2012年11月17日 (第3037回)
『ユング自伝』を読む
神戸市外国語大学外国語学部 教授 村本 詔司
10年ほど前までだろうか、日本でもっとも人気のある心理学者はユングではなかったかと思う。彼の心理学の理解に向けての最短で最善の道は、彼の生涯を知ることであろう。なぜなら、どの心理学についても言えることだろうが、心理学は、その創始者が自分の人生での難問に取り組むなかから、自分なりに試みに出してきた答えだからである。その意味では、誰もが自分なりの心理学を生みだしてきているということになろう。ユングの人生を知るうえでの必読文献は、言うまでもなく、『ユング自伝』である。原典のタイトルを直訳すれば、『思い出、夢、思想』となることから示唆されるように、彼はもっぱら自分の内的体験に関心を払ってきたかに見える。しかし、彼が編み出した理論に縛られずに、注意深く読んでゆくと、彼がどのような人間関係を営み、どのように自らの時代に取り組んできたか、その歴史的実像が次第に浮かび上がってくる。また、この書物に盛り込まれていない重要なもろもろの事実が、他の研究を通じて次第に明らかにされてきている。さらに、彼自身が必ずしも自覚していたわけではなさそうな、その思想史的背景に彼の心理学を位置づけることで、見通しもぐっとよくなり、現代との関連も見えてくるのではなかろうか。