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「第63回:「今」という名の理想型」若林 宏輔 先生(総合心理学部)

インタビュー:学生ライブラリースタッフ 西川、和田

2018.03.29

―先生の研究分野について。心理学の中の、どのような分野について研究されているのか、教えてください。

専門は社会心理学なんですけれども、社会心理学に限らず、心理学全般の知識を使って、法律・司法の分野に心理学を応用することを、長く続けてきたかと思います。よって法心理学または法と心理学と呼ばれる分野が専門になります。近い分野を指す言葉だと犯罪心理学がよく知られていますが、犯罪心理学は基本的に加害者、犯罪者の研究を指します。例えば犯罪をどのように予防するかという観点から、プロファイリングのように、犯人像を推定する研究をする人たちが犯罪心理学者です。また、そういった加害者たちをどのように社会に戻すのか、刑務所でどういう矯正をするかというのも犯罪心理学の一部です。だけども、司法という場面には被害者もいますし、そもそも、裁判などの司法の仕組みが人の判断や社会にどういう結果をもたらすのかというところも加味するべきで。そこまで含める場合に法心理学と言う方が適切で、もう少し広い範囲のことが扱える分野になります。よって法心理学というのが専門だという風に考えています。

特に、刑事司法の分野の、最近日本でも始まった裁判員裁判に興味があります。市民と裁判官というプロフェッショナルが、一つの事件について議論して結論を下すという、その一連のプロセスが研究対象です。

―法心理学を先生が志すきっかけや経緯を教えてください。

きっかけという言い方はあまり…自分から始めたのではないので。卒論のテーマに悩んでいた時期、指導教員の先生に、飲み会で「何したらいいですかね」と訊いたら、「じゃあお前は目撃証言をやれ」と。その一言がきっかけです。目撃証言というのは、心理学でいうと記憶の研究の一部。それをより日常的な問題に移した時に、裁判で使う証言、見たものをしゃべるという行為が、結構間違っているということが明らかになっていて。それを卒論で扱ったのがきっかけですね。そこから司法の問題について段々と知るようになって、法と心理学というものを、今は仕事にしている。だから、他人任せっちゃあ他人任せかもしれない(笑) そんな感じです。

たまに学生さんにも言うけれど、自分がやりたいことが明確ならそれをやればいいと思うんですよ。ただ、なかなか見つからないという人の方が多いと思うんですよね。そういう人たちは、とかく、自分以外の人からニーズとして「こういうことをやって欲しい」という提案があったら飛びついてみるというのも、悪いことではない。それが僕の場合、仕事にまでなっているわけだから。逆にそこから興味が出てくるということもあります。

大学院1年目が、人生でいちばん勉強したんじゃないかなと思います。逆に学部の時…今の総合心理学部と違って、僕は文学部の心理学で。まあ、僕なりには充実していたと思うけど、勉強は全く熱心じゃなかったんじゃないかな。力を入れていたものとかもあんまりない、ただ普通の大学生だった。だから、若い人に偉そうなこと、何も言えないんですよね(笑) でも途中で、もう少し心理学を勉強しないと、わからないまま終わっちゃうなっていう気がして。「もうちょっと勉強したい」とすごく思うようになったんです。だけども大学院に入った時、いきなり英語で論文読んだりすることが始まって。読んだこともないわけ、それまで(笑) とかくギャップが激しくて。文学研究科の大学院に入った同期は各ゼミの優秀な子ばかりというのもあって、すごくカルチャーショックでした(笑)

―今までの読書体験について教えてください。

最近読んでいる本自体はいっぱいあるんだけど。個研に転がっているのとか。でも、広くイメージされている『本を読む』という行為と一致してないんじゃないかと思うんだよね。一冊をじっくりと読むっていう行為は、かなり減っている自覚があります。タイトルを見て、どういうこと書いてるか目次でさっと読んで、この章だけ読んで…そういう、部分的な利用の仕方が圧倒的に多い。例えばレポート書く時、みんな論文一本一本読んで書いているかっていうと、そうじゃないと思うんですね。だからあるところだけ、「この人はこう言っている」って巧く使っていく。それは技術だから。だから、[Q.最近読んでいる本は何か]って言われると、[A.そこらへんにあるやつ](笑) 読書としてはよろしくないかなとは思うけど。圧倒的に時間が足りないっていう感じで。

昔は今より指定の教科書が結構あって、買わなきゃいけなかった。学部生時代、そういうものに関しては割と読んでいましたけど。それでも、テキストも全部読むっていうよりは、自分の興味あるパートだけ読む――例えば『目撃証言』の項だけ読んでみて、ああこういう特記があるとか。学部生の時からそういう読書かもしれない(笑)

読書体験っていう意味では、子供の頃はそれなりに読んでいたと思います。母親が学校の図書館の司書さんみたいなことをやっていて。帰りに、図書室に行って読んでいたことはあるし。読んでいたもので一番覚えているのは、図書館の担当をされていた教頭先生がなぜか僕に全巻くれた『銀河鉄道999』。マンガ(笑) 今でも家にある。不思議な、結構好きな話かな。全てが機械化された時の話。体が全部機械の人たちが支配していて、生身の体を持っている人の方が圧倒的に少なくて、人権もない。で、ある日、お母さんが機械人間に狩りに遭っちゃって、一人生き残った主人公を、メーテルという女の人が助けてくれる。「銀河鉄道999に乗って一緒に旅をしてくれたら銃を貸してあげるよ」と結構酷いことを言って(笑) 銀河鉄道999という列車に乗ってアンドロメダに行くと、無料で機械の体がもらえるという売り文句なんですよね。鉄郎は貧しくて機械の体が買えなかったし、それゆえにお母さんが殺された。でも殺したのは機械の人たち。そういう葛藤がありながらも、ずっと旅を一緒にするっていう。最後にどういう結末になるのかっていう、そこは重要なポイントになるんだけど。

物語の中では色んな星に立ち寄って、その星の住人の世界観みたいなものが提示されるんだけど、それも面白かったかなぁ。心や体があることとか、人間であることとか、そういうちょっとした哲学的なエッセンスもあったし。あとは、幸福とは何かとか。永遠の命を得ることだけじゃないということに、鉄郎自身も気づいていくんです。最後には、…図書館に入れたらいいと思う(笑)

―図書館を利用していたことはありましたか。

大学生の時は比較的。レポート書く時とかに籠もっていたし。大学院受験の時も、本を借りたりとかはしていましたね。ただ、専門書を借りていくことが多くて。特に受験勉強は、試験とかどういうのが出るかわからないから、ナントカ心理学の本を読んでノートに写したり、地下に修学館の書庫の製本された論文を、自分で巻号を調べてコピーを取って、って。大学院でもそういうことばっかりしていました。図書館にはそういうイメージがある。だから読み物をじっくり読む場所としてはあんまり利用していない。衣笠キャンパスの修学館書庫はそういう雰囲気がまだあるから行ってみるといいよ(笑) 下手すれば一生誰も手に取らないんじゃないかというような本もある。でも、そういうイメージですよ、図書館。今はほんとに綺麗。

OICの図書館もそりゃ勿論行ったことありますよ(笑) このキャンパスができた時から見ているので。大学の教員は教科書とか本を図書館に推薦できるんだけど、結構時間取られるから僕の場合はなかなか出来てないですね。僕個人としては、本を買うのも仕事だって教育されてきたところがあります。大学教員には研究費が充てられていて、自分たちの領域に関係する本を買って保持するのも、一つの仕事だと考えています。まあそれは、師匠の教えかもしれません。だから、できるだけ買うようにしています。

―将来的に、図書館はどのような場所になっていくと思いますか。

今は論文がもうPDFとかですぐインターネットで検索したら出てくるから、便利だなと思うけど。でも、ぴあらとか、ああいうのは僕の時は無かったし。ああいう場所はあってもいいよなと思っていました。図書館って「騒いじゃいけません、静かにしなさい」で(笑) 友達とかと行って何かする場所ではなかったから。

物理的な限界がある中で、図書館に形として保存しておくべきものはあると思うし、物理的に形が残っていることが重要になってくる時代がいつか来るだろうとは思います。こういう(『累犯障害者』を指差して)物理的な本というものがいずれなくなって、電子書籍化していくというのが、まあ合理的かなとは思っているんですけど。でもやっぱり、手に取って読むという行為が好きな人が一定数いる。という中で、貴重なものになっていくかなと。その体験自体がね。そのために図書館という、万人に開かれているような空間があるのかなって。これだけ紙媒体がまだ流通しているっていうのは、なんていうかなぁ。ちょうどその谷間なのかもしれないし、このままずっと保持されていくのかもしれない。軽く想像したくらいだけど。何の根拠も無いかもしれない。でも、自分の本が刊行された時は、やっぱり嬉しかったよね。モノとしてあるっていうのが。…それの宣伝はしなくていいですから(笑)

―学生に向けてメッセージがあれば。

それ、ないんですよね。メッセージとか。だから今のままで良いんじゃないですか?ってことにしてください。

基本的に全員が自分たちの思うようにやっていると思うんですよ。理想があるってのは良いことだと思いますし、なりたいものになりたいんだったらその努力を当然今しているだろうと思うんです。でも、理想どおりじゃないと不満に思っている人も、その理想通りになっていない自分を選択して、それで満足している状態だと僕は思っていて。その意味で理想の状態にいるはずだと思うわけです。だから、今のままで良いのでは?ということです。それを維持していて良いんじゃないかということ。本当になりたい自分があるなら、すでに動き出している。動き出していないで何か不満を言っている人たちは、それに満足しているのではないかということです。

学生にメッセージをということですが、先生によっては、もっと学生にこうなってほしいというのがある人もいると思う。だけども、さっきも言ったけど、僕自身が自分に明確なビジョンがあってここまで来たわけじゃないし、そういう生き方があってもいいだろうと思うから、今のままでいいという考え方を肯定できます。ネガティブなニュアンスではないです。僕にとってはね。

―影響を受けた本やおすすめなどがあれば教えてください。

「人の心って、こんなに色んなことが起こって隠されているんだ」みたいなことを知るきっかけになったという意味で影響を受けた本というと、天童荒太さんの『永遠の仔』です。僕自身、読んで記憶に残っています。中学生くらいの時、新聞広告に出ていて。PTSDとかトラウマとか、そういう概念が日本で出てきた時に、ちょうど本として出てきたのをすごく覚えていますね。多くの大学生が読んでもいいかもしれませんけど、特に心理の学生だったら読んでみてもいいかな。ちなみに現在の研究と結構つながっているかもしれません。

『犯罪と刑罰』は、18世紀にベッカリーアというイタリア人貴族が、当時の封建主義・宗教的政治による拷問や死刑の廃止、また裁判で個人に刑罰を与えることの正当性について書いた本です。当時は、宗教と司法と行政が一体化しているような世界で、罪や罰をその場その場で勝手に決めていたことがあったと。ベッカリーアという人はその社会では貴族として割りと良い立場にいたはずなんだけど、そういう人がが「宗教と司法の分離」を訴えた本。それがヨーロッパ中に翻訳されて広まりフランス革命等に影響を与えたというものです。僕自身も影響を受けた本ですけど、僕より法学部の先生とかの方が勧められると思います。

『人が人を裁くということ』の小坂井敏晶先生は社会心理学者で、その本は僕の博論の骨子になったと言ってもいいくらい影響を受けました。気になったところに付箋をしています。それまで日本の心理学者で、裁判について書いている人っていなかったと思うんですよね。だから、これを見た時に、この内容を土台に自分の博論を書けそうだとすごく思った一冊で。だからすごく個人的に重要な一冊かな。

お薦めなのは、講義でも紹介したりする『累犯障害者』。どっちかというとドキュメンタリー寄りの本なんだけど。現在の日本司法の問題について書かれている本です。罪を犯す人の約半数は、累犯者といって、何度も繰り返す人。その多くの人が、精神障害、知的障害等の何らかの障害を持った人達であることを世に知らしめた本。この山本譲司って人は、色々あって刑務所に入ることになるのだけれども、刑務所内で指導補助という役割につくことになる。その時、相手をすることになった人達が大体障害を持った人たちで、一般刑務所のなかに障害のある受刑者がこんなにいるんだってことに驚いた、という話。これは是非、今の大学生に読んでもらいたい本の一冊です。

『陰翳礼讃』は一応、それっぽいのも必要かなと思って(笑)。最後の一文が素晴らしくお洒落(笑)。内容としても非常に興味深くて。西洋文化が入ってきて、家の中をどんどん明るくしたことで、日本文化特有の暗がりとか陰翳という概念が少なくなっているよねってところから、特に建築物、家の中の暗がりみたいなものが、日本の文化にとっていかに重要だったかということを、谷崎潤一郎が書いていて。すごく短い、エッセイみたいなものだと思うんだけど。たまたまカフェか何かで置いてあったのを手に取って読んで、頷ける部分があって面白いなぁって思った。特に最後の一文、「まあ、どういう具合になるか、試しに電灯を消してみることだ」っていう終わり方も、カッコイイ!みたいな。すごくすっと入ってきて。ああ、こういう書き方ってすごいなとセンスを感じます。終わり方が巧いって素晴らしいなと思うんです。文章を書く側になってから、特に。終わりが見えないでぐだぐだ書いちゃうんですよね。すっと終わらせられるというのに、技術的な面で感心しましたし、内容としてもすごく面白いです。

―お話ありがとうございました!

今回の対談で紹介した本

◇『永遠の仔』、天童荒太、幻冬舎文庫、2004年
『再会』『秘密』『告白』『抱擁』『言葉』

『犯罪と刑罰』、チェザーレ・ベッカリーア、2011年、東京大学出版会
『人が人を裁くということ』、小坂井敏晶、2011年、岩波新書
『累犯障害者』、山本譲司、2009年、新潮文庫
『陰翳礼讃』、谷崎潤一郎、1939年、創元社