2023年5月20日(第3380回)

移動と定住、平時と危機時の連続性を⽣きる︓ 第⼆次世界⼤戦時のラバウルで⽣きた ⽇本軍兵⼠の事例から

⽴命館⼤学グローバル教養学部 准教授 ⼩林 ハッサル 柔⼦

 アジア太平洋戦争後、1945年に日本軍に占領された豪州領ニューギニア(現在のパプア・ニューギニア)に上陸したオーストラリア軍は、日本軍兵士はほとんど死亡しているだろうと予想していた。しかし、その予想に反して、日本からの供給も絶たれたラバウルでは約8万9千人の日本軍兵士が生存しており、オーストラリア軍を驚かせた。日本軍兵士の生存の鍵は、彼らがラバウルで菜園を営み、戦時中の生活を維持したためである。本講演では、ラバウルで生き残った日本兵が経験した戦争による移動(war mobility)と、異国の地にとどまり野菜を作る経験に焦点を当て、アジア太平洋における第二次世界大戦の歴史をどう理解するかについて考察したい。この歴史を分析するために、本講演では、戦争を、緊急時と平時、戦争の移動と非移動(immobility)、国家とグローバルの間の交差点に位置づける。第一に、平時と非常時が連続性を持ちながら、歴史を形成していることを理解する。現在進行中のロシアとウクライナの戦争が示すように、戦争が行われている間にも、他の場所では生活が営まれており、平時と非常時は共存しながら進行する。第二に、兵士をナショナリズムに洗脳された忠実な戦闘員としてではなく、戦争により引き起こされた国際的な移動の主体として位置づけ、戦争の歴史を国民国家の枠組みを超えて理解することを試みる。