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高齢者心理学高齢者のブレーキの踏み間違い事故
なぜ深刻化しやすいの?

2022.03.31

「人生100年時代」と言われる今、誰もが避けて通れない高齢者の諸問題。今回はニュースで頻繁に見かけるブレーキとアクセルの踏み間違い事故とその研究を通して、高齢者の心理に寄り添ってみましょう。

今回の案内人
土田宣明先生
  • ニュースでよく見かける「ブレーキとアクセルの踏み間違い事故」。高齢者のイメージが強いですが、大学生などの青年期でもよく起きるといわれています
  • しかし、事故の度合いが深刻になるのは圧倒的に高齢者。その理由は…
  • 超高齢社会といわれる日本で、誰もが直面する問題を扱うのが「高齢者心理学」です

深刻化する高齢者のブレーキ事故
キーワードは“エラー後の対応の仕方”

近年、ニュースで頻繁に見かけるアクセルとブレーキの踏み間違い事故。時には無関係の人間の命を奪ってしまうこの課題に心理学的な観点から取り組んでいるのが、高齢者のエラーを実験的に研究している土田先生です。

 「私の専門分野である“エラー”とは、やろうとしたこと(意図)と、実際に起きたこと(結果)にずれが生じることを指します。今回のテーマでいうと、交通ルールに従ってブレーキを踏もうとしたのに、何らかの原因でアクセルを踏み込んでしまった、というもの。“エラー(正しい反応から外れること)”であって、勘違いしてアクセルを踏もうとする “ミステイク(間違えること)”とは意味合いが異なります」(土田先生)

高齢者の事故が目立ちがちなアクセルとブレーキの踏み間違いですが、エラーを起こす時、高齢者の心の中はどうなっているのでしょうか? 解明のため、土田先生はパソコンでエラーが起きやすい場面を作ってシミュレーション。大学生と高齢者を対象に、どんな刺激を与えれば事故が起きるのかを、さまざまな角度から研究しました。

 「研究の結果、高齢者と大学生では、エラーが起こる要因に違いが見られました。例えば【握る】動作と【軽くスイッチを押す】動作を比べたところ、より大きな動作を伴う【握る】運動の方がエラーを引き起こしやすかったんです。また、不意に“ピッ”と音を鳴らすと、スイッチを押してはいけないタイミングでつい押してしまう、という結果も見られました。つまり高齢者は、運動性の神経興奮や音の影響でエラーを引き起こしやすい。これは大学生には見られない、高齢者に独特のものでした」(土田先生)

土田先生はさらに一歩踏み込んで、エラーが起きた後の対応についても研究しています。

 「ブレーキとアクセルを踏み間違えてしまったら、改めてブレーキを踏み直せばいい。すなわち、エラーからの転換を図ればいいと思うでしょう。しかし、高齢者にとっては難しいようで、エラーからの転換がうまくいかず、立て続けにアクセルを踏んでしまうことが分かりました。高齢者は大学生に比べて連続してエラーを起こしやすい、つまり、事故を深刻化させやすいと言えるでしょう」(土田先生)

ここまで高齢者とエラーの関係をクローズアップしてきました。しかし、実は事故の発生件数だけで見ると、実は免許を取って間もない大学生も多いというのです。「ブレーキの踏み間違い事故=高齢者」のイメージが強いのは、事故の深刻さによるものだということが分かります。

誰もが他人事ではすまされない
今後も高まる高齢者心理学のニーズ

心理学のうち、人間が心と体を発達させていく過程に沿って研究する分野を「発達心理学」といい、中でも今回のように高齢者(65歳以上)を対象としたものを「高齢者心理学」といいます。土田先生によれば、高齢者心理学は比較的新しいジャンルなんだとか。

 「今まで発達心理学といえば乳幼児期から始まり、青年期ぐらいまでのスパンで考えるケースが多かったんです。高齢者心理学は平均寿命の伸びとともにここ20〜30年くらいの間で注目されるようになった概念で、 “生涯発達心理学”という意味合いで高齢期を扱っています。歳を重ねることによって起こるマイナス面だけでなく、プラス面も研究しているんですよ」(土田先生)

医療や機械の発達で、現代人の寿命は今後も伸びるといわれています。厚生労働省が2019年に発表したデータによれば、2040年には男性の平均寿命は 83.27年、女性が 89.63年にまで達するとか。高齢者の心理に寄り添う研究は、今後ますますニーズが高まることが予想されます。

 「今回ご紹介したアクセルとブレーキの踏み間違い事故に関しては、交通心理学の先生とタイアップしたり、神経科学の知見を活かしたりして研究を続けています。事故を起こしやすいからと、高齢者から免許を取り上げるのは簡単ですが、その前にまず『どうしたらエラーを起こしにくいか,あるいはエラーを起こしても大事故につながらないようにするにはどうすればいいか』を考えることはとても大事だと考えています」(土田先生)

特に田舎など、車がなければ立ち往生してしまう環境では、免許の有無は死活問題。たとえばメーカーとの共同開発によって、自動車自体に間違い防止策を組み込んだり、誤ってアクセルを踏んでも、装置の側でそれを検知して、大事故になるのを防いだり……と、徐々に実証実験を続けていけば、高齢者だけでなく、周囲の人間も幸せになるはずです。

ようこそ、総合心理学・人間科学の世界へ!

この研究を始めたのは、ニュースを見ていてふと疑問に思ったことがきっかけです。今回はブレーキとアクセルの例を出しましたが、ほかにも機器類の操作など、高齢者にとって使いにくいものを減らし、生きやすい社会作りを目指したいと思っています。誰もが暮らしやすい、ユニバーサルな社会を一緒に作っていきましょう!