2016年5月21日 (第3166回)

詩的言語と性愛のコスモポリタニズム――超越と共創の往還に向けて―

立命館大学 文学部 教授 小関 素明

 世界平和の維持、人間の自由と尊厳の尊重など、加藤周一が戦後世界に向けて放った提言は、独自の危機感に裏打ちされてはいても、しばしば独創性に乏しい「良識」の再説と見なされがちである。一方、『日本文学史序説』を始めとする加藤の日本文化・芸術研究は、往々それら分野の「専門家」たちから、恣意が全面に出過ぎた素人芸と貶視される傾向もしばしば見受けられる。しかし、こうした「評価」は加藤の提言の基層にある加藤の精神的懊悩と確執に真摯の向き合ったものとは言い難い。「合理主義への懐疑」に捉われながらも、同時に「合理主義への懐疑の懐疑」(「理性の復権」)を重視した加藤の姿勢は近代の隘路への緊迫した実践的対峙として光彩を放っている。日本文化の批判的省察と検証を糸口に、性愛、詩的言語に依拠して近代の隘路のただ中に自己を投企していった加藤の熾烈な精神の軌跡に、来聴者諸氏と共に分け入ることができれば幸いである。