大坂 博幸 先生(理工学部)
2019.05.13
『世界を変えた手紙:パスカル、フェルマーと「確率」の誕生』
キース ・ デブリン 著; 原 啓介 訳(岩波書店)
1654年8月24日のパスカルからフェルマーへの手紙が取り扱った「未完のゲーム理論」が現代のリスク管理まで続く金字塔であることを解説している。二人の間にこのような交流があることは知らなかったし、あの気難しいフェルマーがパスカルへの手紙では信じられないくらい丁重な表現を用いていることに驚く。昨今一般の方も目を触れる機会があるベイズ確率を駆使して、2001年9月11日のテロの4ヶ月前にテロ攻撃のリスク関連ソフトを導入していたにもかかわらず有効に使用できなかった事実にショックを受けた。その前日サンフランシスコ空港経由でアメリカに入り、次の日の朝オレゴンの借家でテレビを呆然と見ていた記憶は忘れられない。
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『フェルマーの最終定理』
サイモン ・ シン 著; 青木 薫 訳 (新潮社)
xn + yn = znを満たすn≥3の整数は存在しないというフェルマーの最終定理を340年ぶりに解決したアンドリュー・ワイルズ氏の物語である。n=2のときは, 小学生でも知っているピタゴラスの定理である。その問題の簡潔さから多くのプロ及び素人が解決しようと古くから取り組んでいた。著者のサイモン・シンは古代からのこの問題の背景を解き明かし、オイラー、19世紀のジェルマン、コーシー、ラメ、クンマー、20世紀の志村・谷山予想、フライ、そしてワイルズに続く道を息もつかさない勢いで説明していく。1995年にコペンハーゲンでワイルズ氏の講演を拝聴する機会に恵まれたが、その温厚さに驚くとともに, ABC予想に対する謙虚な態度に感銘した。
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『素数に憑かれた人たち:リーマン予想への挑戦』
ジョン ・ ダービーシャー 著; 松浦 俊輔 訳(日経BP社)
素数とは1でない自然数pで、1とp以外に約数を持たない自然数のことを言う。誰もが、2, 3, 5, 7, 11,
…と数えていき際限が無いことには気づく。実際、古代ギリシアの「ユークリッドの原論」で素数は無限個あることや「原論」後発見された素数の見つけ方である「エラトステネスの篩い」は、高校生でも知っているであろう。この素数が自然数の中でどのように分布しているかを考えたのが有名な1859年のリーマンの論文であり、論文の始めに、素数定理といわれる
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『バナッハとポーランド数学』
R. カウージャ 著; 阪本 ひろむ 訳 (シュプリンガー・フェアラーク東京)
現代数学の重要な分野である位相空間論とバナッハ空間論が第一次世界大戦後ポーランド共和国復活から第2次世界大戦開始ポーランド共和国消滅までの20年間で育まれたが、その牽引車の一人であるバナッハについて丁重に書かれている本である。関数解析学を専門にしている私が15年ほど前にこの本を通してポーランドの悲劇の歴史を知るとともに、ポーランド人、特に、バナッハの無限に対する情熱に関心を寄せるきっかけになった。昨年9月に1ヶ月ほどかつて自由都市であったグダンスクのグダンスク大学に学外研究する機会に恵まれたが、ゆったりと時間が流れる中で何人かのポーランド数理物理学者との議論は刺激的であった。しかし、バナッハに対する私の疑問に答えてくれるポーランド人にはまだ出会っていない。時間があるときスコティッシュ・カフェの問題を解いてはいかが?
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『竜馬がゆく』
司馬 遼太郎 著(文藝春秋)
本自体は古く昭和30年代(1960年代)の高度成長時代にサラリーマンから絶賛された小説である。単に小説ではなく、司馬史観から捉えられた坂本竜馬の話といってもいいであろう。昨今でも竜馬の仕事に対して賛否両論があるが、それほど注目される人物であったらしい。竜馬の影を追いかけて、竜馬に関連する史跡めぐりをし、機会があれば京都東山にある竜馬の墓と中岡新太郎、藤吉の墓をお参りするが、まだ土佐にはいっていない。明治維新の当時、若き30歳台の方々が時代を動かしたことに驚かされる。気が滅入っているときに是非読んでいただきたい。
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『不可能、不確定、不完全:「できない」を証明する数学の力』
ジェイムズ ・ D. スタイン 著; 熊谷 玲美 ・ 田沢 恭子 ・ 松井 信彦 訳(早川書房)
日本人は完璧性を求めがちであるが、この本では、古代ギリシアの3大不可能問題や20世紀の3大不可能問題である、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーテルの不完全性定理、あまりなじみのないアローの不可能性定理について丁重に述べている。不可能を宣言する定理は絶望感を与えがちであるが新しい世界や新しい方向性を与えてくれる。不可能性の狭間を通して自分の夢をつかむのが人生かもしれない。私の取り組んでいる問題が、ゲーテルのいう無矛盾性から外れていないこと望む。
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『宇宙は「もつれ」でできている:「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』
ルイーザ ・ ギルダー 著; 窪田 恭子 訳(講談社)
量子力学を本当に理解している方はいるのであろうか?有名な電子の二重スリットの実験もいろいろな解釈はされているが未だにピントは来ない。「離れた空間にあるものは互いに独立した存在である」すなわち、干渉をしないという「局所的因果関係」に反する現象がアインシュタインらによりEPRパラドックスとして指摘されていた。その解釈として、提出されたBell不等式を、実験で確かめられ、「局所性」が壊れる「からみあい」(エンタングルメント)という状態が存在することを本書は詳細に説明している。偶然にも95年からニールス・ボーア研究所があるコペンハーゲン大学数学科で研究助手として1年間滞在していたが、その当時私の研究がエンタングルメント状態の構成に貢献していたことは知らなかった。最近は干渉に関連するTsirelson問題に興味を抱いている。
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『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(上・下)』
ユヴァル ・ ノア ・ ハラリ 著; 柴田 裕之 訳(河出書房新社)
キンブレル氏の「生命に部分はない」(福岡伸一訳、講談社現代新書、メディアセンター在)の本を読み、95年に書かれたにもかかわらず人間の体を部品として売買するというその圧倒的な内容に驚いていたが、それから25年が過ぎ、ハラリ氏が「ホモ・デウス」で、攻殻機動隊のように人間が義体化に進化し始めていると、警笛を鳴らしている。一方、中国ではデザイナーべービーが誕生し、ガンダムSEEDのコーデネーターが誕生するのではと危惧する。人間にチップを入れる実験はされ始めているが、やがて人間ドライブレコーダのような時代が訪れたとき、どのような社会になるか参考になる本である。
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『無限とはなにか?:カントールの集合論からモスクワ数学派の神秘主義に至る人間ドラマ』
ローレン ・ グレアム、 ジャン=ミシェル ・ カンター 著; 吾妻 靖子 訳(一灯舎)
古代ギリシアのアルキメデスの時代からすべての平面幾何の面積を測るという試みを人間はしてきたが、円の面積と同じ正方形を目盛のない物差しとコンパスとでは等積変形はできないなど困難に直面してきた。アルキメデスが円周率を求める際「無限」という操作をおこなったが、アリストテレスは、直線は無限の点で構成されるということ、「無限操作」を認めなかった。やがて19世紀ドイツのカントールにより導入された集合論から人類は「無限」の亡霊に付きまとわれる。フランスのトリオ、ボレル、ベール、ルベーグの議論から測れない集合が存在することに気がついた、ロシアのエゴロフ、ルジンと続き、「無限」の議論は深化されていった。と、単純な数学史で終わらず、この本はモスクワ学派のスキャンダルについて言及しており、数学会においてもセンセーショナルを巻き起こした興味深い本である。
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『されどわれらが日々--』
柴田 翔 著(文藝春秋)
今の学生は当然60年代の学生運動を知るわけもなく、私も80年代大学入学世代であるから知るはずもないはずであったが、何故かしら学部時代自治会委員をしているときその残党である左翼、右翼両方から巻き添えを食ってしまった。この小説の冒頭にある「地方大学」というのは私の大学かと当時は思い、夏目漱石のような美しい文体にのめり込んでしまった。偶然にも著者が私の大学で講演をしたとき直接著者に質問をしたと思うのだがその記憶は無い。60年代に比べると私の場合は穏やかではあり、立命の60年末期を記述している高野悦子氏の「20歳の原点」には圧倒される。柴田氏が最後に「だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだと」と述べている年齢に今自分が近づいていることを知り驚いている。
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