矢藤 優子

図書館は自分の知らない世界と出合う場所。
自分を超える思考を身につけよう。

矢藤 優子総合心理学部 教授RARAアソシエイトフェロー

レポートや論文のために情報収集する時、自分の関心のあるものや手に入れやすいものだけを集めていませんか。それでは世界を広げることはできません。今回は総合心理学部の矢藤優子先生に、研究における情報収集の方法や自分で調べる大切さ、さらに本との出合いがいかに人生を豊かにするかについてお話しいただきました。

読書、実験、好きなことが仕事になった

小学生の頃から本が好きで、よく読んでいました。とりわけ好きなだけ本を読める図書館は、私にとってはパラダイスでした。一方で実験したり、装置を作ったりするのも好きでした。マイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』を読んで、自分でも真似してロウソクを削って実験したことを覚えています。夏休みの自由研究はもう大張り切りで、7月中に他の宿題を終わらせ、8月は好きな研究に没頭していました。こんな風に本を読んだり、実験したり、わからないことを調べたり、「自由研究みたいな仕事があればいいな」と思っていたので、今研究者になって、まさに望んだ通りの仕事に就いたと思っています。

科学的根拠に基づく子育て支援のあり方を探求

研究との出会いは、大学時代です。比較行動学という学問分野の研究室で、ニホンザルやヒトを対象に、親子関係や仲間関係、赤ちゃんの発達等についておもに行動観察法を用いて研究していました。養育行動は、種の保存において非常に重要な行為です。そこからヒトの子どもの発達や養育行動に関心が広がっていきました。

現在は主に乳幼児の発達について、養育者や家族、地域、文化といった周囲の環境との関わりに重点を置いて研究しています。2016年から現在まで、大阪いばらきキャンパスを拠点に、「いばらきコホート」と称し、科学的根拠に基づく子育て支援のあり方について長期縦断研究を続けています。妊娠期(胎児期)から出生を経て、就学前(幼児期)までの母親と子どもの社会的関係に影響を与える社会的・物理的な環境要因を、行動観察や質問紙、面接などさまざまな手法を使って継続的に調査しています。これまで親子の社会的関係性について客観的指標に基づいた縦断研究はあまりなされてきませんでした。本研究プロジェクトでは、定量的・定性的データを集め、科学的根拠に基づいて、健やかな子どもの発達に必要な環境や子育て支援のあり方を提示しようとしています。

自分の関心以外の情報から世界が広がる

研究にあたっては、さまざまなツールを使って幅広く情報収集することを心がけています。大学の図書館はもちろん、現在ではインターネットでも文献や論文を読むことができるので、オンラインのデータベースもよく活用しています。オンラインを使った情報収集は簡単ですが、オンラインでは読めない文献や論文もあります。学生によく言っているのが、「オンラインで入手できないから」という理由で、簡単に諦めないことです。自分の研究の参考になると思ったら、どんなに手間がかかっても、必ず原本を取り寄せるようにしています。

また、研究テーマである「子育て」に関わる時事問題や政策はどんどん変わるので、新聞も非常に重要な情報収集ツールです。キーワード検索できる新聞記事のデータベースは便利ですが、私は必ず「紙」の新聞を読むようにしています。自分で選んだキーワードを検索して見つかった情報だけを読んでいたら、自分の関心以外に世界は広がりません。新聞を1ページずつめくって、ヘッドラインだけでも目を通すと、自分が興味を持っていなかった事柄も目に入ってきます。そうした思いがけない情報が、新たな視点や気づきをもたらし、研究をより深めることにつながります。

学生へのアドバイス原典へのリスペクトが大切

教科書に載っている情報や引用文献を「孫引き」して自分の論文に引用しようとする学生がいます。教科書に書いてあることは、あくまでその著者の解釈でしかありません。「原典(元になっている著作物)にリスペクトを持って、必ず自分で原典を確認しなさい」と指導しています。

これは研究への取り組み方にも通じるところがあります。学生によく言うのが、「現象に学びなさい」ということ。例えば先行研究や既存の論文を元に仮説を立て、調査結果がそれと同じにならなければ、「失敗した」と思うかもしれません。でも行動観察や実験で何より重要なのは、今目の前で起こっていることを真摯に観察し、そこから何が抽出されるのかを考えることです。もし仮説と同じ結果にならなかったとしたら、そこには必ず理由があるはず。だからその意味を考えてほしい。信頼性・妥当性の高いデータを取っていれば、データが自ずからその理由を語り出します。そこにこそ新しい発見があります。

図書館の使い方について図書館は自分の知らない世界と出合う場所

自分の興味のあるものや理解できる範疇しか受け入れられなかったら、研究も面白くありません。知らないことにどんどん出合って、自分の理解の範囲を超えていこうとする思考を身につけてほしい。目的がなくても図書館に行って、たださまようだけでも良いと思います。背表紙を眺めるだけで、「こんなことが専門になって、こんな本が書けるのか」「こんなマニアックな世界があるのか」と発見があります。ぜひ図書館で、自分の知らない世界に出合ってほしいと思います。

新入生へのメッセージ多角的な見方が人生を豊かにする

本や新聞を読むことは、多角的な見方・視点を養うことです。同じ世界でも、それを多面的に見ることができたら、一つの見方に縛られるよりもずっと豊かに生きられると思いませんか。例えば子育てをしていて、子どもがご飯を食べてくれない時、「この子は私のことが嫌いなんだ」「私の作ったご飯がおいしくないからだ」と、限られた原因にしか目を向けられないと、きっと苦しいでしょう。そんな時、多様な視点で物事を解釈できたら、心安らかにいられるはずです。

本との出合いは一生もの。さまざまな本を読んで世界を広げ、多角的な見方を培ってください。それが、生涯にわたる糧になるはずです。

矢藤先生の
おすすめ本

『現代中国の子育てと教育:発達心理学から見た課題と未来展望』
矢藤優子、吉沅洪、孫怡 編
(ナカニシヤ出版、2023年)
RUNNERSで見る

『道徳の自然誌』
マイケル・トマセロ 著、中尾央 訳
(勁草書房、2020年)
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『思考の自然誌』
マイケル・トマセロ 著、橋彌和秀 訳
(勁草書房、2021年)
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矢藤先生の一日

4:30~5:00
起床、メールチェック等軽い仕事
6:00~8:00
子どもとの時間(朝ごはん、子ども送り出し、家事)
8:00~9:00
なにかしながらなにかする時間
洗濯干しながら申請書の構成を考えたり・・皿洗いしながら資料を読んだり、思いついたらPCに向かう時間
9:00~10:00
オンラインミーティング(研究所の仕事)
10:00~11:00
なにかしながらなにかする時間
11:00~
大学へ出勤;研究と教育活動
17:00
帰宅
18:00~20:00
子どもとの時間(晩御飯、家事)
21:00~22:00
お風呂(に入りながら、国際学会でのスピーチの練習、思索の時間、お風呂掃除)
22:00~23:00
読書時間。日本経済新聞夕刊には目を通し、子どもとの読書を通した対話が日課。
24:00
就寝

矢藤 優子

総合心理学部 教授
RARAアソシエイトフェロー

研究テーマ
子どもの発達に関する経時的研究、行動観察に基づく乳幼児と養育者の社会的関係性の研究、行動計測機器を用いた乳幼児の行動発達研究
専門分野
教育心理学 (キーワード:比較発達心理学)
著書
現代中国の子育てと教育―発達心理学から見た課題と未来展望(共著)ナカニシヤ出版(2023年)
児童心理学・発達科学ハンドブック第3巻 社会情動の過程 6章「関係性、制御、そして初期発達」(共著)福村出版(2022年)
『インクルーシブ社会研究』第17号
対人援助の新展開―理論・方法・制度の視点から―(共編者)立命館大学人間科学研究所(2017年)
「心理学スタンダード」Ⅱ時間の中の人間発達 4章「子ども・青年期」(共著)ミネルヴァ書房(2014年)
0歳~12歳児の発達と学び~保幼小の連携と接続に向けて~ 第2章 乳児期の子どもの発達と学び 2節 社会性(共著)北大路書房(2013年)