Report #01

Theme:“きっと誰かが助けてくれる”

香港アングラ経済が示す、シェアリングエコノミーのもう一つの未来

Guest:小川さやか/立命館大学大学院 先端総合学術研究科 教授

Moderator:

松原 洋子

学校法人立命館副総長 立命館大学 副学長

<専門分野> 科学社会学・科学技術史、ジェンダー、生命倫理学

Host:

仲谷 善雄

学校法人立命館総長 立命館大学 学長

<専門分野> 防災情報システム、人工知能、ヒューマンインタフェース、認知工学、思い出工学、感性工学

第1回のゲストは、小川さやか・先端総合学術研究科教授です。香港のタンザニア人たちが形作るシェアリングエコノミーについて解説いただいた後、仲谷総長・松原副学長との対談が行われました。会場の平井嘉一郎記念図書館カンファレンスルームには学生・教職員など約60人が集まり、小川教授のレクチャーに大きく頷いたり、体当たりフィールドワークのエピソードに大笑いする場面も。最後には質疑応答や意見交換も活発に行われ、熱気あふれる1時間半となりました。

タンザニア人の「きっとなんとかなる」という信念の裏側

皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今日のサロンで私からは、香港のタンザニア人たちが形成したインフォーマルな交易システムの事例をもとに、ICTを活用したシェアリングエコノミーを考えるヒントをお話ししたいと思います。21世紀に入り、インフォーマル交易の台頭が注目を浴びるようになりました。アジア・アフリカ・中南米から零細な交易人が中国に押し寄せ、中古品、模造品を含む中国製品を仕入れ、母国に輸出しています。インフォーマル経済の規模はかなり巨大で、最近ではタイ、インドネシア、マカオなどをつなぐ交易ネットワークも作られています。世界のインフォーマル経済をすべて総合すると、アメリカに次ぐ世界第二の経済規模になるという説もあるほどです。

私自身は中国への玄関口でもある香港で、タンザニア人のインフォーマル交易の仕組みや、組合活動、生活史などを研究しています。研究拠点は数多くのタンザニア人が住むチョンキンマンション(重慶大厦)です。5棟の複合ビルから成り、住居や安宿、商店などが密集していてメディアなどでは「魔窟」とも呼ばれています。

「英語も中国語もできないけど香港に来ちゃった」とか「騙されて一文無しになっちゃった」などと言うタンザニア人たちですが、「中国や香港にもタンザニア人がいるから何かあっても大丈夫」となぜか自信満々。日本人は“自己責任”という発想を内面化しているので、もし私が無計画で香港に行って一文無しになり、日本人に助けを求めたらきっと怒られると思うのですが……。その不思議を現地で研究して気づいたのは、この「きっとなんとかなる」という信念は、気軽な相互支援を可能にするある種の仕組みに基づいているということでした。

SNSを活用した商売の仕組み「TRUST」

香港に来る交易人には、商品を買い付けてすぐ母国に帰る短期滞在の交易人と、交易人の案内や母国との仲介業をする長期滞在のブローカーがいます。私が主に研究対象にしているのはブローカーで、彼らは中古の携帯電話や中古車の輸出などをしています。たとえば中古車の場合、現地の解体業者を訪れ、売れそうな車があればその場で外観や内装の写真を撮り、母国の顧客に送って営業します。

そんな海を越えたビジネスを支えるのが、SNSを活用した「TRUST」という仕組みです。Facebook、Instagram 、WhatsAppなどのSNS上で香港のブローカーが中古車などの一種のオークションを行い、アフリカ現地の仲介人が購入額を競り合います。最高値を付けた仲介人が確定すると、次にSNS上で始まるのは買付け資金を出資してもらうクラウドファンディングで、ブローカーはその集めたお金で中古車を買い付けます。そして、競り勝った仲介人の顧客に車を売却し、純利益はブローカー・仲介人・出資者の間で分配されるという流れです。このように、TRUSTは香港とアフリカ諸国のブローカー・顧客を直接に結び付ける仕組みで、今や香港のタンザニア人たちも完全にSNSを使った商売に移行しているわけです。

〔図1〕TRUSTとは:多くのブロガーが登録している上記3つの機能を持ったSNSのこと

また、TRUSTではクラウドファンディングを通して仕入れ代金を集められるため、資本を持たないブローカーでも商売ができる。同時に出資による小遣い稼ぎもできるので、目星を付けた車を仲介できなかった香港やタンザニアのブローカーにとっての生活保障システムにさえなっています。
そんなTRUSTでは、海外送金が特殊な方法で行われているのも特徴の一つです。たとえば香港の中古車ブローカーが、香港やタンザニアにオフィスを持つ天然石会社と結託するとします。このときタンザニアの顧客や出資者は、代金・出資金を香港のブローカーではなくタンザニアの天然石会社に現地通貨で払います。すると天然石会社はその代金で天然石を買い付ける。次に天然石会社は、香港オフィスを通じて送金業者に同額を送り、最終的に送金業者から香港のブローカーへと購入代金や出資金が支払われる、という流れです。一連の取引自体はわずか5分ほどで完了します。このようなインフォーマルな送金方法によって、TRUSTは正規の海外送金システムを介さずに、国境を越えた代金支払やクラウドファンディングを実現しているのです。

そして、この資金調達機能以上にTRUSTで最も重要なのが「信用」の代替機能です。値段交渉がSNS上で記録されて第三者も見ることができるため、もしトラブルになっても証拠や証人を見つけられます。ただし、ブローカーの多くは不法滞在やドラッグの密売などで大なり小なり法に違反しているため、意図せずとも不履行を起こすことはあります。ブローカーの信用度を見極めることが重要になるわけです。

そのため、ブローカーたちは毎日せっせとセルフブランディングに励みます。ブランド品を試着した写真をSNSに載せて羽振りよく見せたり、私と一緒に撮った写真を載せて「アジア人女性と付き合っているなら高飛びしないはず」と思わせたり。もちろん、このような写真や投稿で築かれるのはまやかしの信頼です。しかし少なくとも彼らは、数値化された指標ではなく、自己顕示欲や承認欲求、信条や日々の出来事などをひっくるめた生々しい姿を晒すことで、ICTを駆使した商売をしているのです。
そして実はこの点こそが、「資本の多寡」や「ビジネスの安定性」といった市場経済 の論理だけではない指標でニッチを分け合ったりビジネスを回したりしていく仕掛け、さらにはセーフティネットを作っていく仕掛けになっているのです。