2015年2月28日

「京中図」を考えるー1506年の京都ー

京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 教授 並木 誠士

 洛中洛外図は、京の町並みを描いた絵画で、室町時代の後半、16世紀のはじめに成立をしたと考えられます。 応仁の乱(1466-77)で荒廃した京都の町の復興の証と言えるかもしれません。そして、その後、江戸時代まで数多くの洛中洛外図が描かれました。 それぞれの洛中洛外図は、描かれた時代の町の様子をいきいきと映し出しています。世界的に見ても、都市を描いた珍しい絵画です。

  六曲一双という大画面のなかに描かれるのは、将軍邸や二条城をはじめ、東寺、清水寺、北野天満宮などの有名な寺社だけではなく、 町並みにひしめく店やそこで買い物に興じる人びと、花見や紅葉狩りに繰り出す集団、さらには、路上で遊ぶ子供たちもいます。 その賑わいこそが、京都の町の魅力だったのだろうと思います。

  洛中洛外図に関する最初の文献史料である『実隆公記』の1506年の記事を通して、洛中洛外図が成立したころの京都の町の姿と洛中洛外図が 描かれた理由について、考えてみたいと思います。