歩く速さを競う「競歩」。常に左右どちらかの足が地面についていなければならないことと、地面に接地した足は垂直の位置になるまで膝を曲げてはならないという二つのルールがある。そんな競歩の学生世界一を決める大会「FISUワールドユニバーシティゲームズ・陸上競技」の男子20km競歩に2025年7月に出場し、個人準優勝という大活躍をしたのが土屋温希さん(食マネジメント学部4回生)だ。
「みんなが応援してくれたり、競技を通して出会いがあったりすると、競歩をやっていてよかったと思えます」と話す土屋さんに、世界の大舞台で戦うまでの道のりについて聞いた。

故障をきっかけに競歩の道へ

中学時代から陸上競技を始め、最初は長距離を専門にしていた土屋さん。高校1年生で足を疲労骨折したことをきっかけに、当時の監督の勧めで競歩と出会った。始めた当初は長距離への未練などもあったというが、順調に実力を伸ばし、高校3年生では競歩で全国大会の表彰台に乗れるレベルになった。土屋さんは「勝てたらだんだん面白くなってきて、気付いたら記録が伸びていました。もし最初のほうでつまづいていたら、競歩を続けていなかったと思います」と振り返る。
大学進学に際しては、当時の男子陸上競技部長距離コーチの指導を受けてみたかったことと、部に所属していた競歩競技者の石田昴選手(‘21経営学部卒)に憧れ、立命館に入学を決意。男子陸上競技部に入部してすぐに、それまでは長距離と競歩を並行して続けていたのを、競歩一本に絞ることにした。「当時のコーチから『土屋だったら競歩で世界に行ける』と言っていただいて、それだったら競歩でやってみようと決心したんです。石田先輩もユニバーシティゲームズに内定していたので、それに続きたかったことも大きいです」と、入学してすぐに競歩で世界を目指すことを決めた。

待ち受けていた最大の試練

そこから土屋さんは、今まで結果を残してきた若い世代中心のトラック10000m競歩ではなく、国際大会につながるロードの20km競歩に対応するための練習を始めることにした。ところが、今度はずっと順調というわけにはいかず、今までになかった辛い出来事が土屋さんを襲う。2回生時にオーバートレーニング症候群(過度なトレーニングや休養・栄養不足が原因で、心身の疲労が十分に回復しないまま蓄積されてしまう状態)になってしまったのだ。「これという原因は分からないのですが、だんだん20km対応の練習についていけないことが増えてきたんです。慕っていたコーチが22年に抜けてしまったことも心理的に追い打ちをかけました。朝起きたら異常に心拍数が高かったり、夜眠れないなどの症状が出て辛くてまともに練習ができませんでした」。
練習に体がついてこず、「やらなければ」という焦りが空回り、ボロボロだった土屋さんを救ったのは、同じ競歩競技者である知り合いの社会人アスリート2人だった。「お2人に、じっくり相談に乗ってもらったり、練習を見てもらったり、一緒に練習をしたりしたことで、徐々にいつもの練習ができるようになりました。それまでは『練習がちゃんとできていないからこそ、やらないと』という考えに縛られていたのですが、『練習できないときは休んでいい』と教えてもらって、気持ちを切り替えることができるようになったんです」。ほかにもたくさんの人からいろいろなアドバイスを受け、気が付けば治っていたという土屋さん。3回生になると20kmの長い距離とロードを走ることへの対応ができ始め、3回生時9月の「第93回日本学生陸上競技対校選手権」(日本インカレ)では初優勝を収めるまでに成長した。

全力を出し切り、つかみ取った銀メダル

それからも実績を重ねてきた土屋さんは、25年4月、ついに念願のFISUワールドユニバーシティゲームズ男子20km競歩への出場を決める。そのときの心境を、土屋さんはこう振り返る。「関西インカレ四連覇を止められたライバル選手も選ばれていたので、不安と自信が交錯していました。でも今思うとそれが『負けたくない』という気持ちにつながっていい作用をしたんじゃないかと思います」。
いよいよ迎えた大会当日。土屋さんはレース冒頭からずっと先頭集団にいたが、後半にイタリアの強豪選手とのマッチレースとなり、相手のスパートに競り負けてしまった。個人・団体ともに金を狙っていた土屋さん。団体は金だったが個人では惜しくも銀メダルとなった。世界でのレースを終えた感想をこう語る。「ひとまず国際大会を走り切っての安堵感と同時に、うれしさと、悔しさを感じています。本番には強く、試合前もリラックスして過ごせたので、当日も自分の力を出し切ることができました。優勝まであと一歩だったのは、完全に実力不足だと思います」と全力を尽くした充足感をにじませる。

感謝を胸にさらなる躍進を誓う

世界大会を経て、土屋さん自身に変化はあったのだろうか。「出場して銀を獲ったことで、天狗にならないでおこうと思っています。いままでの競技生活で、競技をしていないと出会えなかったいろいろな人と出会って、助けてもらい応援もしてもらって、感謝の気持ちが大きいので、これを絶対に忘れないでおきたいです」。
土屋さんは卒業後も競歩を続けるという。27年の「世界陸上競技選手権大会」と28年「ロサンゼルスオリンピック」で金メダルを獲得するという次の目標に向かって、これからも歩みを止めない土屋さんにエールを送り続けたい。

PROFILE

土屋温希さん

奈良県出身。智弁学園奈良カレッジ高等部卒業。
漫画が大好きで、特に『キングダム』『NARUTO -ナルト-』『DRAGON BALL』『ONE PIECE』などがお気に入り。読むと競争心が駆り立てられたり、主人公のストイックさに影響されたりして、自分にもスイッチが入るのだそう。

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