立命館大学図書館

   
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「第22回:知的空間を生かし切れ!」森岡 真史 先生(国際関係学部)

インタビュー:学生ライブラリースタッフ 田中、橋本、川本

森岡 真史 先生

森岡 真史 先生の研究概要

―― 大学の研究者になった理由をお聞かせ下さい

小さい頃から知識を得たり考えたりするのが好きで、そういうことが職業にできればいいかな、という思いがありました。また、父親も経済学者で、直接の影響という意味ではそれも大きかったかもしれません。

―― 経済学を専攻されたのには何か理由があったのでしょうか?

大学の学部を選ぶ時点で、経済というものが、世の中の基本ではないかという先入観あるいはイメージがありました。その頃は、自然科学よりも社会の問題、人間社会の問題の方に関心があり、なかでも、経済が分かれば社会の仕組みが分かる、逆に経済が分からなければ分からないことがたくさんあると考えていたのです。

―― 今もそのお気持ちは変わっていらっしゃらないのでしょうか?

今は、もう少し経済というものを相対化してとらえています。経済は確かに重要ですが、それはどちらかと言えば長期的に人間の選択範囲を拘束していくものなのであり、短期的なスパンで見ていけば見ていくほど、経済による縛りは弱くなっていきます。どういうタイムスパンで社会を見ていくかによって、その中での経済の相対的な重要性も変わってくるのではないかと思います。

―― 学生時代に影響を受けられた本はありますか?

経済学の大きな理論体系の中で、例えば、個人が創り出した理論としてマルクスの『資本論』というものがあります。また、たくさんの人が作り上げた理論体系として、今で言う新古典派経済学というものがあります。それらの体系は強力であり、ある意味では、それですべてが説明できてしまうような魅力をもっています。それらは引力が非常に強いので、それに従って物事をすべて考えると楽になるほどです。

経済学の学び方、自分がどのように経済学を勉強し、研究していくのかということに関わって、学生時代に影響を受けた本は二冊あります。一つはすでに亡くなった置塩信雄という日本の経済学者が書いた『資本制経済の基礎理論』という本です。置塩はマルクスの理論を研究対象としていましたが、もう一度マルクスの理論体系というものを客観的に表現し直したらどういうものになるのかということを徹底して自分の頭で考え抜きました。置塩は数学の手法などを用いながら、マルクスの理論を批判的に再検討し、その過程で、マルクスのいくつかの論理的な誤りを発見しました。そうした作業を通じて、最終的に置塩なりのマルクス理解、そして置塩自身の独自の理論というものを確立していったのです。そのときに強く印象に残ったのが、自分の頭で考えぬくという姿勢です。置塩の本からは、どんなに偉大とされる理論であっても、無条件に受け入れるのではなく、自分で本当にそれを納得できるまで、どこまでも考えぬく必要があることを教わりました。既成の理論に敬意を払いつつ、疑いと批判をもって向き合うことは、実験による検証が(少なくとも自然科学と同じ意味では)不可能な社会科学では、より大きいと思います。この本はそういったことを考えるきっかけになりました。

もう一つ、コルナイ・ヤーノシュというハンガリーの経済学者による『反均衡の経済学』 があります。これは、当時 のアカデミックな経済学において最も標準的・支配的なものとされていた一般均衡理論の到達点を確認しながら、そのどこに限界があるのか、どういう点でそれは一面性なり狭さなりを持っているのかということを総合的に考察し、新たな理論の発展方向を提示した本です。このコルナイの本についても、自分の頭で考え抜いた結果を書いているという点で置塩信雄さんの本を読んだときと同じ精神を感じました。

―― 学生時代には本を読まれていたようですが、図書館は頻繁に利用されていたのでしょうか?

あまり最初の頃は行かなかったですね。自分で本を買って、書き込みなどをしたりしながら読むのが好きだったので、主に古本屋周りをしていました。私の時代よりもさらに昔にはコピー機などもありませんでしたから、図書館にある本、例えばアリストテレスやヘーゲルのように多くの人が手にする本には書き込みが結構ありました。とはいえ、見つからない本や、戦前や戦後直後ぐらいまでの古い本、部数が少ない本、それから洋書になると、たいていは図書館に行くしかありません。図書館ではじめてそれらの本を手にする経験を重ねるなかで、図書館はやはりすごいと感じるようになりました。

―― 立命館大学の図書館への意見や要望などはありますか?

図書館の専門スタッフ、つまり、勉強や研究の内容に踏み込んで、資料の探し方、ノウハウなどを含めてアドバイスできるようなスタッフ、高い専門能力をもった司書を多数配置していくことができればよいと考えています。これは立命館だけでなく、日本の図書館全体にいえることでしょう。近年、デジタルデータ、本、映像など、図書館における資料の種類が非常に多様化してきています。それに加え、図書館は、所属する大学の資料だけでなく、他大学(日本国内の大学だけでなく、海外の大学)の図書資料を利用する窓口ともなっています。さらにからもさまざまな資料を取り寄せることが可能となっています。だからこそ、どういったことが可能なのかということをすべて頭に入れた上で、いろいろなアドバイスを出来る人が必要になってきます。もちろん今資料を調べる際に相談にのってくださる方はいらっしゃいます。私も海外の図書館からの資料などの取り寄せなどで何度もお世話になっており、この点に不満を持っているわけではないのですが、そうしたサービスを質・量の両面で共に充実させ、またとりわけ学生に対するサポートを強化してゆく必要があるのではないでしょうか。そうすれば、学生の足も自ずともっと図書館に向かうようになるかもしれません。

―― 学生に対してオススメの本があれば教えていただきたいのですが

三点ほど紹介します。一つは、ジョン・マクミランの『市場を創る』です。この本では「市場というのはうまく機能することもあるし、うまく機能しないこともある」「市場は基本的に下から人々の創意によって作られていくが、それだけでは上手くいかず、上からもデザインしていく必要がある」という趣旨の議論が、具体的な事例を豊富に取り込んで、話題豊かに展開されています。貧困や失業など現実の経済で生じる種々の問題に取り組む場合、19世紀の後半から20世紀にかけては、市場そのものを認めるのか、それとも認めないのかということが主要な論点でした。しかし、20世紀の歴史を通じて、市場を全面的に廃止したり抑え込んだりしても、それによって社会をよくすることはできないということがわかってきました。そうであれば、どのような市場であれば私たちは受け入れることができるのか。21世紀に入って、まさにこの問題が共通の焦点になっています。現代の社会は、一方では、各人に、人に頼らず自分の力で生きるという自己責任を求め、他方では、各人は人間らしく生きる権利があるという生存権を認めています。形式論理だけからみるとここには矛盾があるわけですが、矛盾を認め、それを直視しつつ、両原則をバランスする具体的な制度を考えていく必要がある。その際に、市場というものは一つではなく、個々の市場の機能は設計や状況によって変化するというマクミランの視点は非常に重要だと思います。

2つめは、もう亡くなった松岡英夫という人が書いた中公新書の評伝『岩瀬忠震(ただなり)』です。これを紹介するのは、私が所属する国際関係学部を少し意識してのことです。岩瀬は、残念ながらあまり知られていない人物ですが、本格的な通商条約締結のためにやってきた米国総領事ハリスと、幕府つまり当時の日本政府を代表して交渉した人物です。彼はその頃すでに、外国におおいに門戸を開き、貿易と商業を国内の農業。手工業と結合させ、日本を経済的に豊かな国に発展させることによって、ヨーロッパに飲み込まれることなく国際社会に独立した地位を確立するという展望を抱いていました。岩瀬はそうした立場から、信念をもって米国との交渉にあたったのです。近代における日本の本格的な開国はどのように始まったのかを考える点でも、この本には興味深いことがたくさん書かれています。最近「歴史ブーム」などと言われ、歴史への関心が高まっているのはよいのですが、注目される人物がやや偏っているように感じます。それぞれの時代の日本をとりまく国際関係も含めて、もう少し広い観点から歴史を見ていこうとするとき、岩瀬の伝記というのはきっかけとしてとてもいい入口です。

3つ目は,国立天文台が出している『理科年表』です。リテラシーという言葉がありますが、震災と原発事故をきっかけに、自然科学についてのリテラシーも大事ではないかと感じるようになりました。正確な自然科学的な知識を持つのは難しいことですが、例えば、日本や世界でいったいどのくらいの頻度で大地震が起きているのかということは、誰もが、特に日本に住む人々は、基礎的な知識として知っておくべきだと思います。『理科年表』を見ると、死者1000人を越える地震は日本では19世紀に8回、20世紀に9回起きていることがわかります。また世界では21世紀に入って、死者1万人を越える地震が6回も起きています。『理科年表』には台風災害の記録もあります。自然災害だけに限ったことではありませんが、根拠のない思い込みにとらわれず、専門家の主張を多少なりとも自分で吟味できるようになるためには、自然現象に関してある程度の常識や教養を持つことが大切です。自然のことにせよ、社会のことにせよ、知識を増やすうえで、歴史を学ぶのは効率のよい方法の一つです。さしあたり、「気象災害」「噴火」「地震」など天変地異の歴史を記した頁だけでも開いてみるようお勧めします。

―― 学生に対して本、図書館に関してアドバイスがあればどうぞ

学生として大学図書館が利用できる環境というのは実は非常に恵まれています。大学をいったん出てしまうと大学の図書館というものは利用しやすい空間ではなくなってしまいます。公共の図書館には、図書館にもよりますが、専門書は多くありません(特に外国語の専門書はほとんどありません)。国内外の専門書がたくさんあり、いつでも利用できる環境にあるというのは素晴らしい知的環境であり、これを利用しないことは非常にもったいないことと言わざるをえません。在学期間中にできる限り本を借りて、図書館を使いきってほしい。また、検索システムも格段に進歩しましたから、それを活用しきってほしい。それができれば、われわれが学生だった時代の2倍3倍の効率で知識を吸収できるはずです。みなさんが「知りたい」という気持ちを強く持っていれば、図書館はそれにこたえてくれます。卒業する時に、「自分は十分に図書館を活用した」という思いをもてるかどうか、それを意識して、これからの勉学にとりくんでもらえればと思います。

―― 本日は貴重なお話をありがとうございました。

今回の対談で紹介した本

資本論/カール・マルクス著/筑摩書房/2005
資本制経済の基礎理論/置塩信雄著/創文社/1978
反均衡の経済学/コルナイ・ヤーノシュ著/日本経済新聞社/1981
市場を創る/ジョン・マクミラン著/NTT出版/2007
岩瀬忠震/松岡英夫著/中公新書/1981
理科年表/東京天文臺纂/東京天文臺/1925