2016年4月23日 (第3164回)

記憶は心のどこにあるのか ―心理学における事実と体験―

立命館大学 総合心理学部 教授 森岡 正芳

 記憶は心理学の古くかつ新しいテーマである。最近の目覚ましい脳科学の発展によって、記憶の様々な仕組みが明らかになってきた。心理学はまた近年、日常生活で経験される「思い出」の記憶に関心を寄せている。自伝的記憶はエピソード記憶の一種で、想起時に語りを通して再構成されるものである。記憶とは自らに語ることなのである。記憶は作られる。想起し語ることが場や関係を維持するために使われる。この場合、記憶は共同的に書き換えられるともいえる。このような記憶研究が司法や臨床場面の理解に貢献している。

 臨床場面での記憶論は、トラウマ記憶に関わって展開してきた。記憶システムには幼児型と成人型があり、2歳半から3歳ごろにかけて記憶システムの型が変換する。それ以前の記憶が断片的で、想起しにくいのはそのためである。外傷(トラウマ)体験のときに幼児型の記憶システムが生態防御反応として作動するのではないか。なぜならば、フラッシュバックが幼児型記憶に似ているからである。精神科医中井久夫の大胆な仮説である。二つの記憶システムをつなぎ、想起し語ることが回復のステップである。記憶をめぐる問題は、心理療法の出発点を探ることでもある。