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木本 伸 先生(経営学部)

 

ヨーロッパ思想から自分と世界を考える

ヨーロッパ思想はヘレニズムとヘブライズムを二つの中心点とする楕円形をなしている。この両者の相互作用としてヨーロッパ思想は理解できるだろう。ヘレニズム(ギリシア思想)からは科学と民主制度が生まれた。その共通点は理性の目覚めである。またヘブライズム(ユダヤ教)からは、キリスト教とイスラム教が成立する。その特徴は一神教だ。ここから世界の創造や直線的歴史観などの世界観が生まれた。アメリカの保守強硬派の主張やハリウッドのSF映画に見られる終末思想(ハルマゲドン)なども、聖書をふまえると理解しやすい。ここでは上記に関する基本的な文献をあげたい。また最後に、ヨーロッパ思想と対峙する近代日本の思想も一瞥したい。


旧約聖書

『創世記』
関根 正雄 訳(岩波書店)

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『出エジプト記』
関根 正雄 訳(岩波書店)

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『宗教からよむ「アメリカ」』
森 孝一 著(講談社)

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世界の創造、一週間の由来、人間による自然支配の起源、アブラハムに始まるユダヤ人の歴史など、『創世記』を読めば現代世界の原点が見えてくる。『出エジプト記』は英雄モーセがエジプトから民を率いて約束の地カナンをめざす壮大な物語だ。この物語はアメリカ建国や奴隷解放、公民権運動においても人々を導いた。これらを理解する副読本として『宗教から読むアメリカ』も薦めたい。『出エジプト記』に記されたモーセの十誡は欧米人の倫理の原点としても重要である。その一方で、中東の混乱の起源も旧約聖書にあるといえる。


新約聖書

『福音書』
塚本 虎二 訳(岩波書店)

イエス・キリストの言葉と行いを記録した福音書。そのうち共通する記述の多いマタイ伝、マルコ伝、ルカ伝は共観福音書と呼ばれる。もう一冊のヨハネ伝は後代に成立したこともあり、神学的傾向が強く、イエスその人の声からは遠い。現代においても政治家の発言や新聞記事などで福音書をふまえた表現に出合うことは多い。ヨーロッパを理解するには福音書を胸に刻んでおくことが大切だろう。もしも共観福音書から一冊だけを選ぶなら、内容が豊富なマタイ伝を薦めたい。

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ギリシアの思想

『ギリシア哲学者列伝 上・中・下』
ディオゲネス ・ ラエルティオス 著(岩波書店)

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『ソクラテスの弁明』
プラトン 著(岩波書店)

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『パイドン』
プラトン 著(岩波書店)

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万物の根源は水である。そうタレスは説いたという。この素朴な表現が哲学の始まりとされる。それは伝統的な神話的世界観に安住することなく、タレスが自分で世界の根源に迫ろうとしたからだ。つまり水を根源とするテーゼそのものよりも、そこに至る思索の姿勢にタレスの重要性がある。その意味で『ギリシア哲学者列伝』は人類が理性に目覚めたドキュメントとして読むことができるだろう。プラトンの対話篇『ソクラテスの弁明』にはソクラテスの最後の日々が伝えられている。ソクラテスは不当な死罪を受ける。だが逃亡を勧める友人たちの意見に耳を貸すことなく、従容として死につく。それは自分一個の命を守ることよりも、理性と国法を重しとしたからだ。その理性と論理に殉じる生き方は深い印象を残す。中期プラトンの代表作『パイドン』もあわせて読みたい。ここではソクラテスの最期に仮託して、魂の不死とイデアというプラトン独自の思想が展開されている。


近代の成立

『キリスト者の自由・聖書への序言』
ルター 著(岩波書店)

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『方法序説』
デカルト 著(岩波書店)

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『パンセ』
パスカル 著(中央公論新社)

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中世ヨーロッパにおいて神は教会に独占されていた。ギリシア・ラテン語に通じるのは聖職者だけ。民衆が直接、神の教えにふれることはできなかった。だが聖書(パウロ書簡)によれば、救済は個々人の信仰のみによる。そこでルターは聖書をドイツ語訳し民衆に手渡した。これにより民衆は神の言葉に直接ふれて、信仰に目覚めた個人となった。またルター訳聖書は多数の方言に分かれていたドイツ語に近代的な共通語をもたらした点でも重要である。哲学において近代を準備したのはデカルトである。デカルトは考える自己に揺るがない根拠(cogito)を発見した。それはコペルニクスの地動説やそれを受けたガリレオ裁判など、素朴な日常がゆらぐ不安な時代の産物であったことも理解しておきたい。理性の裏面には日常から分離した孤立と不安があった。それを鋭く指摘したのがパスカルである。まさにデカルトの同時代、パスカルは『パンセ』で「理性の論理」とは異なる「心情の論理」があると主張する。それは理論的理性に対する根本的な異議申し立てとなっている。


啓蒙思想

『永遠平和のために/啓蒙とは何か』
カント 著(光文社)

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『賢者ナータンと子どもたち』
プレスラー 著(岩波書店)

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『社会契約論』
ルソー 著(光文社)

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理性による人類の未来が素朴に信じられた時代。それが18世紀の啓蒙思想だ。すでに17世紀にデカルトは考える自己に揺るがない根拠(cogito)を見出した。その延長上に「理性を行使する勇気を持つ」(『啓蒙とは何か』)ことが大人への道だと主張するカントがいる。ドイツ啓蒙思想の代表者レッシングは『賢者ナータン』で愛の高みを目指す人格的理想によって、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の一致と融和を試みた。この思想劇は今なおドイツで好んで上演されている。この作品を読みやすく翻案したプレスラーの『賢者ナータンと子どもたち』もおすすめしたい。こうした啓蒙思想は書物の世界にとどまらなかった。それは歴史的現実にフランス革命という地殻変動を起こしていく。その理論的支柱となったのがルソーの『社会契約論』である。個人の主権は誰にも譲り渡せないという指摘や共同体を守るための徴兵制の必要性など、ルソーの議論は今でも挑発的である。だがフランス革命は政敵へのテロルへと変質し、啓蒙の思想家たちを驚愕させる。ここから理性は暴力の原理でもあるという問題に次の世代は直面することになる。


啓蒙の変質

『経済学批判』
マルクス 著(岩波書店)

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『道徳の系譜学』
ニーチェ 著(光文社)

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『精神分析入門』上・下
フロイト 著(新潮社)

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『啓蒙の弁証法』
アドルノ / ホルクハイマー 著(岩波書店)

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『自由からの逃走』
フロム 著(東京創元社)

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科学技術は理性の果実である。だが、それが生み出した巨大都市はどこよりも住みにくい場所となり、そこで人間は個性を失くした群集となっていく。さらに科学技術は戦争と殺戮の手段まで提供することになる。こうした歴史的現実に直面して、思想家たちは理性に根本的な反省を加えていく。その思索は「理性は抑圧と暴力の原理でもある」という命題に集約されるだろう。伝統的理性概念に異議を申し立てた思想の巨人として、まずマルクス、ニーチェ、フロイトをあげねばならない。マルクスは『経済学批判』で上部構造(文化)は下部構造(経済)によって規定されていると指摘する。ニーチェは『道徳の系譜学』で神や天国などの神聖な概念が民衆の怨念から捏造されていく過程を暴き立てた。フロイトによれば、私たちの意識(文化)は無意識(欲動)の海に浮かぶ小舟のようなものだ。ここでは代表作『精神分析入門』をあげておこう。啓蒙批判の哲学的記念碑とされるのがアドルノとホルクハイマーの共著『啓蒙の弁証法』である。彼らはヨーロッパの故郷であるギリシアの叙事詩『オデュッセイア』の解釈を通じて「神話はすでに啓蒙であり、啓蒙は神話におちいる」というテーゼを論証する。最後に紹介するのはフロムの『自由からの逃走』である。どうしてゲーテやベートーベンを生み出した民族が、ナチスに熱狂するに至ったのか。その現実を目の当たりにして、彼は大戦中に本書を執筆する。ここでは中世の宗教改革までさかのぼり、人間が自ら進んで群集化していく心理と論理が明らかにされる。当時にも通じる政治・社会状況が懸念される現代日本において、ぜひ一読を勧めたい。


現代に生きるヘブライズム

『我と汝/対話』
ブーバー 著(岩波書店)

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『生きる勇気』
ティリッヒ 著(平凡社)

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『神を待ちのぞむ』
ヴェイユ 著(勁草書房)

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理性は対象を正確に捉えようとする。その意味で理性は視覚的だ。それに対して旧約聖書の「イスラエルよ、聞け」という言い回しが示すように、ヘブライズムは聴覚を重視する。近現代は理性の時代であり、換言すれば視覚偏重の時代だろう。目が見えなければ生きにくいが、他人の声に耳を貸さなくてものさばれる。そんな社会ではないだろうか。こうした状況の歪みに対して、ユダヤ・キリスト教の伝統から瑞々しい思索が生み出された。ブーバーの『我と汝』によれば、私たちの他者関係は「われ―汝」「われ―それ」の二種類しかない。「われ―汝」は神との生きた人格的関係であり、「われ―それ」は他者を道具化する支配の原理である。ユダヤ教に依拠する宗教哲学にして、透徹した文明批判の書である。ティリッヒ『生きる勇気』は伝統的なパウロの信仰義認に依りつつ、キリスト教の再生を試みる。彼によれば信仰とは「受け入れられている事実を受け入れる勇気」である。ヴェイユは自ら女工となり工場生活を体験する。さらにスペイン内戦にも義勇兵として参加する。第一級の哲学的才能を持ちつつ、あえて底辺に身を置いた彼女は信仰の実践者だった。その思索の記録が『神を待ちのぞむ』である。過酷な状況で自己をこえるものと出会い、深く緻密に生きていく。フランクルの『夜と霧』などとともに、何度も読み返すべき一冊だろう。


美の探究

『悲劇の誕生』
ニーチェ 著(岩波書店)

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『芸術作品の根源』
ハイデガー 著(平凡社)

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『美の理論』
アドルノ 著(河出書房新社)

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近代の社会制度において理性は抑圧の原理となっていく。それを越えるものとして、芸術の意義が注目されることになる。ニーチェは処女作『悲劇の誕生』で存在の苦悩は美的経験においてのみ乗り越えられると主張し、ヴァーグナーのオペラに希望を託した。ハイデガーの『芸術作品の根源』では、ゴッホの「農婦の靴」に独自の解釈が施される。それは、ただの疲れた靴のスケッチに見える。だが、そこには農婦の営みを通して、大地や風や畑の実りが表現されているという。その意味で芸術は「真理の作品化」と呼ばれる。このように近代において芸術体験は失われた故郷や自然を回復する通路とされていく。宗教が力を失くす一方で、近代には「芸術による世界の救済」を本気で追及した思想家たちがいた。それはアドルノの言葉を借りれば、非同一性(他者)の救済と呼べるだろう。理性は他者を暴力的に同一化していく。だが他者は本来的に同一化できない。ただ芸術的な模倣(ミメーシス)によってのみ、他者は表現されるのだ。アドルノの『美の理論』は難解だが、手に取ってみたい。


日本仏教の目覚め

『歎異抄』
(岩波書店)

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『正法眼蔵 全訳注』
道元 著(講談社)

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『一遍上人語録』
(岩波書店)

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この世界における唯一稀有な存在という自覚。こうした個人の尊厳の目覚めは日本にもあった。それが鎌倉新仏教だ。そこでは人間は自然の支配者ではなく、衆生(生きとし生けるもの)の一人として大地に立つものとなる。おそらく日本人が世界の思想と対峙するとき、自らの根拠となるのは今後も鎌倉期に生まれた仏教だろう。『歎異抄』は親鸞の語録。第二次世界大戦に従軍した兵士の多くが、この書を背嚢の底に収めていたという。道元の主著『正法眼蔵』は初めて和語で記された思想書である。浄土教のさとりを詩境へと高めた『一遍上人語録』も薦めたい。これらの書物は何度も朗読し暗唱するに値する。


ヨーロッパとの対話

『現代語訳 清沢満之語録』
(岩波書店)

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『場所的論理と宗教的世界観』(西田幾多郎哲学論集3 自覚について)
西田 幾多郎 著(岩波書店)

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『日本的霊性』
鈴木 大拙 著(岩波書店)

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『宗教とはなにか』(西谷啓治著作集10)
西谷 啓治 著(創文社)

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ヨーロッパ思想との対話を深めるには、それに相当するカウンターパート(counterpart)が必要とされた。その意味で明治期に哲学を学んだ仏教者から優れた思想が輩出したのは当然だろう。その先駆者が清沢満之だ。彼は東大で哲学を学び、その視点から親鸞思想に新しい地平を開いた。西田幾多郎の最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」では、仏教とキリスト教に共通する普遍的な思想構造が抉り出される。鈴木大拙は『日本的霊性』で大乗仏教の根本原理を示しつつ、それが鎌倉期の法然・親鸞において具体化され、民衆のものとなったと指摘する。彼は長くアメリカに滞在し、禅を世界に広めた思想家としても重要である。最後に禅の思想家、西谷啓治の主著『宗教とは何か』をあげておきたい。彼はアリストテレスやシェリング研究で優れた業績を残した。その成果をふまえて、西谷はヨーロッパ思想がおちいるニヒリズムを超える道として仏教に斬新な解釈を施している。