コラム

文字のない絵本

 春。寒くて暗かった冬を通り抜けて、やっと暖かい日差しを感じることができるようになりました。4月になっても、あまり昨年度と変わらない生活の人もいるでしょう。一方、新学期、新生活などで、何かと新しいことに取り組まなければいけないこともあり、あわただしく感じている人もいるのではないでしょうか。そんな日常に、ちょっと疲れたなと思うとき、私は、にぎやかなところから離れて、ぼ~っとしたくなることがあります。そんなとき、ちょっと落ち着けるところで、絵本を手に取るのが好きです。
 最近出会った絵本は、絵のみで文字がないものでした。鉛筆で描かれていて、おのずと白黒だけの色使いです。普段、かわいらしく色がついたものに慣れているので、はじめは戸惑いましたが、ページをめくるごとに、その世界に引き込まれていきました。
 主人公は一匹の犬です。ある日、飼い主に捨てられてしまいました。犬は必死で、必死で飼い主の車を追いかけます。でも追いつきません。追いかけるのをあきらめた後も、こっちにいったかなと匂いを嗅ぎながら、道をすすみます。歩きつかれて、路肩で休み、また、とぼとぼと歩きはじめます。文字がない分、絵から、犬の悲しみ、寂しさ、どうしようという不安な気持ちが直接伝わってきて、思わずページを閉じたくもなりました。しかし、先の展開が気になり、読み進みました。
 犬が道を横切ろうとしたところで、よけようとした車がハンドルを切り損ねて他の車に当たり、事故になってしまいます。渋滞になり、人々が騒いでいるのを離れたところで、え、どうしよう・・・としっぽを下げて、振り返っている犬が描かれています。そこから離れ、気をとりなおして、犬はまたとぼとぼと歩きだします。地平線に向かって吠えてみても、誰もいません。進んでも進んでも、誰もいません。そのうちに、遠目に町がみえてきました。犬は野原に座って、遠くの町を眺めます。そして、草むらや原っぱを町の方向へ歩き続けます。ついに町につきました。道路があり、建物や人が見えます。歩道を歩いていても、人々は犬を野良犬だと思ってか、誰も相手にしてくれません。道で仕事をしていたおじさんを見上げたら、あっちへ行けといわれてしまいました。しっぽをまいて、その場を立ち去ります。そして歩き続けます。そのうち、遠くに一人の子供がみえてきました。子供もこちらをみています。お座りして待っていると、その子が微笑みながら近づいてきました。近くまでくると、その子はとても寂しそうな目をしています。犬は思わず、その子に近寄って、その子の顔を見上げました。物語の初めからずっと下がっていたしっぽが上がって、振られています。そこで、物語は終わっています。そのあとどうなったかは、語られていません。しかし、犬とその子が出会えたことにほっとしながら、読み終えました。
 これは、ガブリエル・バンサンの「アンジュール」という絵本です。バンサンはもう一冊、「たまご」という文字のない木炭画の絵本を描いています。これは、SF的でもある壮大な物語です。「アンジュール」ほど、わかりやすいお話ではありませんが、これも読んだ後、いろいろ考えさせられる本です。文字がなく、白黒の絵のみの表現という手段だからこそ、より感情に訴える作品になっている気がします。あえて、1つのコミュニケーションチャンネルを遮断することで、想像が膨らみ、心の中からストーリーが、わきあがってきます。読み手が絵に感情移入することで、物語が生み出されていくのです。なんだか逆説的で、すごいなと思ってしまいました。
 ちなみにバンサンは、白黒の絵ばかり描いているわけではなく、パステルカラーで文字つきのかわいらしい絵本をかくことの方が多い作家です。疲れすぎていて、何も考えずにちょっとほっこりしたいときには、そちらの方がリラックスできるかもしれません。

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