな企業の方が価値を創造しているのではないかと考えています。

不確実性が上がっている現代だからこそ、この考え方が大事になるのではないのかと思います。

Knightの不確実性は、「未来の結果に関して、確率を計算することは不可能である」と言っています。コーゼーションが考えているロジックは全知全能のようなものに近いですが、それに対してエフェクチュエーションは反論しています。

つまり、大企業もこれらの考え方を採用していけるのではないかと思っています。

また曖昧な目的と言う理論もあります。優秀な起業家についてインタビューする際、事後的によく「予見性と固い決意を持ち、洞察力があった」と言われます。でも実際はそんなものではないと思います。実際は、目的もコロコロ変わりながら成功していくのではないかと思います。

エフェクチュアルな行動をファイナンスに

この研究においての今後の課題はどのような点になりますか。


私はファイナンスが専門なので、エフェクチュエーションに沿って企業が経営を行う場合、どのようにファイナンスしていくのかという点に関心があります。エフェクチュエーションの原則に沿って行動するような企業行動を、どのようにうまくファイナンスの研究に取り込めるのかというところを解明していきたいです。

この研究の活用方法はどのように考えておられますか。


大企業に限らず、起業家のエフェクチュアルな行動をどのようにファイナンスしていくかというのも一つの重要な研究課題だと思っています。

日本はスタートアップにお金が出ないという現状があります。ユニコーン企業が少ないのもその一つです。このような企業を作るには何十億円という単位で、お金を入れていく必要がありますが、現状として、日本はお金をあまり注いでいません。これは大企業にも言えるものです。溜め込んでいるキャッシュを新しいものに投資していくためには、企業をエフェクチュアルにすることが大事なのではないかと思います。キャッシュをため込む日本は、逆に捉えると、日本円の価値を信用しすぎているのかもしれません。

大学などの教育分野にこれらのロジックを活用することは可能だと思いますか。


可能だと思います。エフェクチュエーションのロジックは、特に大学生には実行して欲しいなと思います。

「利用可能なリソースや習慣を特定してから、自らの野望として達成できそうな結果を生み出す」

この過程は、野望が大きくない学生でも活用していけると思います。世界を変えられると思える学生は少ないと思いますが、利用できる手段から世界をデザインすることは、さほど難しくはないことだと感じてもらえればと思います。

樋原先生自身の野望はどのようなものになるのでしょうか。


私が大学を卒業した直後は、銀行に入りました。そこで感じたこととしては、組織に入った個人は、急に動きが悪くなるということです。組織に縛られて、やりたいことを言えなかったり、行えなかったりなどの部分を変えたいな、という気持ちが大きくなりました。

また銀行に入って思ったこととして、本来お金がついた方が良いところにつかないなどの問題点を感じたことです。これは企業内での資金配分や、経済全体としても言えると思います。組織になると急にお金が出なくなってしまうのではないかという疑問が、研究の動機として大きいかなと思います。

私自身も、常に自分の野望(aspirations)をアップデートしながら、整理しています。

プロフィール

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樋原 伸彦 氏

立命館大学稲盛経営哲学研究センター 研究員
早稲田大学ビジネススクール 准教授

東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所(現・経済産業省経済産業研究所)客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授、立命館大学経営学部准教授を経て、2011年から現職。米コロンビア大学大学院でPh.D.(経済学)を取得。 早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所(https://cfi-wbs.com/)所長。株式会社スケールアウト(https://www.scale-out.co.jp)社外取締役。稲盛フェロー(2008-2009)。専門はイノベーションのためのファイナンス。


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