国際関係学部 准教授

越智 萌

2009年、大阪大学外国語学部(旧・大阪外国語大学)卒業。2011年、大阪大学大学院国際公共政策研究科を修了し、さらに2012年、ライデン大学法学研究科高等修士課程を修了。2015年、大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。2020年、立命館大学国際関係研究科准教授に就任。

世界の不条理に対する怒りを原動力に、その解明に挑む

#34

戦争犯罪やジェノサイド
重大な国際犯罪を扱う法に着目

原点は高校生の時、フィリピンのスラムで暮らす家庭にホームステイしたことでした。そこで人々の生活を見て、「世界は不条理だ」と痛感すると同時に自分の恵まれた環境を認識し、罪悪感と、それに勝る問題意識を覚えました。「不条理を是正することに自分のできることで貢献したい」と思うようになったのは、それからです。
研究者を目指したのは大学時代、憲法学を専門にする法社会学者の恩師との出会いがきっかけです。事例やアイデアについて話し始めたら、もう止まりません。本当に楽しそうに研究する先生を見て、「私も先生のような法学の研究者になりたい」と思うようになりました。
大学院へ進学し、研究テーマに選んだのが、国際法の中でも国際刑事法です。国際刑事法とは、戦争犯罪やジェノサイド、侵略犯罪、人道に対する犯罪といった重大な国際犯罪に関する定義や制度を規定する諸法を指します。2007年10月、こうした国際社会全体が関心を持つ国際犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC)に日本が加盟し、国内ではこの分野に対する関心が高まっていました。何より国際刑事法を知った時、ついに世界の不条理に対抗するための「武器」を手にしたような気がして、心が奮い立ちました。
「制度や法を深く理解するには、それが適用されている現実の社会や人を知らなければならない」という恩師の言葉に従い、院生時代は、カンボジアやバルカン諸国に赴き、内戦中にジェノサイドが行われた現場を見たり、現地の人の話を聞いたりといったフィールドワークにも力を入れました。さらに博士課程では、オランダのハーグにあるICCでインターンも経験。国や文化、価値観も多様な人々が集まるICCで、国際犯罪がどのように裁かれるのかを学びました。

研究者への道は狭き門
くじけたこともあった

無我夢中で研究してきましたが、博士号を取得後、5年以上ポストドクターの期間が続いた時は、研究から離れようかと思ったこともあります。大学への就職は、狭き門です。どれだけ研究業績を積み上げても、就職活動を頑張っても、求人とマッチしなければ、ポストを得ることはできません。何度も不採用通知を受け取り、次第に鬱屈した気持ちが募っていくのが苦しかったです。それでも短期契約の仕事などをしながら、科研費などの研究資金を獲得し、研究を続けました。ようやく立命館大学大学院国際関係研究科に職を得たのは、2020年。「長い間待ったのは、このためだったのかもしれない」と思うほど、私の能力とピタリと合致する求人内容で、本学への赴任が決まりました。
研究者を志す皆さんに伝えたいのは、キャリアが開けずに悩んだ時、一人で抱え込んだり、恥ずかしがったりせずに、周囲に助けを求めてほしいということです。そうすれば、そのときどきに適切なマッチングにつながります。そのためにも、可能な限り自分の世界や人脈を広げてほしい。例えば所属する学会で事務作業を買って出たり、関係する研究会に参加してみたり、面倒を厭わずに研究室の外へ積極的に出ていくことが大切だと思います。

1日のスケジュール(取材時)

ライフライン・チャート

  • A

    17歳(高校生)
    フィリピンのスラムにホームステイした。友人らと啓発・募金活動をはじめ、どのように社会制度上の問題に関われるかを考え始めた。

  • B

    18歳(大学生)
    憲法学の恩師と出会い、法学の研究者になりたいと確信した。

  • C

    25歳(博士課程)
    国際刑事裁判所(ICC)でインターンをした。国際機関での勤務より、研究者として生活したいと確認した。

  • D

    30歳(ポスドク)
    結婚、出産、育児と体調不良を経験し、人の心や生活のレベルでの貢献にも関心が広がった。

  • E

    35歳(准教授)
    ロシアによるウクライナ侵攻からメディアの人とも仕事をするようになり、アウトリーチにも力を入れるようになった。

法制度への理解と関心を広げるため
メディアを通じた発信にも注力

現在は、専門を追究するだけでなく、メディアを通じて専門外の人に国際的な問題をわかりやすく伝えることにも力を注いでいます。法制度を改正したり新たに作ったりするには、多くの人の理解と尽力が必要です。そのためにもこの分野に関心を持つ人を増やしていくことに貢献したいと思っています。
研究に時間を忘れて没頭できた頃と違い、結婚・出産を経た今は、研究と家庭の両立が大きな課題です。私はいつも考え事をしているので、とりわけ戦争犯罪の資料などを見た後は、気持ちを切り替えることが難しいと感じます。ただ最近は、小学生になった子どもと研究について話すことも増えてきました。私の悩みをかみ砕いて話すと、とてもいい議論につながることもあります。仕事のことをわかってもらい、一緒に学んでいけるようになってきたことが嬉しいです。周りの支援に感謝しつつ、子どもの成長に併せてバランスを取りながら、新しい研究プロジェクトや研究課題に取り組んでいきたいと考えています。高校生の時に感じた不条理に対する怒りを原動力に、今もその是正の一助になるべく、挑み続けています。