産業社会学部 教授

中村 正

立命館大学法学部卒業後、1986年大学院社会学研究科博士課程修了。1988年より立命館大学産業社会学部、総合心理学部、人間科学研究科、応用人間科学研究科で研究と教育に携わる。専門分野は社会病理学、臨床社会学、社会臨床学、男性性研究。『「男らしさ」からの自由』『家族のゆくえ』『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』など著書・共著書・訳書多数。

娘とパートナーが 私の中に「余白」を作ってくれた

#12

ジェンダーの平等に男性がどう貢献できるか

私は、立命館大学法学部卒業後、大学院社会学研究科で社会病理学を専攻しました。1980年代、社会科学の中にジェンダーの視点が入ってきた頃です。
ジェンダーといえば、女性側が差別や暴力の被害を受けている現状からどう権利回復していくかという見方が主流だったのですが、私は男性としてジェンダーの平等にどう貢献できるかを考え、「男性の暴力」というテーマに行きつきました。性犯罪、DV、深刻なストーカー、これらの多くは男性の暴力です。もちろん男性と男性の暴力も問題です。自殺やひきこもりも男性が多いのですが、これは暴力が自分に向けられた結果です。世の中を平和にするには、男性性に焦点を当てた社会病理の研究が必要ではないかと考えたのです。
以来、出所者の社会復帰支援、少年刑務所での性犯罪者の再犯防止支援、対人暴力のある人への脱暴力支援など、さまざまな現場に関わることによって個人への臨床的アプローチを実践すると同時に、法律によってきちんと犯罪化するため、DV防止法やストーキング規制法などの法整備や先の刑法改正に際して提案すること等を通して、社会へのアプローチも続けています。
法学部から社会学研究科に進み、産業社会学部の教員になり、今は人間科学研究科で臨床心理学や司法に関わる対人援助学のようなことも扱っている私は、学問分野ではなく、社会課題を中心に研究課題を作ってきました。解決すべきこと、必要とされていることがあるなら、学問領域は後から自分で作っていく。そんな姿勢でやってきたつもりです。

子育ては、家庭の外でするのがいい

研究テーマとして「男性の暴力」に行きついた背景には、暴力はパートナーシップ、つまり関係性を破壊するものだと考えたことも影響しています。当時私は同居しているパートナーと、夫婦別姓の民法改正運動を行っていました。日本の民法は人の生き方にニュートラルではないと感じ、互いに尊重し合うパートナーシップの実践として、事実婚による夫婦別姓を選択したのです。
在外研究したUCバークレイで単親子連れ赴任の父子生活もしました。子育てにも深く関わりましたが、一番大変だったのは三つ編みです。研究者であるパートナーが外国に行っていた時、娘に頼まれ、美容院にも習いに行ったのですが無理でした。ゼッケンを縫うのも苦手でしたね。
育児を夫婦で半分ずつ分け合うのは良くないと思います。祖父母の力を借りすぎることもおすすめしません。家族や親族で閉じるのではなく、もっと広いネットワークの中で育てた方がいい。妻が3、夫が3、家庭外が4くらいがちょうどいいのではないでしょうか。「今日は帰りが遅くなるから面倒見ておいてよ」「じゃあ今日はうちで」と、他の保護者に頼みました。子どもは集団の中で育つもの。食事も、よその家でならきちんと「いただきます」と言ってきれいに食べられます。子ども自身にとっても、他者の視線がある環境が必要だと思います。
「女性の社会進出」に対して「男性の家庭進出」という言葉はありません。しかし、これはとても大事なことだと私は思います。これまでジェンダーの不平等があったため、家庭が女性の城になってしまっていることや、母として完璧を目指したいという母性が、男性の家庭進出を阻んでいる面があると思います。洗濯物のたたみ方や皿をしまう場所など、細かいことは気にせず、もっと男性の家庭進出を進めてほしいと思います。

他者の視線で作られた内的な豊かさが「余白」

私は教学部長や教学担当常務理事として行政にも深く関わるようになり、現実問題として教育や研究にとれる時間は少なくなりました。でも私には、何かを削るという意識はありません。教育、研究、行政、そのいずれでもない「余白」のようなもの、それが大きくなることによって、三つのことそれぞれも豊かになると思うのです。仕事に対するプライベートということではなく、「余白」を含めた全体として、自分があるという感覚です。「余白」がないと、単に時間が増えた、減ったということに振り回されてしまうように感じています。
私の「余白」を大きくしてくれたのは、娘の想像力の豊かさと、パートナーの感受性です。自分にはない他者の視線によって作られた内的な豊かさは、三つの領域のどれにも当たらない、プライベートでもない、私のすべてに影響を与える大切な「余白」なのです。
男性教員には、育児休暇や介護休暇を取ることをすすめています。ケアの領域に深く関わることによって、異性や異年齢からの視点を持つことが大切だからです。それは、人間力にもつながるものだと思います。