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山下 惠理 先生(グローバル教養学部)
2025.12.25
障害と社会を見つめ直す10冊
「生きづらさ」とは、誰か一人の問題ではなく、社会のあり方そのものを映す鏡かもしれません。この展示では、障害やケア、表現や文化、そして"できること"の意味を問い直す10冊を紹介します。学術書だけでなくエッセイなども意識的に選書しました。語る身体、聞く社会、見えない感覚――そこにひそむ「当たり前」をほどきながら、私たちが共に生きる世界をもう一度見つめ直すための読書案内です。
『マイノリティの「つながらない権利」:ひとりでも生存できる社会のために』
雁屋優著(明石書店、2025年)
「ここでもまたコミュ力ですか?」——日本では、他者と円滑につながることが、学校でも職場でも、さらには支援の場でさえ当然のこととされている。だが、この「つながり」への期待は、しばしば静かな圧力へと変わり、異なるコミュニケーションのかたちをもつ人々を追い詰めてはいないだろうか。アルビニズム、ASD(自閉スペクトラム症)、うつなど複数のマイノリティ性を生きる著者は、「マイノリティコミュニティでさえ、つながりや帰属が生き延びるための前提とされている社会」を批判的に見つめる。つながりを強いる社会は、本当に平等といえるのか。「問題提起」「対話」「結論」という三部構成と、多彩なコラムを通して、著者の思考の軌跡をたどりながら、アイデンティティ、障害者運動、能力主義の問題を再考できる一冊。
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『発達障害当事者研究:ゆっくりていねいにつながりたい』
綾屋紗月、熊谷晋一郎著(医学書院、2008年)
「水の底から、上のほうのきらきらを見上げているようだった」——本書の著者のひとり、綾屋紗月は、TEDトークで自身のASD(自閉スペクトラム症)の感覚世界をこのように語っている。彼女にとって、人とのあいだにはいつもガラスの壁があり、声や光、触覚、そして文字はばらばらに砕け、フィルターのない断片として押し寄せてくる。例えば「お腹がすいた」という単純な感覚でさえ、複数の刺激として届き、それをひとつの意味(「空腹」)にまとめ上げるのは容易ではない。一方で、音声と言葉の動き(手話)を同時に使って伝えるとき、どちらか一方だけのときよりも、言葉の意味が格段にはっきりと伝わるという。
本書は、ASDや発達障害を「解説」するための知識の書ではない。与えられた診断名が同じであっても、感じている世界は決して同一ではない。著者の世界をきっかけに、私たちは他者の感覚、そして自分自身の感覚のあり方をも問い返すことになる。そうした「自分を自分で研究する」営み——すなわち当事者研究こそが、本書の出発点である。共著者である脳性まひの医師・熊谷晋一郎との共同研究を通じて、発達障害を「矯正されるべき症状」ではなく、「世界を感じ取り、意味づける多様なあり方」として描き直している。
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『不揃いな身体でアフリカを生きる:障害と物乞いの都市エスノグラフィ』
仲尾友貴恵著(世界思想社、2022年)
手足に欠損のある人が路上で物乞いをしているのを見たとき、私たちは何を感じるだろう。「かわいそう」「助けてあげたい」——その直感をいったん脇に置き、どんな家族がいて、なぜ物乞いをしているのか、どんな人間関係の網の目の中で生きているのかを想像してみよう。もしそれが難しいとしたら、それを妨げているのは何なのか。
本書では、タンザニアの首都ダルエスサラームで暮らす「ワレマーブ("障害者"を意味するスワヒリ語)」の生活世界が、家庭や仲間との関係、贈与や貸し借りの実践を通じて描かれている。序章で目的と先行研究を示し、第一部で植民地期以降の歴史、第二部で現在の生活誌を展開。「当たり前」に見過ごすものに、どう誠実に向き合うか——そのヒントが詰まっている。グローバル・サウスにおける障害研究の希少な成果であり、後続研究にとっても重要な一冊である。
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『母よ!殺すな』第2版
横塚晃一著(生活書院、2010年)
1970年、横浜で障害をもつ子供が母親によって殺害される事件が起きた。「母親がかわいそうだ」という世論が広がり、減刑を求める嘆願があつまった。その風潮に対して、「殺される側」から声を上げたのが、脳性まひ当事者の団体・青い芝の会である。その中心人物であった横塚晃一が記したのが、本書『母よ!殺すな』だ。
事件を取り巻く数々の言説を手掛かりに、「善意」が当事者の生をコントロールし、抑圧する装置になり得ることを告発した。そして、「強烈な自己主張」「愛と正義を否定する」「問題解決の道を選ばない」という綱領を掲げ、当事者主権と自立生活運動の方向を大きく転換した。生活書院の復刊版は、未収録原稿や発言、原一男の映画『さようならCP』のシナリオ、年表・追悼文のほか、立命館大学で生存学を支えた立岩真也による解説が加えられている。いま読むべき運動の原点である。
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『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
川内有緒著(集英社インターナショナル、2021年)
本書のタイトルを見て多くの人は、視覚以外の感覚を駆使して楽しむ本だろうか、と考えるかもしれない。だが、白鳥さんはそのどれでもない方法を取る。彼は、アート鑑賞において、同行した人が何をどう感じたのか——対話を通してたどることで、アートを味わっていく。そこでは、「見える/見えない」という境界は意味を失い、アートは「一緒に感じる」関係の場として立ち上がる。全盲の白鳥建二さんと著者がともに美術館を巡るこの旅は、視覚中心の鑑賞を根底から揺さぶり、音、言葉、触覚、記憶を通して「見る」とは何かをあらためて問う試みである。
アイルランドの哲学者ウィリアム・モリヌーは、かつてこう問うた。「もし、生まれてから一度も見えなかった人が、突然視力を得たとしたら——それまで触れて知っていた形を、目で見て識別できるだろうか?」本書はこの問いを中心的に扱っているわけではない。しかし、そこに描かれる実践は、この古典的な問いを軽やかに、そして鮮やかに乗り越えていくように感じられる。
アートが人と人とのあいだに生まれる出来事であることを、教えてくれる一冊。
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Disability Visibility: First-Person Stories from the Twenty-First Century
Alice Wong(Vintage Books, 2020)
アメリカ障害者法(ADA)制定30周年を記念して編まれた本書は、アメリカの障害当事者やアクティビスト37人によるエッセイを収めたアンソロジーである。編者アリス・ウォンは、障害者運動とメディア文化をつなぐ活動家であり、本書では障害を医療や福祉の枠に閉じ込めず、文化・政治・コミュニティの領域として再構築している。
本書は「Being(存在)」「Becoming(生成)」「Doing(行為)」「Connecting(つながり)」の四部構成となっている。多様な書き手の物語を一義的な主題に矮小化するのではなく、質的分析の発想に基づき、それぞれの声が流れの中で響き合うように配置されている。収録作品には、優生思想を鋭く批判したハリエット・マクブライド・ジョンソンのエッセイや刑務所におけるろう者差別を描いたものなどが含まれ、どれも一つとして単純に分類できない豊かな多様性をもつ。また、各エッセイの冒頭には内容に関する注意(コンテント・ノート)が添えられ、読者が自分にとって安心して読めるかを判断できるよう配慮されている。パンデミックを経た今、ここで語られる思想は「障害の問題」にとどまらず、「すべての人がいかに時間を生き、他者と結びつくのか」を問う枠組みへと拡張している。
本書は、長く沈黙させられてきた声を取り戻し、それらを社会の知として響かせる試みである。巻末には、さらに理解を深めたい読者のために詳細なリソースリストも掲載されている。
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What Can a Body Do?: How We Meet the Built World
Sara Hendren(Riverhead Books, 2020)
世界はいったい誰のために作られたのか。キャンパスにしろ、椅子にしろ、何にせよ、人間を取り巻く技術というものは「私」と「世界」のギャップを埋める「支援技術」である。これはもしかしたら当たり前かもしれないが、「障害」とよばれるほどそのギャップが深くなるまで、この隠れた前提について気づくことは少ない。
What Can a Body Do? は、アーティストでデザイナーのサラ・ヘンドレンが、義肢やスロープ、家具や都市空間を題材に、身体の可能性を問い直すエッセイ集である。そこに描かれるのは、技術やデザインを通して「身体の多様さ」を生かす創造の現場であり、〈支援〉と〈美〉が交わる瞬間である。身体は社会の境界を測る尺度ではなく、世界を形づくる力そのもの——そんなまなざしを呼び覚ます一冊。
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Understanding Deaf Culture: in Search of Deafhood
Paddy Ladd(Multilingual Matters, 2003)
『ろう文化の歴史と展望:ろうコミュニティの脱植民地化』
パディ・ラッド著、長尾絵衣子 ほか訳(明石書店、2007年)
「手話は言語である」。この一文は、今日の私たちにとっては自明のことのように思われるかもしれない。しかし、その背後には「手話」が長年にわたって禁止され、抑圧されてきた歴史があることを知る人は多くない。ろう者を「手話を母語とする少数文化集団」として捉える「ろう文化」という概念が提唱されるやいなや、「後天的に聴覚を失った人はろう文化に含まれないのか」といった硬直性への批判や、「そもそもろう文化など存在しない」とする本質主義的な疑問が噴出した。これらに応えるためには、ろう文化の存在を明確にしつつ、その境界を問い直す新たな視点が求められた。本書は、そうした課題に対して、ろう文化の確かな存在を示しながらも、「Deafhood(=聴覚障害者としての文化的・存在的プロセス)」という革新的な概念を提示するという、知的アクロバットを見事に成し遂げた奇跡の書である。
刊行から20年を経た現在、この「Deafhood」の思想は、日本でも教育や福祉の分野において当事者研究者たちによって積極的に受け継がれている。ろう文化研究の原点にして、今なお新しい必読の一冊。
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Enforcing Normalcy: Disability, Deafness, and the Body
Lennard J. Davis(Verso, 1995)
「正常」という観念は、19世紀以降に形成されたものであることをご存じだろうか。文学・統計・医療の言説を横断して、「normal(正常)」という語がどのように社会的に構築され、どのように障害・ろう・身体への差別を生み出してきたかを追究する。本書は、障害学における文化的転回の出発点として位置づけられ、「平均」や「標準」という概念を根底から問い直す試みである。Davis は、障害を「逸脱」ではなく、「正常」という概念を相対化する鏡として読み替える。近代がつくり上げた「完全な主体」という幻想を批判し、人間の身体は本質的に不完全で相互依存的であるとするディスモダニズム(dismodernism)を提唱することで、社会が「normal(正常)」を強制する力そのものを可視化した、障害学の古典的名著。
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Unmasking Autism: Discovering the New Faces of Neurodiversity
Devon Price(Harmony Books, 2022)
『自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界』
デヴォン・プライス著、堀越英美訳(翔泳社、2024年)
社会の中で「普通」に見えるよう振る舞ってきた自閉スペクトラム当事者が、"masking(仮面をかぶること)"をやめ、自らの感覚や認知のあり方を肯定して生きるための視点を提示する。著者デヴォン・プライスはASD当事者でもある心理学者で、研究と様々な事例を通し、「普通」という社会の基準がいかに人を縛ってきたのかを描き出す。大学に入り、高校までとはまったく異なる生活・学び・自律のかたちを求められるようになって、初めて自分の特性や「しんどさ」と向き合う人も少なくない。この本は、そんな「自分でも説明しづらい生きづらさ」に言葉を与えてくれるかもしれない。また、友人や家族がAutismである場合、その世界を理解したいと思うときの手がかりや具体的な対応を示す本でもある。日常に潜む「生きづらさ」を社会の構造として見つめ直すきっかけとなる一冊。
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