立命館大学図書館

  1. TOP>
  2. 学習支援(学生向け)>
  3. 教員お薦め本>
  4. 中本 真生子 先生(国際関係学部)

中本 真生子 先生(国際関係学部)

2025.11.1


『ジェイン・エア』
シャーロット・ブロンテ 著 みすず書房、1995年

1847年に出版されたこの小説は、当時のイギリス社会における「あるべき女性像=家庭の天使」を逸脱した主人公(孤児、美しくない、職業婦人)のドラマチックな人生を描いて大人気を博し、多くの言語に翻訳され、また映画、ドラマ合わせて20回以上も映像化されてきた作品である(最新の映画版は2011年公開)。主人公が自らの意思で働き、愛し、人生を切り開こうともがく様は、現在でも十分に読み応えがあり、また女性の地位や福祉政策など、この小説が提起した諸問題の進展を確認するという意味でも興味深く読むことができるだろう。当たり前のことが決して「当たり前」ではなく、そうではない時代が長く、長く続いていたことを知る/想像するきっかけとしてほしい。
さらにこの小説は、ぜひもう一冊の小説と併せて読んでもらいたい。ジーン・リース著『サルガッソーの広い海』(1966年)。これは『ジェイン・エア』において主人公の「幸福な結婚」を邪魔する「隠された妻」の前半生を描いた作品、いわば『ジェイン・エア』のサイドストーリーである。西インド(カリブ海)出身のクレオール(現地生まれの白人)女性、故郷から離れて心を病み、夫によって屋敷の屋根裏に監禁された妻バーサ。小説の中では気味の悪い笑い声、夜陰に紛れて結婚式のヴェールを引き裂くなど主人公を脅かすこの女性の側から見ると、物語は全く異なる様相を示す。カリブ海のジャマイカ島生まれのジーン・リースは、バーサの側から見ることにより、『ジェイン・エア』のなかに埋め込まれた植民地帝国を、そして人種差別にもつながる偏見の存在を浮かび上がらせた。このような複眼的な視点で「古典」と呼ばれる小説群を読めば、新しい発見がきっとあるだろう。

貸出状況の確認  RUNNERS


『Muder on the Nile』
アガサ・クリスティ 著 Tokyo Yohan Publications、1979年

言わずと知れた「ミステリの女王」アガサ・クリスティ(1890~1976年)によるエジプトを舞台とした作品(1937年)。クリスティは、その作品が世界で最も多くの言語に翻訳されたといわれる作家であり、今日でも世界各地で愛読されている。「ミステリと観光の娯楽小説」(東秀紀『アガサ・クリスティの大英帝国』より)とも称され、本国(イギリス)を中心に東はヨーロッパから中東(トルコ、シリア~イラク)まで、西はカリブ海までと、まさに「大英帝国」を舞台とした作品群と言えるだろう。中でもこの作品は、ナイル河と古代エジプト遺跡という「エキゾチック」な舞台、能動的な「新しい女性」、多様でそれぞれに怪しい登場人物たち、「灰色の脳細胞」を持つ探偵の鮮やかな推理、そしてラストの哀切さも相まって人気が高い(1978年と2022年に映画化されている)。
しかし長く広く読み継がれているがゆえに、20世紀前半の大英帝国、英国人から見た世界(特に植民地)観が再生産され続けるという問題もある。例えばエジプトの人々の描かれ方。彼らは物語の進行には一切かかわらず、まさに「異国情緒的」かつ「自分たちとは異なる(野蛮な)人々」という背景として描写される(ヨーロッパからの観光客に群がって、ガラクタを売りつけようとする物売りたち、片言の英語で執拗に付きまとう、「瞼に蠅の止まった」物乞いの子どもたちなど)。ただこれは逆に考えると、20世紀前半の「大英帝国」の人々が世界をどのように認識していたのかを知る手がかりともなり、また今日、このような眼差しが解消されているのかを考えるきっかけともなるだろう。世界地図と今日の世界情勢を念頭に置きながら、英語の勉強も兼ねて、秋の夜長に楽しみつつ考えてほしい。

貸出状況の確認  RUNNERS


『風と共に去りぬ』(岩波文庫)
マーガレット・ミッチェル 著 岩波書店、2015年

1932年出版。南北戦争前後(1860年代)のアメリカ合衆国を、南部の側から描いた大作で、2020年のBLM運動のさなか、映画(1939年製作)が上映中止となったことも記憶に新しい。主人公スカーレットもまた、当時の南部のあるべき女性(しとやかで従順で「小鳥ほども食べない」)像を逸脱した存在で、南北戦争後の混乱を逞しく強かに、ドラマチックに生き抜いていく(彼女のこのエネルギーは、アイルランド移民であった「父親譲り」とされる。彼女は父方からみればアイルランド移民2世である)。
それと同時にこの小説は、奴隷制度に支えられた綿花の大農園をノスタルジーたっぷりに描き出す。主人と奴隷、双方がその境遇に満足し、平和に暮らしていた社会(そして北部の蛮行により失われた楽園)、それがこの小説で描かれる南部である。ここから、南北戦争後も南部に残り続けた人種差別的な慣行や諸法がどのように正当化されてきたのか、その原点を知ることができるだろう(南部から見ると、KKKの暴力は「南部の女性たちを元奴隷たちから守るための、紳士たちの勇気ある行動」となる!)。
という訳でこの小説も、同時代を描いた他の小説と併せて読むことを推奨したい。南北戦争期の北部を、四人姉妹の日常を通して描いたオルコット著『若草物語』、南北戦争の少し後、幌馬車に乗って西部に向かった少女とその家族の経験を回想するワイルダー著『大草原の小さな家』シリーズ、、そして何よりも、南北戦争前に南部社会から北部へと脱出した元奴隷の女性(ハリエット・アン・ジェイコブズ)が著した『ある奴隷少女に起こった出来事』、これらを合わせて読むことで、今日のアメリカの、対立を内包する多様性の「それぞれの視点」を知ることが出来るだろう。

貸出状況の確認  RUNNERS


『アニメで読む世界史』
藤川隆男 著 山川出版社、2011年

本書は、1970年代から長く日曜日の夜、「子供向け、ファミリー向け」に放映され、多くの人に愛されてきた「世界名作劇場」のアニメを題材として世界史を学ぼう+考えようという企画から誕生した共同研究である。「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「母を訪ねて三千里」など、何度も、日本のみならず海外でも(再)放送され、アニメを元にした絵本が出版され、近年でもBlu-Ray-Boxの発売、CMでの使用などが続く「名作」たち。これらの作品が、舞台となった国や地域、そして時代の文脈の中で読み解かれ、当時の世界の動きや諸問題が提示されている。
特に注目してほしいのが、「世界名作劇場」でアニメ化された物語のほぼ全てが西洋世界で書かれた物語であったこと(世界≒西洋?)、さらにその多くが「白人の主人公が移動する物語」であったこと(「アルプスの少女ハイジ」はスイスからドイツへ、「母を訪ねて三千里」はイタリアからアルゼンチンへ、「家族ロビンソン漂流記:ふしぎの島のフローネ」のロビンソン一家はスイスからオーストラリアへ行く途中で遭難して無人島へ!)である。 19世紀から20世紀初頭の植民地の拡大(≒「グローバル化」の進展)の中で、「白人」が世界各地へ移動しその生活圏を拡大していった様が「世界名作劇場」アニメの中で展開されている(特に植民地、現地の人々の描かれ方などは、非常に今日的な問題である)。
今回同時に紹介している『少女小説から世界がみえる』では、少女小説が日本でアニメ化された際にどのような改変を加えられたかについても考察している。並べて読むと、より多くの気づきが得られるだろう。

貸出状況の確認  RUNNERS


『少女小説から世界がみえる』
川端有子 著 河出書房新社、2006年

今回、国際関係学部の教員2人で推薦図書を選ぶにあたって、「小説」(物語)に絞り、本を読む楽しみを重視しつつ、歴史や政治、権力、帝国、ジェンダー、想像力など、大学で学ぶ上で必要な知識や認識を鍛えることにつながる作品を選んだ。本書『少女小説から世界がみえる』は、そのような小説の読み方/読み直し方の手引きとして紹介したい。  E.サイードは『文化と帝国主義』(1993年)において、小説(物語)を題材として19~20世紀の帝国主義と文化の関係を論じた。サイードは「古典」としての地位を得た小説を主に取り上げたが、本書が取り上げるのは『家なき少女』『小公女』『赤毛のアン』など、19~20世紀初頭の西洋諸国の「少女小説」(少女を主人公とし、少女を読み手と想定した小説)である。筆者は、世界各国で読み継がれてきた少女小説を、時代背景(産業革命、帝国主義、階級社会、家父長制など)のなかに位置づけ、例えばフランスで出版された『家なき少女』の主人公ペリーヌとアメリカ/イギリスで出版された『小公女』の主人公セーラは、共にインド生まれの孤児となった少女が、インドから「本国」へと移動し、「帝国」の中心に新たな居場所を見つける(=回収される)と分析する。取り上げられている小説を読んだことがある人も、読んだことがない人も、著者の分析を通して当時女少女~女性が置かれた立場や、彼女たちを取り巻く男性の描かれ方、そして主人公たちの目を通した当時の「世界」の在り方を体験し、想像してみてほしい。そして、現在身近にある娯楽(ゲームやライトノベルズ)などの設定や世界観のなかに、どのような現実の「世界」が織り込まれているか、そこに何等かの現実の問題が投影されてはいないか、一度分析してみるのも面白いと思う。

貸出状況の確認  RUNNERS