“かわいそう”ではなく“たのしそう”を起点に被災地を知ってほしい 福島県双葉町で「双葉まるごと文化祭」を開催
雄大な海に面し、緑豊かな阿武隈高地を望む福島県双葉町。東日本大震災の影響による避難指示が一部解除され、徐々に活気が戻りつつあるこの地で、まちの関係者と大学生による手作りのお祭りが行われた。その名も「双葉まるごと文化祭」。「“かわいそうな被災地”という震災の被害に憐れみを持つイメージではなく、“たのしそうなまち”として双葉町を感じてもらいたいという思いを込めました」と語るのは、プロジェクトの共同代表を務める川上友聖さん。双葉町の人々とともにまちの未来を描き、再興への道をともに歩む彼の奮闘に迫った。
「いつか福島の復興に携わりたい」再燃した長年の思い
幼少期に「外交官になりたい」という夢を持った川上さん。中学生になるとディベート部に入部し、高校卒業までの6年間、模擬国連に励んだ。熱心な仲間とともに25校約80人の中高生が集う合同練習会の主催や、初心者向けの模擬国連ワークショップを開催するなど、部活動の発展にも大きく貢献。また、部活動を通して日本における政策の実現過程に興味を抱いたことから、若者の声を政治に反映する活動を行う政策立案団体を創設し、高校生と政治家が100人以上集う政策提案会も実現した。学内外でさまざまな声を聞き、課題を解決するために0から1を生み出す行動を起こすことが、彼の活動の核となっていった。
立命館大学進学後は、教育の機会格差に課題意識を持ったことから、「+R校友会未来人財育成奨学金(成長支援)※」を活用し、主権者教育モデルの研究に取り組んだ。さらに、その研究成果をもとに情報通信系企業の出資を受け、大学1年時に合同会社を設立。「総合的な探究の時間」の年間カリキュラムを策定し、千葉県の私立高校で約1000人の高校生を対象に総合的な授業支援を行った。
こうした事業展開のなかで、地域社会を巻き込んだ公教育拡大の必要性を感じたことから、公教育の拡大を目指したまちづくりに活動の軸を移した。そんな時、彼の活動の転換点となる、大学の課外プログラム「チャレンジ、ふくしま塾※」と出会った。このプログラムとの出会いが、彼が長年抱えていた思いを呼び起こすこととなった。
※立命館大学の学生の自主的な学習活動の活性化を支援する制度。校友からの寄付である「校友会未来人財育成基金」が原資となっている。各種奨学金の詳細は「学生の学びと成長を支援する奨学金・助成金活動報告」をご覧ください。
※福島のこれまでとこれからに関心を寄せる学生たちと、福島や震災からの復興に関わる教員や専門家と学び、発信活動に取り組むプログラムとして、福島県庁と立命館が連携して2017年度にスタートした課外プログラム。
双葉町の人々とともに、まちをつくっていく
2011年に発生した東日本大震災。祖父母が福島県の出身だったことから、当時小学生だった川上さんの自宅には被災した親族が避難してきた。近親の訃報を知り、深い悲しみに暮れる家族の姿を間近で見た川上さんは、「このまま福島県のことを深く知らずに育ち、何もしないままで良いのか」という思いを抱いた。「いつか福島県の復興に携わりたい」。再燃したその思いが、双葉町での新たな活動へと彼を導く。
「チャレンジ、ふくしま塾」プログラムの終了後、より主体的に福島県のまちづくりに関わるべく、株式会社リクルートが主催する地域課題解決事業の立案プログラムに参加。福島県を活性化するため、若年層の関係人口を増やす施策立案に力を注いだ。
観光協会の協力を得ながら双葉町の人々との交流を深めるなかで、双葉町の未来を自分たちの言葉で力強く語る地域住民の姿や、「生まれ育ったまちの風景をもう一度見たい」という祖母の言葉に心を動かされた川上さん。双葉町の人々とともに、継続的なまちづくりに取り組むことを決意し、プロジェクトで関わったメンバーや観光協会の理事とSHIBUYA QWS※で「双葉まるごと文化祭」のプロジェクトを立ち上げた。
※SHIBUYS QWS(渋谷キューズ):渋谷駅直結直上渋谷スクランブルスクエア15階にある会員制共創施設。「Social Scramble Space / 渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」をコンセプトに掲げ、社会価値の種を生み出すための活動を支援しています。
プロジェクトを進めるうえで大切にしたのは、地域の人々との対話だった。「双葉町の人々が大事にする文化や思想を深く理解し、本当に必要とされるまちづくりをしたい」という信念から、人々の語りをもとに土地の規範を見出す文化人類学的な手法を大学で学び、双葉町の人々のさまざまな思いと真剣に向き合った。その過程で、人々が語る言葉の背景にあるものを深く読み解くうちに、彼の心境は大きく変化した。「『自分は被災地で何ができるのか』という思いが、『双葉町の人々が長く住んでいたいと思うまちを実現するために、双葉町の人々とともにまちをつくっていきたい』という思いへと変わっていきました」。
9月23日、「双葉まるごと文化祭」が双葉町の相馬妙見初發神社で開催された。まちの伝統文化である「標葉せんだん太鼓」の演奏や、三字芸能保存会による「神楽」が披露され、穏やかな笑顔を浮かべる人々の姿がそこにあった。また、首都圏をはじめとする大学10校と高等学校3校の学生・生徒約50人と、双葉町関係者の共同企画である7つの模擬店が祭りを彩り、会場は賑わった。「多くの方々のご支援のおかげで、無事に文化祭を開催することができました。特に文化祭終了後の撤収作業では、大雨で作業が難航したのですが、地域の方々がゴミ収集車を用意して応援に駆けつけてくださりました。そのとき、『応援しているから、来年も頑張れよ』と笑いながら声をかけていただいたのですが、思わず涙が出そうになりました」と感謝の思いを語った川上さん。双葉町の人々とともに創り上げた手作りのお祭りは、復興の新たな象徴となった。
「たのしそう」を起点に双葉町を訪れる機会を
現在、プロジェクトメンバーと双葉町の情報発信に力を注ぎ、SDGsファッションイベント「THAT'S FASHION WEEKEND」での展示活動など、双葉町の歴史と文化を伝える新たな活動を展開する川上さん。「『たのしそうなまち』として双葉町を知ってもらい、多くの方がまちを訪れるきっかけづくりを今後もしていきます。これからも双葉町に関わる人々がこれまで以上に幸せを感じられるよう、まちの方々と一緒に頑張っていきたい」。双葉町の人々とともに新たな復興の形を作った川上さんたちの挑戦は、これからも続く。
PROFILE
川上友聖さん
私立浅野高等学校卒業。立命館大学では、日本での主権者教育の拡充に関する研究と発信活動を行い、「2020年度立命館大学 学生部長表彰」を受賞。また、地元の横浜では、横浜市内の大学生を中心とした温暖化対策を推進する「チームZERO YOUTH 横浜」の創設メンバーとして、横浜市温暖化対策統括本部と共に政策立案をする活動も実施。同活動で「2021年度立命館大学 学生部長表彰」を受賞している。