細貝 健司 先生(経済学部)
今回のテーマ : あなたは『無意識』について何を知っていますか?
―意識と無意識と私―
20世紀最大の発見とは、素粒子でもニュートリノでもなく、「無意識」だと言う人がいます。そういわれると何だか分かったような気になりますが、 これほど得体の知れないものも他にないでしょう。「無意識」を正面から学問の対象としたのはフロイトですが、フロイト以来、「無意識」は、時代により毀誉褒貶の激しい波にさらされ続けました。1930年代にシュールレアリストに持ち上げられ、60年代ヨーロッパのいわゆるポストモダン哲学の支柱でもあったのに、神経生理学の発達と共に評価が地に落ち、フィクションだと蔑まれるようになりました。ところが、近年の脳科学の成果が「無意識」に新たな評価を与えると、フロイトは「無意識」の 真価を見損なっていたなどというような言葉が恥ずかしげもなく発されるようになり、「無意識」を否定していた人たちまでもが、「無意識」こそが人間を支配している、などと言い出す始末です。果たして「無意識」とは何でしょうか。あなたは「無意識」を知っていますか。それを考えていただきたいセレクションです。
『フロイト全集〈4〉1900年―夢解釈1』
ジークムント・フロイト著(岩波書店 2007年)
いずれにせよ、フロイトから始めねばなりません。関西のチームがフロイトの作品を訳し直していますので、その新訳から『夢解釈』をお勧めします。フロイトは、何の脈絡もない夢の中に、「無意識」の演出を読み取ります。日常を生きている間、人間は自分が「無意識」に支配されているのに気がつきません。ただし、「夢」を分析することで、それが明るみに出るというのです。何だ、夢占いと一緒かと思った人!あなたは結構正しいのですが、取りあえず落ち着いて次からの説明も読んで下さい。
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『言葉・狂気・エロス:無意識の深みにうごめくもの』
丸山圭三郎著(講談社学術文庫 2007年)
20年くらい前に、ニューアカデミズムとかいうブームがあって、大学生が何だか小難しい哲学書を(読みはしないのですが)小脇に抱えているのが格好良かった時代がありました。そのブームの中心にいた人物の一人です。君らが何の疑いもなく「私」だと思っているものは、実はどこにもなく、それは、無意識の海のただ中に半分溶けながら浮かんでいる、「言葉」の切れ端で出来たハリボテの船のことなんだよ、などというようなことが書いてあり、読んだ当時は衝撃を受けました。
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『ラカンの精神分析』
新宮一成著(講談社現代新書1995年)
フロイトを現代に復権させた最大の功労者ジャック・ラカン。その考えのエッセンスを奇跡的な簡明さで説明した本です。幾つかの症例が、フロイト=ラカンの考えを用いて推理小説のように鮮やかに解き明かされており、その手際には感嘆せざるを得ません。ただし、余りに精神分析的な説明がハマりすぎで、都合の良い例だけ載せている感がちょっとします。ただし、所詮精神分析とはそんなものと割り切ってしまえば納得はできます。
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『エロティシズム』
ジョルジュ・バタイユ著(ちくま学芸文庫 2004年)
「エロティシズム」とは、人間の生の抱える過剰さの運動のことだとバタイユは語ります。それは、生の過剰さが自我の殻を内側から突き破り、「私」を、他人と、あるいは世界全体と融合させる動きのことだというのです。これは衝撃的な定義ではありませんか。そのエロティシズムのエネルギーが「無意識」です。一見すると随分と過激な理論ですが、恐れずに読み進めると、意外に腑に落ちる部分もあり、「バタイユによるとさあ」などと他人に得意気に話している自分にはっと気づくなんて日が来るかもしれません。
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『アンチ・オイディプス : 資本主義と分裂症(上)(下)』
ジル・ドゥルーズ, フェリックス・ガタリ著(河出文庫 2006年)
「無意識」とは本来、「欲望機械」であり、欲望のおもむくまま、あらゆる方向へ休むことなく向かっていくものだ、とドゥルーズとガタリは書きます。ただし、 社会制度や資本主義的指標は、それに一定の歯止めをかけ、本来の「無意識」を持つ人を「分裂病」と呼び、隔離しようとするのです。だから、資本主義に抗い、「無意識」の分裂症的な衝動に身を任せ、社会の滞留点をどんどんぶっこわしていけ、と『アンチ・オイディプス』は告げます。このメッセージは、80年代の日本の青年にとっては衝撃的あり、『アンチ・オイディプス』はバイブルとなりました。
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『天才と分裂病の進化論』
デイヴィッド・ホロビン著(新潮社 2002年)
「分裂病」という病に、科学的な見地から新しい解釈を与え、分裂病が人間の文化的進化を促した、というような驚くべき見解が述べられています。『アンチ・オイディプス』とは異なる視点ですが、宗教的感覚、技術的才能、芸術的創造力などの根底に分裂病の資質を見る視点などは似たものがあります。本書を読めば、魚を毎日食べようという気になると思いますが、なぜなのかはここでは書きません。
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『神々の沈黙 : 意識の誕生と文明の興亡』
ジュリアン・ジェインズ著(紀伊國屋書店 2005年)
3000年前まで、人類は「意識」を持っておらず、「無意識」の声を神の声と聞き、それに従って生きていた、という驚異的なことが書かれています。作者は、数千年前の記録である「イーリアス」、「オデュッセイア」、「旧約聖書」などを分析し、そこに現代人のような意識の動きがないことを検証していきます。そして、神の声を聞き、それを信じるという古代人の特徴の痕跡を現代の分裂病者に見ていくのです。強烈な読後感を得ること間違いなしです。
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『ユーザーイリュージョン : 意識という幻想』
トール・ノーレットランダーシュ著(紀伊國屋書店 2002年)
我々の意識が捉えているのは、実は0.5秒前の世界であり、意識は現実世界に対し、何の決定も出来ない。よって、意識が捉える「私」とは別の無意識の「自分」がいて、それが我々の全ての行動を決定しているのだ、というのが本書の趣旨です。こんな突飛な主張なのに、綿密な事実的裏付けが延々となされ、読了後は思わず納得してしまいます。個人的見解ですが、ここ数年の読書の中では最も感銘を受けた本です。
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『科学を捨て、神秘へと向かう理性』
ジョン・ホーガン著(徳間書店 2004年)
表題だけ読むと、怪しげなニューエイジ思想の亜流かと見紛うばかりですが、「科学の終焉」という前著で、物質を扱う科学の限界を検証してきた著者の手による本著は、ひと味違います。著者は、「神秘体験」を実体験し、科学的に検証し、その体験が開示するものの中に、科学が断念しつつある、世界の真理の解明へと繋がる手がかりを求めようとします。ここでも無意識の問題が、世界の真理への鍵として取り上げられます。読了後、どうしても胡散臭さは残りますが、「神秘体験」に興味のある人なら面白く読めるでしょう。
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『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』
島田裕巳著(亜紀書房2007年)
最後に、このような人文科学系の微妙な領域を研究対象とし、こんな書評を書いている自分自身への自戒を込めて本書をお薦めします。学者は誰でも、本書で糾弾されている中沢新一になる危険性があります。私の推薦する本を読んでくださったみなさんの誰かが、「無意識」についての考えに取り憑かれ、さらには過激な社会 活動に走ってしまったら、私はどう責任を取れば良いのでしょう。上記リストの本と共に、本書も併読し、学者の話は話半分との認識を持っていただけたら幸いです。
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