2015年11月14日 (第3146回)
ホロコーストと戦後70年
立命館大学文学部 教授 高橋 秀寿
史上最大の歴史的犯罪とは何かと問われれば、誰もがホロコーストだと真っ先に答えるのではないでしょうか。ドイツのナチス政権は何の罪もない500万人以上のユダヤ人を人種だけを理由に殺害しました。ほかにもおびただしい数のロマや同性愛者、知的障がい者、赤軍捕虜などが殺されています。連合軍兵士がナチスの強制収容所を解放したときに、この犯罪が明らかにされ、世界に衝撃を与えました。しかし米ソの冷戦対立のなかで、この事件は歴史的意味を見出されないままでした。当時の人々が注目した歴史的な犠牲者は、自由や共産主義といった大義に身をささげた能動的犠牲者であって、人種を理由に意味なく羊のように殺されたホロコーストの受動的犠牲者ではなかったからです。しかしとくに80年代から、この歴史的事件は世界史的事件として注目され、多くの記念碑や博物館が建てられ、毎年のようにホロコーストを題材とする映画が制作されています。つまり、ナチスによる大量虐殺はようやく歴史的事件として「ホロコースト」になったのです。そこには歴史的人間像の転換が潜んでおり、この講座ではこの転換の意味を戦後70年の地点から考察することにします。