理工学部 准教授

福山 智子

2004年、名古屋大学を卒業、2010年に東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了。2013年、北海道大学に着任。2016年から1年間、アメリカのワシントン大学、コロンビア大学で研究する。2018年、立命館大学に着任。

迷い、悩んだ道のりが今につながっている

#29

「消去法」の結果から始まった研究者人生

高校1年生まではどちらかというと国語が得意だった私が理系を選んだのは、「ちょっと格好良さそう」という軽い気持ちからでした。大学では工学部の中でも建築系を専攻。正直に言うと、コンクリートの研究との出会いは、「消去法」の結果でした。4回生で研究室を選ぶ時、建築分野の中でデザインや環境にはあまり興味を持てず、かといって構造は計算が多くて苦手意識があり、選びあぐねた末に、恩師となる谷川恭雄先生や小説家としても名を馳せていた森博嗣先生に惹かれ、行き着いたのが、建築材料の研究室でした。
退官が決まっていた谷川先生の勧めもあって、卒業後は東京大学の大学院に進学。そこでコンクリート中の鉄筋腐食に関する研究をスタートさせます。それは、長い暗中模索の日々の始まりでもありました。
大学院、特に博士後期課程では、自分でテーマや手法を決め、自力で研究を進めていかなければなりません。自分自身の興味を深く掘り下げた経験のなかった私は、何に着目し、どのように研究に取り組めばいいのか確信が持てず、何年も悩むことになりました。

強く意識するのは社会にどう生かすか

「研究者になろう」と心を決めたのは、博士課程に進学してからです。修士からの研究に引き続き、鉄筋腐食診断の技術をどのように実現したらいいか悩んでいた時、企業の技術者の方から「電気化学ノイズ法を試してみたらどうか」と助言を受けたことが、前途を開くきっかけになりました。電気化学ノイズ法は電位や電流から金属表面で起きている反応を捉える手法です。主に金属分野で使われており、日本における建築分野への適用は、これまでにない試みでした。私はこの手法を用いてコンクリートの中の鉄筋の腐食を診断する方法を考案し、博士論文にまとめることができました。
悩みながらも研究のおもしろさやてごたえを感じられるようになったのは、それからです。特にモチベーションが高まるのは、研究の先に社会への応用が見えた時。頭の中に渦巻いている課題を整理し、「もしこれを明らかにできたら、社会でこんな風に役に立つかもしれない」と気づくと、がぜん興味がわいてきます。
社会への応用をさらに強く意識するようになったできごとがありました。それは2011年、東日本大震災後の現地調査に参加したことです。被害のあり様を自分の目で見た衝撃は大きく、コンクリートの耐久性に関わる研究の重要性を改めて痛感。研究を社会にどう生かしていくべきか、それまで以上に真剣に考えるようになりました。

スモールステップを重ねる喜びを大切に

2013年、北海道大学に着任。在任中には1年間、アメリカ留学も経験し、2018年に立命館大学に赴任しました。愛知県から東京、北海道、さらにアメリカ、そして滋賀県と、さまざまな場所に赴くことになりましたが、それも楽しんでキャリアを重ねてこられたと思っています。
現在は、コンクリートの圧電効果に関わる研究の他、新たなテーマにも取り組んでいます。その一つがアメリカ留学中に教わったカーボンナノチューブを混ぜ込んだコンクリートの研究です。日本の建築業界ではほとんど使われていないこの材料の可能性を検証しようと試みています。また最近は、セメント系材料が多く使われている建設用3Dプリンタにも研究範囲が広がっています。専門分野を横断するテーマもあり、今後は立命館大学の他分野の先生と連携した研究も増やしていきたいと考えています。
学生を指導していると、完璧を求めるあまり、立ち止まったり諦めたりする人が多いことに気がつきます。「優秀でなければ研究者になれない」と尻込みしている人がいるかもしれません。けれど最初から完璧である必要はないと思っています。失敗し悩みながら何度も繰り返すことで理解が深まり、より質の高い研究につながっていきます。私自身の研究者人生も、そうした試行錯誤の繰り返しでした。研究者を目指す皆さんにも、スモールステップを積み重ねていく大切さや喜びを知ってほしいと思っています。