Report #01

ゲスト、仲谷善雄総長、松原洋子副総長、会場に駆けつけた参加者によるChat

小川教授より、香港のタンザニア人たちが形作るシェアリングエコノミーについて解説いただいた後、仲谷総長、松原副総長、そして会場に駆けつけた参加者らがそれぞれの想いを語りました。

松原
めくるめく世界のお話、皆さん楽しかったと思います。シェアリングエコノミーの最先端が、香港のアンダーグラウンド経済の新たなかたちの“互酬性”にあるのかもしれない、と思ったりしました。仲谷先生はいかがですか?
仲谷
彼女の本に、タンザニア人たちの「生きるための賢さ・ずる賢さ」を指す“ウジャンジャ”という言葉が出てくるのですが、これはある意味で知恵だと思います。世の中の生データが価値付けされて情報になり、知識になって、最後に知恵になるんですね。知恵というのは生き抜くためのもの。それこそリベラルアーツが目指すべきところだと思います。
小川
「情報が知識になり、知識が知恵になる」ということは、私も本当にそう思います。人類学者としては、知識では処理できない信用や信頼についても考えたいと思っています。信用スコアでは測れない「信頼」の存在とか、信頼していなくてもうっかり取引関係を結んでしまうようなところに、文化人類学研究の意義があると思うんです。
松原
小川先生は京都大学の文化人類学出身で、アフリカ担当だったと思いますが、なぜアンダーグラウンド経済の行商人の研究を選ばれたのでしょう?
小川
私の専門は文化人類学ですが、自分としては「経済人類学」だと思っていて、変わり種の経済に関心があるのです。特に贈与や交換に興味があり、大学生の頃には寺院の贈与経済について調べていました。人々が経済の中に織り込んでいる生活保障の仕組みなど、自生的でインフォーマルなものに強い関心を持っていたんです。
松原
贈与や交換は人々が生きていく上での基本的なあり方で、伝統的な文化人類学の大きなテーマでもありますね。
小川
社会、家族、経済などの問題に関して、自分が抱えている問題に根差してソリューションを考えていく方法論もあるのですが、私はダイレクトに向き合う勇気があまりないタイプで、ほかの選択肢をどこかから探してくる方が好きです。総長はどのように研究テーマを選ばれますか?
仲谷
仲谷研究室以外には誰も取り上げないテーマをみんなで探し出そう、という感じです。どのように探し出すかは難しいけれど、普段の会話の中で「それ、面白いんじゃない?」とかね 。
小川
そうですね。フィールドワークに行く前に勉強していろいろ計画しても実際にはほとんど実現しなくて、現地で暗中模索なまま「これがキラキラ光っている気がする」というテーマを追究していくようになることがほとんどです。
松原
本日は会場の皆さんからのご質問やご感想をオンラインで受けています。「現在の日本社会では、計画的に行動し、予定調和的に作業をこなすことが良しとされています。しかし、現実には偶発的にミスが起き、自己責任ということで処理されます。今回のお話では、タンザニアの人々が不安定な世界を受け入れ、自己責任ではなく相互扶助で生きていると受け取りました。世界の不安定さを、日本、資本主義社会では、受け入れることはできるのでしょうか」。小川先生、いかがでしょうか?

小川
私が今日の話で再考しようとしているものは、実はコミュニティなんです。コミュニティが嫌いなわけではないのですが、互酬性をきちんと成立させ続けようとするのはすごく難しいこと。相互扶助は簡単に、“悪しき互酬性”にもなりうるんです。「あの人が助けてくれなかったから私も助けない」といったように。するとみんな不安になり、「貸し借りを残したくない」「その場で帳尻を合わせたい」という発想が生まれ、「私の方が損してないか」とか「あいつだけ得してないか」と考えるようになります。「すぐに帳尻が合わなくてもいいじゃないか」という考えにどうしたらシフトできるか、というのが1つのテーマかなと思います。