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メッセージ

水野 由香里 教授

専門分野:技術経営、競争戦略

主たる研究テーマはモノづくり中小企業のノベーション

立命館大学大学院経営管理研究科には、研究を主にするアカデミアの教員と、実際に企業などで実務に携わりながら教鞭を取っている実務家教員がいます。私は研究に本腰を入れているアカデミアの教員として、主にモノづくりに携わる中小企業のイノベーションについて研究しています。

私はこれまで、研究書を3冊、出版しています。1冊目では、モノづくり中小企業がどのようにイノベーションに取り組んでいるのかを「自ら変革を起こすケース」と「補助金を資源にイノベーションを創出するケース」、そして「ネットワークを形成して取り組むケース」に分けて分析しました。すると、中小企業が「自ら変革を起こすケース」では、企業が保有する資源、すなわち、技術や知識、情報を上手く活用することで、飛躍を遂げた企業が少なくないことが明らかとなりました。これが2冊目の研究テーマとなりました。そして、この保有資源を活用して飛躍を遂げるきっかけは、企業が直面した制約や逆境、危機(危機感)にありました。この制約や逆境、危機(危機感)を乗り越える過程でイノベーションが興る。いわゆる「レジリエンス」ですね。3冊目の研究テーマは、ここにあります。

私の研究手法の一つとして特徴的な点は、教育と研究を連続させていることにあります。調査を実施して、まず、対象企業や組織をケース教材化します。このケース教材を使って実際の授業や研修でディスカッションする中で、研究課題になりそうな切り口を探し、研究を深めていくのです。ケース教材が書けて、研究にも落とし込んでいくことができる一石二鳥の研究手法です。

現在は、「学識経験者」の立場として、中小企業庁の委員を務めています。この委員会では企業がM&A(合併や買収)をした後の経営の舵取りについてのガイドラインを検討しています。「中小PMI」(中小企業の「ポスト・マージャー・インテグレーション」という意味)と検索したら、その詳細が出てきます。国としても、経営学的な視点を持ってM&Aをマネジメントする人材を養成することが急務であると捉えているのだと思います。

世界的ベストセラーのビジネス書を通して経営戦略の本質を捉える

今回担当するMBAエッセンシャルズの講義では、計3タイプのベストセラーのビジネス書を用いて経営戦略の基礎を学びます。対象とするのは、1980年代のイノベーションを興す日本企業の組織のメカニズムを解説する『知識創造企業』と、さまざまなイノベーションを起こして業界を席巻した企業であるにもかかわらず、失敗してしまうことに言及した『イノベーションのジレンマ』、日本企業の経営的人材の枯渇を憂い、経営マインドを持つ人材育成の必要性を解く『戦略プロフェッショナル』のシリーズ(『戦略プロフェッショナル』『経営パワーの危機』『V字回復の経営』『ザ・会社改造』)です。これらのビジネス書は、どれをとっても一冊が分厚く、一人で読み解くハードルは低くはありません。

そこで私の講義では、それぞれのビジネス書の大枠やエッセンスを紹介します。一冊目の『知識創造企業』は、日本企業のイノベーション(知識創造)のスピードがなぜ速いのか(速かったのか)、すなわち、日本企業が知識創造によって国際競争で優位性を発揮していた時の組織マネジメントに焦点を当てています。二冊目の『イノベーションのジレンマ』は、アメリカの研究者が書いた世界的なベストセラーです。優良企業の経営者らが企業戦略を実践しようとして一生懸命頑張っているのに、それでも市場での地位を失ってしまう理由を解き明かしています。三冊目のシリーズは、1980年代以降の日本の企業や経営(マネジメント・スタイル)において露見した大きな経営的・組織的課題である「組織の機能不全」や「経営的人材の欠如」に焦点を当てています。

このように3冊とも研究者の目の付け所に違いがありますが、それぞれの著書から学ぶことは少なくありません。もちろん、この講義でシリーズ物も含めて3種類のビジネス書すべてを読み解くことができるわけではありません。あくまでエッセンスだけです。このようなビジネス書の「読み方」を理解してもらおうというのが講義の目的です。受講生が講義の後に、このようなビジネス書を手に取ってもらえるよう、また理解しやすくなるよう、その「入り口」となるような講義を目指します。

経営的な知識がない人に組織を導くためのヒントを与える

今回の講座は、企業の技術系の専門職や自治体の職員など、これまで経営的な訓練を受ける機会・経験がなかった(少なかった)方々を主な対象としています。企業では専門職の方が、企業経営の中枢を担っていくケースが少なくありません。また、組織のポジションが上がっていくにつれ、管理職として経営学の知識や企業の長期的な視点を踏まえて意思決定することが求められるようになっていきます。そのための「備え」「心構え」の機会を提供したいと思っています。

組織をマネジメントできる人材を育成することが、企業のみならず、ひいては日本経済の将来を考える上でも重要になるからです。日本の国際競争力を高めるためには、経営的人材の育成が急務だと私自身も考えているのです。

また、企業でなくとも地方自治体においても、地域活性化を実践していく上で、経営学的なマインドを持った人材の育成は非常に大切です。例えば草津温泉は「インスタ映えする温泉街」としてブランディングに成功しており、注目されていますが、実は赤字から黒字への財政再建も果たしています。どのようにして地域再生を実現することができたのか。そこには、草津町長の「経営の視点」があったのです。

MBAエッセンシャルズの先には、MBA(ビジネススクール)があります。このMBAに所属する学生の属性は、さまざまです。職業も年齢もバラバラです。でも、この「さまざま」や「バラバラ」こそが、MBAでの学びの価値の源泉となっています。なぜなら、MBAの学びの場にモチベートされた(学ぶことに動機づけられた)人々の「多様性」があるからです。そのような学びの多様性が担保されているからこそ得られる「学びの価値」があるのです。しかし、MBAに足を踏み入れる心理的ハードルは、決して低くはないでしょう。だからこそ、その入り口として、MBAエッセンシャルズでMBAや経営戦略について関心を持っていただき、自分をどのようにエンカレッジしていけばよいのかを考えたり、将来の経営的人材としてもっと深く学ぶための足掛かりにしたりしてもらいたいと考えています。