2013年5月4日 (第3054回)

『からゆきさん』を読む~孕ませる男の性~

立命館大学先端総合学術研究科 教授 西 成彦

 貨幣経済が浸透していくにつれ、貨幣を手に入れた男たちは、なけなしの日銭を使って買春に走りました。一家をなす男は、妻を養い、子を養って、種族の繁栄に貢献するのですが、一過性の性欲処理の手段として、買春の文化が地球上の津々浦々を席巻します。鎖国時代の日本でも都会を中心に売春が商売としてなりたっていましたが、国境の開放と同時に、日本の海外進出が始まり、男たちの海外雄飛と軌を一にするようにして、「からゆきさん」の進出もまた日本史の一部となりました。

 日本でも女性史研究が少しずつ根づいてきていましたが、「からゆきさん」のような「底辺の女性」を歴史研究の対象に据えることは、史料の少なさもあって、きわめて困難なものでした。しかし、『サンダカン八番娼館』や『からゆきさん』などが読書界の話題をさらった1970年代が転機となりました。いわゆる「日本軍従軍慰安婦」の問題に光があたったのも、千田夏光の『従軍慰安婦』がきっかけでした。「性奴隷」Sex Slaveに対する関心の高まりは、フェミニズムの世界的な台頭とも連動しています。

 そういった1970年代をふり返りながら、こうした歴史にどう向き合うのかを、さぐってみたいと思います。私にとって1970年代は、まさに性の目覚めの時代でもありました。