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岡本 雅史 先生(文学部)

2017.06.01


『残像に口紅を』
筒井 康隆 著(中央公論社, 1955)

「世界から言葉が消えていく」―こんな途方もない想像を、文章から実際に五十音が少しずつ消えていくことで表現した奇想天外なこの書物に学生時代に出会えた私は幸運だった。途中で読む気を失った読者が返品できるように袋とじになっているところも含めて、その奇想は筒井康隆氏の真骨頂。失語症や吃音症のリアリティを肌で体感させてくれる。

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『言葉につける薬』
呉 智英 著(双葉社, 1998)

民主主義を捨て封建主義の復興を唱え、中国をあくまで支那と呼び続けるこの過激な思想家は、当時もしばしば非難の的になっていたが、その賛否はともかく、ダブルスタンダードや非論理的な主張に対する鋭い攻撃も含め、一見当たり前に見える言説の裏側を論理的に考え続けることの重要性を教えてくれた。そんな呉智英氏が快刀乱麻を断つがごとく世の中の言葉の誤用について教えるこのエッセイは、言語変化や語源に対する興味を掻き立ててくれる(比較的穏健な)良書だ。

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『レトリック感覚』
佐藤 信夫 著(講談社, 1992)

メタファー(隠喩)、メトニミー(換喩)、シネクドキ(提喩)、などの重要なレトリック表現について考察する上で、この本はまず読んでおかなければならない基本図書。文章は平易で読みやすいが、書かれている内容の深さは驚くべきもので、その後登場する認知言語学理論が果たして本書の考察を超えることができたのかどうか、認知言語学者の端くれである私も懐疑的にならざるをえない。興味を持たれた方は是非、続編である『レトリック認識』も読まれたい。

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『括弧の意味論』
木村 大治 著(NTT出版, 2011)

コンゴの農耕民族ボンガンドの「投擲的発話(=相手を特定しない大声の発話)」の研究で知られる人類学者が、なぜか「」や『』や()といった様々な括弧に着目し、そのコミュニケーション的機能について詳察した一冊。境界づけることによる意味の変容を《括弧》という一つの観点から鮮やかに切り取った本書は、私のメタコミュニケーション論に重要な示唆を与えてくれた。

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『言語と行為』
J. L. オースティン 著; 坂本 百大 訳(大修館書店, 1978)

授業中に何度もこの本との個人的な出会いについて紹介しているので、多くの学生達にとっては今更だが、学部では日本政治思想を専攻していた私を言語学の世界に誘った、個人的に忘れられない一冊。「発話行為(言語行為)」という概念を初めて世に問うただけでなく、語用論という学問自体を生み出した歴史的な本だが、私にとっては、冒頭で区別される「事実確認的」と「行為遂行的」という基準が第11講で突如放棄されるカタルシスこそがこの本に魅了された原因に他ならない。

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『背理のコミュニケーション: アイロニー・メタファー・インプリケーチャー』
橋元 良明 著(勁草書房, 1989)

オースティンを読んで語用論に興味を持たれた方にお薦めなのがこの本。今ではすっかり大御所となられた橋元良明先生がまだ30代半ばの新進気鋭の社会学者であった時代に書かれたこの本は、先行研究の手際の良い要約にキレッキレの考察が加わり、学問することの興奮に満ちている。私がアイロニー研究を始めようと思ったきっかけでもあり、こんな文書が書けるようになりたいと思った憧れでもあった。でも、橋元先生の最高傑作は「対話のパラドックス」(現代哲学の冒険10『交換と所有』(岩波書店)所収)であることは譲れない。

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『英語語用論』
S. C. レヴィンソン 著; 安井 稔, 奥田 夏子 訳(研究社出版, 1990)

語用論がオースティンやサール、グライスなどの開祖たちからようやく独り立ちして言語学の重要な一部門となった記念碑は、1983年に出版されたレヴィンソンのこの本に相違ない。そこでは直示、会話の含意、言語行為、といった主要概念を再検討しつつ、会話分析まで射程に入れることで、その後の語用論研究の礎が築かれた。邦訳が絶版となっている今、図書館でこれを手に取ることができるのは学生の特権だろう。

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『Using language』
Herbert H. Clark 著(Cambridge University Press, 1996)

ここまでなるべく学部生が気軽に触れられるように原書を避けてきたが、この本は未だに翻訳がないためあえて原書を紹介する。H・クラークは心理学の世界ではE・クラークとの共著である『心理言語学』で知られているが、会話研究を行う者にとってはこの本こそがある種の聖典である。会話における「共有基盤」や「共同行為」など、彼の発想は常に複数の参与者が織りなす共同性に根ざしている。独自のセンス溢れる定式化と微妙(?)な実証性は、ベイトソンの『精神の生態学』とともに、コミュニケーション研究のゴールではなくスタート地点を常に指し示してくれる。

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『正直シグナル:非言語コミュニケーションの科学』
アレックス (サンディ) ・ ぺントランド 著; 柴田 裕之 訳(みすず書房, 2013)

非言語コミュニケーションに興味を持つ学生は多い。でも、メラビアンの法則を毎回「再発見」してレジュメや卒論に書いてくるのはそろそろやめにして、ビッグデータ全盛の今、各種センサーで非言語要素を計測することで個人の社会的影響力を推定することができるという本書の知見をまずは議論の叩き台にして欲しい。何を測ると何がどこまで分かるのか。その境界線の向こうにこれからのコミュニケーション研究が見えてくる。

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『意味の変容』
森 敦 著(筑摩書房, 1984)

芥川賞受賞作『月山』で知られる森敦の、哲学エッセイなんだか小説なんだかよく分からない、でも物凄く《いま・ここ》のリアリティをグニャグニャにしてくれる難解で不思議なこの本にできれば学生時代に出会って欲しい。ウロボロスの蛇のように内部と外部がぐるぐると反転し運動するこの世界のリアリティの変容体験を対話形式で説明しようとする試みは、ひょっとしたら中江兆民の『三酔人経綸問答』から連なるオープンコミュニケーション的実践なのかも知れない。

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『意識と本質:精神的東洋を索めて』
井筒 俊彦 著(岩波書店, 1983)

もし『意味の変容』がすらすら読めた(ホントかね?)という諸氏に次に薦めたいのがこの本。世界的なイスラーム学者である井筒俊彦氏は本書で西洋哲学とは異なる世界観を持つ東洋思想の根源を、意味分節を行う言語化以前・意識化以前の「言語アラヤ識」という切り口で捉えようとする。あまりに難解な内容なので推薦者であるはずの私の理解は到底及んでいないが、タルコフスキー作品のごとき「明晰な難解さ」を一度は体験して欲しい。

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『プシコ ナウティカ:イタリア精神医療の人類学』
松嶋 健 著(世界思想社, 2014)

「変容」という言葉それ自体は価値中立的である。精神障がい者が長期入院によって「人間」から「モノ」に変容していくことを「施設化」と呼んで批判し、イタリアから精神病院を廃絶したバザーリアの思想と実践を丹念に辿る本書は、畏友松嶋健氏の渾身の一作であり、コミュニケーション研究者にとっても刺激的な知見や洞察に満ちている。一見精神医療とは無関係に見える演劇実験室における身体と精神の変容を描いた第6章も、そうした「変容」を軸とした人間観=世界観を視座に据えて見れば不可欠なものであることが分かるだろう。

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『発達障害当事者研究:ゆっくりていねいにつながりたい』
綾屋 紗月, 熊谷 晋一郎 著(医学書院, 2008)

北海道の「べてるの家」で始まった当事者研究は、この本によって発達障害の当事者にとっても自身のリアリティを記述することへと発展した。発達障害の当事者として綾屋氏が様々な実体験を元に語る認知的リアリティは、パートナーである熊谷氏のサポートを経て詳細に言語化され、「定型発達症候群」(Edmonds & Beardon, 2008)である私たちにもようやく接近可能なものとなった。

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われわれは皆、それぞれが異なる世界を「一人」で生きているが、でも「一緒」に生きなければならない。目に見える異文化だけを念頭に置いた「異文化間コミュニケーション」や「多文化共生」のもっと向こう側に、真の「コミュニケーション」と「共生」があること。皆さんがここで紹介した書物を通じてそうした世界の秘密を垣間見れたならば、推薦者である私は大満足である。