立命館大学図書館

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上平 崇仁 先生(デザイン・アート学部)

2026.7.17


『ヘラクレイトス[断片集]』
講談社、1997年(『ソクラテス以前の哲学者』第2部にされています)

「同じ川に二度足を踏み入れることはできない。常に新しい水が流れ込んでくるからだ」。ぼくが好んで引用するこの言葉は、古代ギリシアの哲学者・ヘラクレイトスに由来するとされる言葉である。彼は世界を、静止したものではなく、争いや対立、そして生成の絶えない、動的な場としてとらえようとした。それらは、ものごとを固定し、答えを得て安心しようとする思考を、いまなお挑発する。ヘラクレイトス自身の著作は現存しない。それでも彼の言葉は、後の哲学者たちの引用を通して、断片として残された。流れる水に乗る笹舟のように、今の時代まで届いた言葉。その小さな集まりが、この『断片集』である。

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『FRONT』
平凡社、1989年(所蔵は復刻版:オリジナルは東方社、1943年)

第二次世界大戦末期、大日本帝国の依頼を受け、写真/グラフィックデザイン/印刷/など当時最高峰の専門技術をもつ人材が集結し、制作された国威発揚のプロパガンダ誌『FRONT』。『FRONT』は1942年から1945年までの4年間、計10冊が制作された。それは戦争の負の遺産でもある一方で、圧倒的なグラフィックデザインのクオリティによって、いまでも日本デザイン史における金字塔として語り継がれている。特に『落下傘部隊号』はぜひ見てほしい。こうした伝説的な本を手に取れるのは図書館ならではの経験である。洗練された表現が権力や動員と結びつくとき、デザインはどこまで危険になりうるのか、われわれに深く問いかける。

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『プロジェクトとパッション』
エンツォ・マーリ著、田代かおる訳 みすず書房、2009年

エンツォ・マーリは、古き良き頑固親父的な職人として世界的に知られるイタリアデザイン界の巨匠。書名にある「プロジェクト」は、イタリア語でprogettareであり、未来へと投企する活動である。それはデザインという外来語が普及するまえに、イタリア文化に根付いていたものづくりの美学でもある。生活の質は、仕事の質によって決まる。自らの仕事において選択の主体であること、それこそが「プロジェクト」の本質だとマーリは説く。決して簡単な内容ではないが、情熱的な語り口は、創造することへの倫理的な使命感を感じさせる。製図の授業において、マーリの図面をもとに家具制作に取り組んだデザイン・アート学部の1年生は、図面の奥にある彼の思想の背後を知ることができるだろう。

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『チッソは私であった : 水俣病の思想』
緒方正人著 河出書房新社、2020年

ぼくは水俣の近くの街で生まれ育った。水俣をめぐる本は数多く読んできたが、この本に受けた衝撃は忘れられない。著者の緒方正人氏は、被害者であり、水俣病運動の第一人者である。タイトルにある「チッソ」とは、水俣病の原因となった企業である。つまり緒形氏は、被害者と加害者を切り分け、一方的な断罪をしない。そうではなく、逆に自分自身もまた近代がつくりあげたシステム社会の中に存在するではないか、とその矛盾の中で生きることの意味を問い続ける。その姿勢は、読者にも静かに迫ってくる。社会の問題を、自分とは離れた場所の出来事として傍観できなくなる重要な一冊。

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『ゼロからトースターを作ってみた』
トーマス・トウェイツ著、村井理子訳 飛鳥新社、2012年

パンを焼くトースターは、あまりに身近すぎて、ふだんは誰もその複雑さを見ようとしない。著者のトーマス・ウェイツは、鉄を手に入れるために鉄鉱石を掘り、じゃがいものでんぷんからプラスチックをつくろうと思いたつ。現代の工業製品を〈ゼロから〉再現しようとして、盛大に失敗する。その失敗によって、私たちは身の回りの人工物が、いかに巨大な分業、資源採掘、物流、エネルギーの網の上に成り立っているかを知る。便利さとは、見えない依存の別名でもある。世界最高レベルのデザインスクールとして名高いRoyal Academy of Arts(王立美術院)の修士プロジェクトとして行われた奇妙な実践。抱腹絶倒、間違いなし。

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『最暗黒の東京』
松原岩五郎著 講談社、2015年

近代の都市生活の発展は、光として語られる正統的な歴史だけではなく、その影には無もないマイノリティの生活がある。本書は、いまでは忘れ去られた明治中期の東京の貧困、労働、住まい、身体、衛生を、丹念に記録したルポルタージュである。著者の松原岩五郎は、貧民街に潜入し、彼らとともに仕事をしながらその様子を書き留めた。とくに当時の「残飯屋」や「人力車」を描写した圧倒的なリアリティは胸に迫る。社会の周縁に置かれた現実を、言葉によって可視化する力を教えてくれる。旧仮名遣いが読みにくい人には、インターネットで全文現代語訳が公開されているので、併読してでも是非。

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『ザ・ワン・デバイス : iPhoneという奇跡の"生態系"はいかに誕生したか』
ブライアン・マーチャント著、倉田幸信訳 ダイヤモンド社、2019年

これを読むあなたの手元にも、iPhoneがあるだろうか。いつのまにか発明から20年ほど経過し、何十億の人々の生活の必需品となった。それはあまりにも人々のライフスタイルを変えたため、最近では少子化の根本原因とも言われている。本書はiPhoneの誕生秘話である。それは決して一人の天才(ジョブズ)が起こしたイノベーションではなく、その背後にある鉱物資源、軍事技術、特許、労働、製造現場、サプライチェーンであり、地球規模の依存と欲望の複雑な絡まり合いのなかにある。手のひらの上でさくさく動くそのデバイスは、あまりにも良くデザインされすぎているため、かつて地面の中に埋まっていたことに誰も気が付かない。本の終盤、iPhoneを生み出したエンジニアたちが全員後悔を語っているのが切ない。

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『遅刻の誕生 : 近代日本における時間意識の形成』
橋本毅彦、栗山茂久編著 三元社、2001年

遅刻しそうになりながら食パンをくわえて走る少女を見たことがある人は多いだろう。彼女はなぜ遅刻を恐れるのだろうか。江戸時代は和時計だったから、季節によって昼と夜の長さが変化し、一刻(いっとき)の長さも毎日変わった。だから遅刻は、単なる個人的な失敗ではなく、社会的に構築されたものである。本書は、豊富な歴史的文書を示しながら、時計、鉄道、学校、会社、近代国家の制度をたどり、分単位の厳密な時間感覚そのものが近代的な時間管理の産物でもあることを教えてくれる。

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『料理の意味とその手立て』
ウー・ウェン著 タブレ、2020年

料理は、現代人にとってもっとも身近な制作活動だろう。料理研究家のウー・ウェンは、大事なことは「知恵」であるであるとして、レシピだけでなくその背後にある哲学を伝えようとする。それは、素材と対話することに始まり、手順、道具、火加減、段取り、味の記憶、他者への配慮が折り重なって形成されている料理の奥深さである。単に食事のための準備ではなく、自分の身体や季節ごとに変化する世界と対話し、応答するための媒体として料理の意味を見直すための一冊。


『メイキング : 人類学・考古学・芸術・建築』
ティム・インゴルド著、金子遊[ほか]訳 左右社、2017年

人類学者ティム・インゴルドの主著。ものをつくることは、あらかじめ頭の中にある設計図を外に実現することではない。インゴルドは、ものづくりの活動を世界との応答的なプロセスとして捉える。それは、素材に触れ、道具を使い、環境の抵抗を受けながら、身体との関わりの中で少しずつ立ち上がっていく。かたちはあらかじめ支配されるものではなく、手を動かすなかで立ち上がる世界のなかにある。そしてその行為こそが学ぶことである、とインゴルドは言う。デザイン・建築・アート・考古学に通底する問いとして〈つくること〉を励ましてくれる。AIの時代になったからこそ、必読。

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